第9話

笑みを絶やさない彼の思考が読めない。



一歩、また一歩と近づいてくる彼の手がゆっくりと伸ばされ私の肩にまわり、引き寄せられる。



「ゃ…」


「おとなしくしてて」



無意識に体を離そうとした私の耳に囁いた柏木君は、オフィス全体を見渡すように振り返った。



「ご迷惑をお掛けしますが、残り一ヶ月の間よろしくお願いします」



軽く頭を下げる柏木君にオフィス全体からおめでとうという声が飛び交って、温かい目が私に向けられる。



「白石さんおめでとう!無理せず、何かあったら私達に頼ってね」



優しくかけられる言葉の意味がわからなくて、不安になり柏木君を見上げれば意味深に私を見下ろしていた。



私の居ない間に彼がなにを言ったのか。


不用意に言葉を発せれないこの空気が怖い。



「でも妊娠がわかってすぐに退社なんて、何か問題でもあったんじゃないの?何か助けられることがあれば…」


「えっ」



妊娠?退社?


身に覚えのない話に一歩前に出そうになった私を、柏木君がグッと抑えた。



「いえ問題はありません。ただ、白石さんは体が弱いので僕が心配なんです」


「まぁ!白石さん愛されてるのね!」


「やめてくださいよ、恥ずかしいじゃないですか」



照れたように上司と話す柏木君を、私はただ呆然と見上げた。

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