第32話

「仕事ならしょうがないね」



そう言った優くんは本と伝票を掴んで立ち上がった。行こうか、と微笑むので私も慌てて追いかける。



「あ、待って私が…」



咄嗟にその腕を掴むけど、振り返った優くんは私を見下ろすだけ。



「私が払います」


「……」



聞こえているはずなのに、ただただ私を見下ろす。



スッと細まった目に射抜かれ、見たことのない表情に背筋がゾクリとした。




「す、すぐ…る…くん…?」




戸惑いの混じる声で名前を呼ぶと、フッと表情が和らいで安堵する。



「あの、伝票を…」


「本のお礼だよ。今日は払わせて?」


「そっ、そんなお礼なんて大袈裟です…」



お勧めの本を貸しただけなのに、高校生である優くんに奢ってもらうのは抵抗がある。



彼が少し強引なことは薄々感じているので、どう伝えてれば伝票を渡してくれるか考えていれば、




「えっ、あ、」




私の掴んでいた手を解き、そこから伝うように触れた熱が頬を撫でた。

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