第二十六話「みんなで散歩」
そう言いつつも袋を開ける手を止めない空狐。
「いえいえ、なんでもございませんよ。私のことよりも、姫草様からの贈り物に集中したらいかがです?」
「わかっているさ、優雅が悪いんだぞ? なんだか意味深な表情をするからいけないんだ」
「はいはい」
「なんだその返事は、本当に桜花家の侍女か……? あ……これは」
紙袋の中から白百合をかたどったキーホルダーがでてくる。
「綺麗だね……」
空狐は裏返したり傾けたりしながらそのキーホルダーを見つめている。
「ええ、新進気鋭の職人見習いが作った一点物だそうです」
「これは白百合を象っているのかな?」
「はい」
「キミは自分が校内で、
「はい、何回か小耳に挟みました。そう言う空狐さんは姫様と呼ばれていますね」
「私のことはいいんだ。つまり、これは、私を貰ってくれという、遠回しなキミのサインかな?」
「残念ながら、私は主人一筋でございますので、そのような深い意味も他意もございません。下心無く空狐さんにお似合いになるだろうと思って買ってきたので」
こういう事態を想定して買っておいたのだが、空狐に似合うと思っていたのも本心だ。
「ああ、分かっているさ。冗談だよ。ありがとうユリコ。大切にするよ」
「そうしていただけますと、私も嬉しいです」
「私もなにかお返しをしないとね」
「私は聖人君子でもありませんし、下心もある人間ですが、これに関しては見返りを求めていませんよ」
「私が返したい気分なんだよ。義理じゃないお返しなんていつ以来だろうね……さて、もう少し寝ようかとも思ったが、すっかり目が覚めてしまった。久しぶりに歩きたい気分だよ。ユリコ、キミの散歩にお伴してもいいかな?」
「もちろんです」
ボクと空狐と優雅の三人で散歩をし、寮の裏手にある鷺之池を一周して帰るところで犬童がやってきた。
「おはよう弥生」
「おはようございます弥生さん」
「おはようございます犬童さん」
「おはようございます空狐様、優雅さん……ゆ、ユリコさん」
「……あらあら」
頬を気持ち赤らめながら、たどたどしくボクの名を呼ぶ犬童の姿はとてもいじらしい。
「はいっ。ユリコですよ」
「ふふっ……」
「ははっ――」
自然と笑顔がこぼれた。おかしくなって二人でくすくすと笑い合う。
「……二人とも、なんだかずいぶんと良い雰囲気じゃないか。私はお邪魔かな?」
横で空狐が拗ねていた。
「空狐さん、そう拗ねないでください」
「なっ!? なにを言っているんだユリコはっ! キミは私が、この桜花空狐がす……拗ねているというのかいっ?」
空狐の顔がボッと赤くなる。
「あらあら……」
優雅はそんな空狐を驚いたような顔をして見ている。
「そもそもいったいなにについて拗ねているというんだい? ユリコは私がヤキモチでも焼いているとでも言いたいのかい? よく見るんだ、この曇りない眼光のどこにそんな感情が見える? 私の気遣いをそう曲解されるとはしっ、心外だよっ。ねぇ弥生っ優雅っ」
「はい。空狐様のおっしゃるとおりです」
「空狐様本人がそうおっしゃるのですから、きっとそうなのでしょう」
優雅は明後日の方向を向きながらびっくりするくらいどうでもよさそうに返事をした。
「ほら優雅も弥生もこう言っているじゃないか、わかったかいユリコ?」
「そのようですね。失礼いたしました」
「まったく……わかればいいんだわかれば……まったく、これだからユリコはいけないよ」
「とりあえず落ち着いてください空狐様」
「私は落ち着いているよ優雅っ! 見ろっ、この泰然自若とした様がわからないかいっ?」
あたふたとする空狐が新鮮で可愛らしくてつい笑いが溢れる。
「ははっ」
「なんだいユリコ、その子供に向けるような笑みはっ」
「ふふっ」
犬童も噛み殺せない笑いを洩らす。
「なんだい弥生まで、不愉快だっ――」
先を行こうとする空狐を、三人でなだめながら寮へと帰った。むくれる空狐は可愛かった。
ただ一つ、ボクたちのやり取りを見つめていた優雅の目が、どんどんと細まって、鋭く、警戒の色を帯びていったことが新たな気がかりだった。
三人で朝食をとって登校し授業を受ける。犬童は昨日の件があってか、ボクのことを人がいる場でもユリコさんと呼ぶようになり、以前のような警戒もされなくなっていた。
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