第二十二話「提案」
「くっ、くそがあああ!!」
「姫草さんっ?!」
「ご心配なく」
犬童に心配するなと片手を挙げて応えながら。向かってくる男の両目を人差し指と中指で突いた。弾力があるぬめぬめとした感触が指に伝わる。
「ぎゃあああああ!」
男は両目を押さえて仰け反り不様に喚きながら両膝をつく。
「みっともない……。潰してはいませんから、そんなに騒がないでください……」
「ふんっ――!」
目を押さえて喚く男に走り寄ってきた犬童の延髄蹴りが決まり、男は泡を吹きながら倒れた。
これでボクを追ってきたバカ共が犬童の手によって全員倒された。しかも全員が全員見事に気絶している。その手並みは素晴らしいもので、まるで演舞を見ているような、無駄のない流れるような、武道の基本を洗練させた手本のように美しい動きだった。
彼女が実力者であることはわかっていたが、こうやって実戦で見ると思っていたよりも強いと思う。系統は違うが、リンと同じくらいの実力はあるのではないだろうか?
「姫草さん、お怪我はありませんか?」
近付いてきた犬童が心配そうにボクを上から下まで見回した。
「はい、犬童さんのおかげで事なきを得ました。本当にありがとうございます」
「いえ、どちらかといえば、謝らねばならないのはこちらのほうです。
「いえいえ、そのようなことはございません。どうして犬童さんが謝られるのでしょうか?」
頭を下げる犬童を止める。
「この街の治安維持には
「なるほど……今日の私は運が悪かったわけですね」
昔から自分の運の悪さには自信があった。
「申し訳ないことですが……」
「いえいえ、私の運が悪いのは生まれつきなので、お気になさらないでください」
「そういうわけには……」
「そういえば、どうして犬童さんはここにいらっしゃるんですか? 今日は空狐さんと共に、ビルの落成式に出ていらっしゃるのでは?」
このまま謝られ続けても埒があかないため話題をそらすことにする。
「実は空狐様が、今日の催しは想像するだけでも死ぬほど退屈だろうから、それに弥生をつき合わせるのは忍びない。護衛は戯苑に代わってもらうから今日は休め。と、いうことで非番になったのです。それで、やることもないので街の警戒をしていたら、遠目に姫草さんらしき人が見えたので、追って来たらこうなったというわけです」
今の犬童は負い目からなのか、いつものような素気無い態度とは違い、ちゃんと会話をしてくれている。
「そうだったんですか……」
お人よしめ、と思う。
ボクを疑っているのなら、あのバカ共を放っておいてボクがどう行動するか見ていればよかったのに。と。
だが、そこが犬童弥生という人物の性根なのだろう。ボクとは全く違う。彼女はどこまでも真っ直ぐで純粋なのだ。
「なるほど……空狐さんの優しさのお陰で、私も助かることができました。犬童さん、本当にありがとうございます。空狐さんにもお礼を言わないといけませんね。思いやりというものは巡るものなのですね」
「ですが、姫草さん、そもそもなぜ貴女はこんな路地裏へと入っていったのですか? いくらなんでも無用心ですよ?」
疑い半分、心配半分のような、複雑な視線を向けられる。誤魔化してもいいが正直に答えることにした。
「申し訳ありません。実は……街に着きましたら、
ボクの返答に犬童はやってしまったというような顔をする。
「そ、そうだったんですか……私も配慮が足らず、一方的に責めるようなことを言ってしまって、申し訳ありませんでした」
犬童は心底悪いことをしたというような顔をする。その反省顔はこちらの嗜虐心が刺激されるような健気さを持っていた。
「いえいえ、犬童さんのおっしゃることはもっともです、私こそ無用心でした」
「いえいえ、本当に今回はこちらが」
お互い謝罪合戦が続きそうだったので、閃いたといったように手を打った。
「そうだ、犬童さん」
「はい?」
犬童も最近ボクを敵視に近い態度で接していることに負い目を感じていたのだろう。心底嫌われているのではないかとも思っていたが、そうではないようでよかった。
「お暇なのなら、私に付き合ってはいただけませんか?」
「……はい?」
「先ほども言いましたが、この商店街に来たのは今日が初めてなのです。街の地理もなにもわからないのです。よろしければですが、エスコートしてはいただけませんか?」
「私が、ですか?」
私でいいのですか? といった心情が見える。
「はい。助けていただいたうえに、このようなワガママを言うのは心苦しいのですが、お願いできませんでしょうか?」
「…………」
ボクがどういう意図なのか計りかねているようだ。
「他意はありませんよ。本当に、ただ犬童さんとデートがしたいだけです」
「デートのお誘いだったんですか?」
「そうですよ。断られたら私はショックで寝込んでしまうでしょう。それに、また私があのような暴漢たちに襲われたらどうします? この広い世界で、一体誰が私を守ってくれるというのでしょう?」
犬童はきょとんとした顔をし、笑みをこぼした。
「ふふっ……先に暇と言ってしまいましたし、寝込まれては堪りませんからね。空狐様に怒られてしまいそうです。ええ、構いませんよ、ですが、体調はどうなのです?」
「はい。薬も飲みましたし、犬童さんの勇姿も見れたお陰で大分よくなりました。もう大丈夫、いつもの私です」
「わかりました。ですが、その前に事後処理だけさせてください」
犬童は電話を取り出してどこかへ連絡すると、数分としない内に犬童警備の警備員たちがやってきて、気絶したバカ共を連行していった。
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