第10話
「か、柏木君っ…あの」
「そろそろ始業時間ですよ、白石さん」
勇気を出して呼んだ名前も無駄に終わって、有無を言わさない柏木君の言葉に遮られた。
結局その日は一日中、私はたくさんの人から祝福の声をかけられた。
何度も否定をしようとしたが、その度に柏木君が私に近づいてきて肩を抱き寄せられた。
もう否定できないところまできてしまっていた。
“白石さんと柏木君は付き合って一年で、もうすぐ結婚を控えていた最中で妊娠が分かり、心配性の柏木君が体の弱い白石さんを早いうちから退社させる”そんな話が社内全体に広まっている。
ここまでして彼は私のことを退社させたいのか。
どうしてこんな事になってしまったのか。
「今日はお弁当作ってないんですね?」
「ぇ、う、うん」
隣のデスクから顔を覗かせて聞いてくる柏木君は、ゆっくりと口角を上げていく。
「じゃあ、お昼は外で一緒に食べましょう」
「…な、なんで」
「僕が一緒に食べたいからですよ。それに、もう隠す必要もないですし」
「なに、言って…」
どうしてそんな嘘が簡単に言えるの?
淡々としたその態度と言葉に、仕事中だというのに視界が滲んでいく。
「フッ…本当に泣き虫ですね、白石さんは」
頰に添えられた柏木君の手が目尻に溢れた涙を拭い、周りから私の顔を隠した。
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