第二十五話「やきもち空狐」
昨日の犬童とのデートから一夜明けて月曜日となった。
早朝の散歩に出ようと部屋を出ると、空狐がラウンジの椅子に座って新聞を読みながら紅茶を飲んでいた。その傍らには犬童ではなく優雅が控えている。
「空狐さん……?」
なにかあったんだろうかと訝しく思いながら声をかけた。
「やぁユリコ、おはよう。こんな早くに奇遇だね」
「おはようございます姫草様」
時刻はまだ朝の五時である。今まで空狐がこんな早朝にラウンジに居たことはなかった。
「おはようございます? こんな早朝にどうされたんです? なにかご用でもあるのですか?」
「いや、用事というほどのことでもないんだけどね、早くに目が覚めてしまったからここで一服していただけさ。まぁ、なんというか、前にユリコが早朝散歩を日課にしていると言っていたから、キミに会えればいいかなと少し思っていたくらいさ。ちょっと用があるといえばあるような感じなんだ」
「はぁ……?」
空狐にしては歯切れの悪い言葉に首を傾げる。
「とにかくだ、ユリコも急ぎの用がないのなら、私と朝の茶会でもどうだい? 散歩もいいが、この桜花空狐と茶をするなんて願っても早々出来ることじゃないんだ。だから、ささ、座るといい。ここから見える朝日はとても綺麗なんだよ。優雅、ユリコにも紅茶を」
「かしこまりました」
まくし立てるように促され、なにやらよくわからないまま空狐の対面に腰掛けた。優雅に運ばれた紅茶を受け取り、一口啜ると空狐がおずおずと口を開いた。
「昨日は弥生が世話になったようだね」
そこで合点がいく。どうやら犬童のことについて話があるようだ。昨日ボクがなにか粗相をしてしまったのだろうか?
「いえ、その逆です。犬童さんには危ないところを助けていただいて、感謝の言葉もございません」
「ああ、その話はじっくり弥生から聞いたよ。警備から提出された調書にも目を通した。彼らにはしっかりと法的な罰がくだるだろう。とにかく、ユリコに大事がなくてなによりだよ。怖くなかったかい?」
「ご心配ありがとうございます。ですが怖くはありませんでした。バートリー家の従者でございますから、多少の荒事には慣れてございます」
「うん、それならいんだが……で、だ、な? それでそのあと、色々と弥生が……キミの世話になったようだね?」
「ええ。助けて頂いたあと、街を案内していただいたり、一緒にお店を回ったりしました」
「実は昨日私を迎えに来てから、弥生のヤツが妙に上機嫌だったから、気になって聞いてみたんだ。そうしたらテれながらそんな話をするんだ。弥生も良い休日が過ごせたようで、本当に感謝するよユリコ。弥生は休むということを知らなくてね、良い休日になったと思うよ」
「私も楽しみましたから、お礼を言われることではございません」
「弥生の部屋に入ってみたら、大事そうにキミからもらったぬいぐるみを飾っていたよ」
「それは嬉しい限りです」
ポーズではなく本心から喜んでいたのか……。
犬童にそんな腹芸ができるとはいなかったが、大切にされていて思いの外嬉しく思う。けれどその話をボクにしていいのだろうか? 犬童が聞いたら怒りそうなものだが。
「うん……まぁ、話はこんなところだ。もう行ってもいいよ」
空狐はまだなにか言いたげにしていたが、その言葉を飲み込むように、窓からさす朝日に目線を向けながら紅茶を啜った。だがそれでいてチラチラと横目でボクを窺っている。
「ふふっ……」
なにか察して欲しそうにしている空狐にピンときて、思わず笑いがこぼれてしまった。
「なにがおかしいんだいユリコ? あんまり無礼な態度をとると
「ウチの池をそんなことに使わないで下さい」
控えていた優雅がツッコミを入れる。
「いえ、実は空狐さんにお会いしたら渡したいものがあったんです」
内ポケットから取り出した包みを空狐に差し出した。
「……なんだいこれは?」
「昨日、とあるお店に寄ったとき、空狐さんに似合うと思って買ったものです。安物ですが受け取っていただけると嬉しいです」
途端に空狐の頬が紅潮する。おすまし顔だが、赤らんだ頬がとても可愛らしい。
「な、なんだユリコそうだったのか。なら受け取ろう。まったく、そんな気なんか使わないでもいいんだぞ? だがユリコがどうしてもというのなら頂こうじゃないか。それにね、こういうのは金額の多寡じゃないんだうん、気持ちが大事なんだ気持ちが」
「それならあふれ出るほどこもっていますよ」
「あらあら」
優雅が口元に手を当てながら空狐を見ている。
「な、なんだい優雅、言いたいことがあるのならはっきり言わないか。私はそういう、言葉にはしないけど言いたいことはありますよ? みたいな態度がとっても嫌いなんだよ?」
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