第3話
「逃げようなんて思わないでくださいね」
私の足の間に差し込まれた彼の足がスルリと絡まっていくと同時に、更に身体を引き寄せられた。
力の差は歴然で、逃げられるわけがない。
ただでさえ私は彼が苦手で、その行動ひとつに身体が震えて力が入らないのに。
未だ微笑んだままの彼、柏木君は私の一つ下の後輩にあたる。だけど、彼は私を先輩だと思っていない。
「か、柏木君っ…」
「ん?」
「離し…」
「あれ?まさか白石さんごときが俺に指図しないですよね?」
「っ!」
口元に弧を描きながら話す彼の言葉は、いつものように私を恐怖へ陥れる。
有無を言わせない彼の雰囲気と私を見下す瞳は、もう何度も目の当たりにしているはずなのに、慣れることはない。
入社二年目で既に周囲からの信頼を得て上司に気に入られている彼と、未だに仕事が遅く同僚や上司に心配されている私。
気づいた時には、柏木君との見えない上下関係ができていた。
「また泣くんですか?」
滲む視界の先で柏木君が笑った。
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