第二十四話「不意打ち」

「空狐様にもよく言われます。仕事を忘れてゆっくり休め、と。そして今日のようにお休みを頂くのですが、どうにも……休み方というものがよくわからないのです」


 本当にわからないといったような、不安そうな表情だった。


「分かります」


「ユリコさんもですか?」


「実は、私も休み方というものがよくわからないのです。私は常に主人のために動いてないと、不安で不安で仕方がないのです。休むくらいなら働いていたい。じゃないと不安に押し潰されてしまいそうになるから――」


 内に秘めていた不安を吐露しすぎたと言い止める。


「……私もユリコさんと似たようなものかもしれませんね」


 犬童は飼い主に放り出されてしまった子犬のような寂しげな表情をしていた。思わず抱きしめたくなるような――



(違う――)


 利用するんだと思い直す。こうすれば犬童はボクに気を許しより付けいれると。



「なら、似たもの同志、お互いに足りないものを今から探しにいきましょう」


「どうするんです?」


「やりたいことをしましょう。弥生さんは今なにがしたいですか?」



 どうしようか、ボクに対して自分をさらけ出してしまってもいいのかと考えるような仕草を見せ、そして、ぽつりと呟いた。



「……そうですね、甘いものを食べたいです」


「いいですね。私、クレープというものが食べてみたいです。弥生さんの好物だといつしか空狐さんがおっしゃっていたので」


「まったく……空狐様ったら……話してしまったら隠している意味がないでしょうに……。ではおすすめの店があります。行きましょうか」


「はいっ」


 犬童おすすめのクレープ屋に行って犬童おすすめのいちごクレープを買う。クリームがたっぷり入っているのに、くど過ぎず甘すぎずいちごの酸味が良いアクセントになっていてとても美味しかった。


「クレープというものを初めて食べましたが、とっても美味しいです」


「え? ユリコさん、クレープを食べるの初めてだったんですか?」


「はい」


「そうですか……なら良かった。私も胸を張ることができます」


「? どういうことです?」


「ここのクレープは私が知っているクレープ屋の中で、一番美味しいんです。ですから、私は知っている限り最高のクレープを紹介できたことになります」


「それは初めてがよすぎてしまうようです。次のクレープ屋さんはハードルが上がってしまいますね」


「それは仕方ありませんね」


「ふふっ」

「ははっ」


 クレープ食べ終えてぬいぐるみ屋を通りすぎたとき、犬童の目がショーウィンドウのぬいぐるみ(トムソンガゼル)に止まったのを見逃さなかった。


「弥生さん、このお店に寄ってみたいです」


「えっ?」


「かまいませんか?」


「え、ええ。もちろんです」



 店内はファンシーなぬいぐるみや少女趣味の雑貨で溢れていた。犬童はボクに気付かれないように、チラチラと可愛らしいぬいぐるみや人形に視線を送っていた。


 どうやら犬童は、ぬいぐるみといった可愛いものが好きらしい。それを本人は隠したがっているようだから下手につつくことはやめておく。



「ちょっと店員さんに聞きたいことがありますので、弥生さんはここでお待ちください」


「? わかりました」


 レジから死角になる場所に犬童を待たせて店員に声をかけた。


「すみません」


「はい?」


「ショーウィンドウに飾ってある、トムソンガゼルのぬいぐるみが欲しいのですが」


「かしこまりました」


「それと、プレゼント用なのでラッピングを、できるだけ可愛らしく願いします」


「かしこまりました」



 にこやかに笑みを浮かべた物腰の柔らかな店員がラッピングしてくれたものを受け取って代金を払った。



「ありがとうございます」


「またのお越しをお待ちしております」


 待てと言われた犬よろしく、その場所で本当に一歩も動かないままじっと待っていた犬童の姿に、思わずよしよしと頭を撫でてしまいたくなる。


「お待たせしました。行きましょう弥生さん」


「用件は済みましたか?」


「はい」


 中が見えないように綺麗にラッピングされた包装を両手で持って犬童に見せた。


「では行きましょうか」



 店から出ると、もう夕方になっていた。



 このプレゼントをどう渡したものか思案していると、犬童に電話がかかってきた。犬童はボクに「申し訳ない」といった具合に目配せをしたので、ボクも「お気になさらず」と首を横に振る。



「すみませんユリコさん、ここでお別れのようです」


 電話を切った犬童の顔は、歳相応の少女から、護衛ボディーガードの顔になっていた。


「お仕事ですか?」


「はい。空狐様が出席されていたパーティーが終わったらしいので、お迎えに行きます」


「わかりました。今日は弥生さんのお陰でとても楽しかったです。忘れられない日になりました」


「私もです。とても楽しかった。このような思いをできるのなら、休日というのも悪くないものだと思えました、ユリコさんのおかげです。ありがとうございました」


「弥生さん、これを」


「え?」


 そう言って先程買ったぬいぐるみを犬童に差し出す。


「今日助けて頂いたお礼です」


「いえ、仕事ですからお礼など……」


「いいえ、たとえ仕事だとしても義務だとしても、私は弥生さんに助けて貰ったことが嬉しかったのです。ですから、無理にとは言いませんが、受け取っていただけると幸いです」


「……ありがとうございます」


 おずおずと受け取る犬童。


「開けてもよろしいですか?」


「はい」


 包装を解いて開け、中から現れたぬいぐるみに犬童は一瞬大きく目を見開かせると、軽く頭を振って苦笑しながらボクを見た。


「まったく……ユリコさんには敵いませんね。見られていたんですか?」


「従者の嗜みでございます」


 ニッコリと笑みを返す。


「……ユリコさん」


「はい?」


「ありがとうございます……その……」


 犬童はぬいぐるみをぎゅっと抱きしめて、頬を赤らめながら、歳相応の少女のような笑顔を浮かべた。


「大切にしますね――っ」


「……っ」


 一瞬、犬童の笑顔に言葉が出なかった。


「……はい。そうしてくださると私も嬉しいです」


 そうして犬童は迎えに来た車に乗って空狐の元へと向かっていった。ボクも犬童の強い要望で、帰りにまた襲われると困るからと、別の車に乗せられて学園へと送られた。


「ああも素直に喜ばれると……調子が狂うな――」


 車中、もしかしたら、一番手強いのは空孤でも優雅でもなく犬童なのかもしれないと思うのだった。

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