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 やつれた顔をした彼は、意外にもあっさりと「わかった」と言った。

「じゃ、高瀬から受ける依頼はこれで最後ってことで」

「だからそれじゃ意味がないんだっての。それに、今日はキャンセルするから……」

「キャンセル? ここまで来たのに?」

 アパートの一室で、ヨダカは腕を組んで高瀬さんを見上げる。ひょろりとした高瀬さんはヨダカよりこぶし一つ分ほど背が高い。私はそばに突っ立ったまま、ヨダカの顔色の悪さにはらはらしていた。私がここにいたことも彼にとっては随分不満だったらしく、不機嫌を表情いっぱいに表している。

「そうだよ、もう少しヨダカの顔色が良ければって思ってたけど、やっぱり」

「期待して相手は来てんだろ、死んだ家族と写真が撮れると思って。それを見もせず裏切るのかよ」

「馬鹿、おまえこのままじゃ倒れるぞ」

「偶然だって言ってんだろ、そんなオカルト丸出しな説」

 見ていられず、私はヨダカの腕を掴む。他に二、三人溜まっていたサークルの人たちは、ヨダカに心配の声を掛けながらも、高瀬さんに目配せされて部屋を出ていった。自暴自棄な彼は、誰かがふと口にした一言で思わぬ行動を取りかねない。今の彼にはそんな危うささえ見えてしまう。

「ヨダカ、ごめん。もっと写真を撮れなんて言って。でも、ヨダカが疲れていくのなんて見ていられないよ」

「だから関係ないって」

 腕を振り解きさえしなかったけれど、彼は鬱陶しそうに私を見た。

「俺は平気だ。こんなの大したことじゃない」

「大したことあるから言ってるの!」

「ヨダカ、もう意地張るのやめろよ」

 高瀬さんの言葉に、ヨダカがぐっと息を呑む。強気の瞳が微かに揺らぎ、唇が悔しそうに引き結ばれた。こみ上げる言葉を我慢するように、喉がひくつく。彼を焚き付けた罪悪感に苛まれて、私と高瀬さんは目を伏せる。

「こうでもしないと、もう……」

 ヨダカの囁き声が小さな悲鳴に変わった。三人とも、外から美月さんが戻ってきたのに気がつかなかった。ヨダカの首筋に冷たい缶を押し付けた彼女は、それを彼の手に握らせる。

「はい、唯依ちゃんも。ここまで来るのに、外暑かったでしょ」

 私の手にも同じものが渡った。コーヒーの缶はひんやりして汗をかいている。

「頭冷やしな。ヨダカは賢いんだから、その頭、熱で壊しちゃ駄目だよ」

 美月さんは彼の顔を真剣に見つめて、そしてふと笑みを浮かべた。

「本当に大切なものは、近すぎて見えないもんなんだから」

 ヨダカの真っ黒な瞳から身体を引いて、美月さんは座卓の扇風機の風が一番当たる席に陣取った。「高瀬、お茶入れてよ」その言葉に、高瀬さんは魔法が解けたように動き出して冷蔵庫から麦茶入りのピッチャーを取り出す。私はまだヨダカの腕を握っていた。彼は少し先の床に視線を落としたまま、何も言わなかった。


 結局、ヨダカは最後の依頼を受けると言って、部屋のチャイムも時間通りに鳴った。私はヨダカと一緒にクーラーをつけた隣りの部屋で待っていた。高瀬さんの戸惑う声が聞こえてくる。ほんとに? という言葉の意味は、入ってきた相手を見て納得した。

 やって来たのは中学生、それも小学校を卒業したばかりに見える女の子だった。そして彼女の後ろには、もっと小さな男の子がくっついている。こっちはまだ小学生にもならない幼さだった。二人とも額に汗をかいて、あどけない顔いっぱいに緊張を湛えている。

「ごめんなさい」

 部屋に入るなり、彼女は高瀬さんと私たちに頭を下げた。

 高瀬さんが言うには、カナという彼女はツーエル上では二十歳だと自己紹介したらしい。大人びた文面から高瀬さんもすっかり信じ込んで疑わなかった。子どもだと分かれば依頼を受けてもらえない気がしたのだと、彼女は顔を俯けた。タクという小さな弟は、姉の腰にしがみついたまま離れようとしない。

「弟に、お母さんとの写真を撮らせてあげたいんです」

 お母さんという言葉に反応して、弟くんが顔を上げた。不安でいっぱいの表情は泣き出しそうにも見えた。

 私と高瀬さんが振り向くと、ヨダカはじっと姉弟を見つめていた。薄いクマの浮いた目元を僅かに細めて、彼らの念願の写真が撮れるか否かを判断している。

「大丈夫、ちゃんと撮れるよ」

 柔らかな目元で笑いかけ、彼は頷いた。

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