カシオピアの隣人
ふあ(柴野日向)
1章
1
じわじわと頬に汗が伝うのを感じつつ、腕に瞼を押し当てたままもう一度声を張り上げる。みんみんと喚く蝉の声に負けないよう、腹に力を入れて。
「もーいいかーい!」
もういいよと遠く微かな声が聞こえ、顔を上げた。古く重苦しい本殿、その軒に蝉の抜け殻がひっついている。寂れた町の小山にある神社の敷地には、夏の午後の太陽が燦々と差し込み、向こうに輝く敷石は逃げ水で濡れている。真夏の空気は生に満ちて明るく映えているのに、その中にたった一人で佇むと不気味なほどの心細さを感じる。実際にはあちこちに友だちが隠れているのに、彼らが自ら姿を消してしまうと、そこはもう一人ぼっちの世界に早変わりする。どこまで行っても何時間が経っても、抜け出せない陽炎の中にいる気がする。
孤独感から逃げ出すために、駆けずり回って友だちを探した。本殿の床下、手水舎の裏、雑木林の中。馴染みの子どもたちを見つけるにつれて、いつもの世界に帰ってきた安堵を覚える。頭を刺すような陽射しに帽子を忘れたことを悔いつつ、子どもの足でも決して広くはない神社を走り回った。
最後はその場にいた全員で探し回った。陽が傾き、真っ青だった空が橙に照らされるまで頑張った。それでも最後の一人が出てこないことを、神社に参拝に来た大人に告げ、仕方なくすごすごと帰宅した。
テレビを見ながら夕食を食べつつ、心持ちは気楽だった。用事を思い出して家に帰っただとか、ふざけて逃げ回っているのだろうと、あまり気にしなかった。だから夜更けに眠る頃、窓の外に大人たちが持つ灯りが点々と見えるのに、初めて不安感を抱いた。母親にもう眠るよう叱られ、一度帰って来た父親が大きな懐中電灯を持って出かけていく姿にただ事ではないのだと理解した。
夜が明けても、一日、三日、一週間と経っても、最後の一人は見つからなかった。
あの子は、神隠しにあったんだよ。かくれんぼの最中にふっつりと姿を消した子どもの事件は、小さな町で密かにそう囁かれることになった。行方不明ではなく、神隠し。山の神社で起きたそれは誘拐事件だとか事故だとか、そんな殺伐としたものよりも納得のいく言葉に聞こえる。そしていつしか、神社でかくれんぼをする子どもはいなくなった。
あの子の姿は今も記憶の中にある。首から子ども用のカメラを提げて静かに笑っていた最後の一人は、神様にまだ隠されているのだろうか。神社で一人きり、かくれんぼを続けているのだろうか。過去の先にいるあの子の名前は、確か――。
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