第二十三話「デート」
裏路地から犬童と共にさきほどの広場まで戻ってきた。時間帯が昼頃ということもあってかさらに人が多くなっている。
「姫草さん、体調は大丈夫ですか?」
「違いますよ犬童さん」
「はい?」
「これはデートなんですから、名字呼びなんて他人行儀過ぎます。私のことはユリコとお呼び下さい」
いつも犬童と接するときは隣に必ず空狐がいたので犬童弥生という人物を計りかねていたが、こうして一対一で接してみるとその性格というものを掴めてきた。彼女は押しに弱い受け身なタイプだ。度の過ぎない、一線を越えないくらいならば、多少押しても大丈夫だろう。
「……いえ、さすがにそれは」
ボクが犬童に心底嫌われているのなら、あの時ボクを助け終えた時点で業務的に対応して帰るであろうし、なによりこのデートも拒否されているであろうから、ボクはそこまで犬童に嫌われていはいないようだ。
やはり彼女がボクに抱いていた感情というものは、最初の読みどおり護衛という仕事上の理由と、主人をとられそうだという可愛い嫉妬のような感情が半々なのだろう。
「お願いします。実は、不安だったのです」
「不安? あのゴロツキどものせいですか?」
「いえ、正直、あんな者たちのことはなんとも思っていません」
「では……?」
なにが? と犬童が言う前に口を開いた。
「犬童さんに嫌われているのではないかと、不安だったんです」
ボクが言い切ると、犬童の目に動揺が走った。
「……そ、それは」
犬童はなんと答えたらいいものかといった複雑な表情を浮かべている。
「無理にお答えしていただかなくともかまいません。私も主を持つ従者です。ですから、犬童さんの持つ大きな責任、お役目の重さ、気概、主人を想うお気持ちは痛いほどにわかるつもりです。そして、私の行動が、空狐さんと親しくするということが、どれだけ犬童さんの悩みの種に、心労の元になっているのかということも――」
「…………」
犬童は答えず黙ってボクの話を聞いている。
「ですから……学園に戻りましたら、いつもの関係でかまいません。そのご不安が取り除けるまで、存分に私を注意し警戒してください。私もそのことを責めるつもりも、嫌悪することもありません。私もまた、このような私のことを、友と言ってくれる空狐さんと距離を置くつもりもないのですから」
「姫草さん――」
「ですが……今だけは、犬童さんが私のことを心底を嫌っているのではないのでしたら、その証拠に、ユリコ、と呼んでいただきたいのです」
「…………」
立ち止まって二人見つめ合う。
「……わかりました。貴女にはいつもペースを乱されてしまいますね、ユリコさん」
犬童は根負けしたように、苦笑のような、それでいて爽やかな笑顔を浮かべた。
「はいっ。それが私の得意技なんです」
「私だけ名前で呼ぶのも憚れるんで、ユリコさんも私のことを名前で呼んでください」
素直過ぎる少女だ。ボクが主人の敵だとは露とも思っていないのだろう。ある意味眩しく羨ましい。
「わかりました弥生さん。災い転じてというものでしょうか、なんだか今日は素敵な一日になる予感がします」
「それは責任重大だ。あまり期待されても困ってしまいますよ。話は戻りますが、体調は本当に大丈夫なんですか? 人の多さに中ってしまったようですが、戻ってきてしまって」
「はい。今は犬童さんと一緒ですし、お恥ずかしい話ですが、人に見られると覚悟していれば大丈夫なのです。さっきは自分がこんなにも注目されるとは思ってもいなかったので」
今は犬童と並んでいることで、先程よりも注目を浴びているが、覚悟できているのでなんともなかった。
「清華の制服は目立ちますからね。それにユリコさんは美人ですから、余計に注目されてしまったのでしょう。今度から街に出るときは私服にすることをお勧めしますよ」
空狐と同じく一番目立つ理由であろうこの髪の色に触れてこないあたりが、犬童という人間の優しさを言外に語っていた。
「そのようですね。私服を買っておかないといけませんね」
「それと、外出するのなら必ずSPをつけてください」
清華学園の寮生は外出する際、申請すればSP(全員女性)を付けることができる。
「SPの指名はできるのでしょうか?」
「言っておきますが、私は指名できませんよ?」
「それは残念です」
「ユリコさん、冗談ではないんですよ。先ほども、もし私がいなかったらどうしていたんですか?」
犬童の顔が真剣になる。
「とりあえず、あのゴリラさんにきつめの目潰しを打ち込んでから、走って逃げようと思ってました」
「危険すぎます。しつこいようですが、今後外出する際は必ずSPをつけてくださいね」
「……はい」
犬童は言い過ぎたと思ったのか咳ばらいをして話題を変えた。
「ごっ、ゴホン。ですが、あの人数に囲まれて顔色一つ変えていませんでしたね。目潰しも見事なものでしたが、ユリコさんは武道の経験がおありで?」
探りをいれているというよりも純粋な好奇心で聞いているようだ。
「従者の嗜み程度には習っていますが、本職の方には比ぶべくもありません。それに、あの程度の方々に囲まれたくらいで顔色を変えていては、バートリー家の従者は務まりませんので」
「素晴らしい気概です。それなら心配はいりませんね。お昼は食べましたか?」
「いえ」
「おすすめの店があるんです。そこでランチでもしましょう」
「喜んで」
犬童に連れられてランチを食べる。洒落た店でとても美味しかった。昼食を食べ終えた後も犬童に案内され街を色々と回る。
「見てあの人たちすごい綺麗」
「なんかの撮影なの?」
「隣の人女だよね? すごいかっこいい……」
人々の注目が集まるが、今はもうなんとも思わない。受け流していられる。
「弥生さんは街にはよく出られるんですか?」
「いえ、そこまで頻繁には来ませんが、街の警備の一部は犬童警備も担っていますから、時間が空いたときはその手伝いのようなことをしています」
「お休みにも仕事をなさるんですか?」
「生憎、これ以外に時間の使い方を知らないもので」
犬童が歳不相応なシニカルな笑みを浮かべた。
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