二十一話「暴漢」
好奇だけではない、男たちからの薄汚い不躾な無遠慮で慮外な浅ましい視線がこの身に注がれている……見られている……見られている……見世物のように――
調子が悪くなる。気持ち悪い。見るな、誰もボクを見るなと叫びだしたい――
「豚共が……っ」
油断していた……手が少し震えだしている。まずい兆候だ。このままだと発作が起きてしまう。こんな体たらくだからマスターに向いていないと見限られてしまうんだっ……!
自責しながら制服の内ポケットに忍ばせていたピルケースから錠剤を取り出し舌下投与し、そのまま広場から踵を返しストレスで暗くなっていく視界の中、とにかく人気のないところまで歩き続けた。
どこをどう歩いたか定かではないが、繁華街から一歩外れた狭い路地裏を歩いていることはなんとなくわかった。
後ろからなんの用かは知らないが、バカ共がボクを追って来ているが気にしているような余裕はなかった。狭い路地裏の先には、商業ビルの裏側に挟まれたコの字型になっている比較的広い空間があった。
薬も効いてきて大分精神的に持ち直してきている。落ち着いて深呼吸をし、後ろを振り返ってみると、いかにも頭の悪そうなガラの悪い男どもが七、八人ほどボクが入ってきた路地裏から出てきた。
「……なにか御用ですか?」
集団の先頭に立つリーダー格らしき男に声をかけた。二メートル近い長身に筋骨隆々とした体格に茶色く焼かれた肌、タンクトップと半ズボンを履き、耳と唇にピアスをし、刈り上げられた金髪の頭、仮称するなら金髪ゴリラだ。
「いやいや、俺たちゃさ、お嬢さんの調子が悪そうに見えたから、心配してるのよ。だからさ、ほら、あそこのホテルで休憩でもしようよ。大部屋とるからさ」
金髪ゴリラがニヤニヤと下卑た笑いを浮かべると、その後ろにいる男たちも下品な笑い声を上げた。聞くに耐えない不快さだ。
「……」
手を見るともう震えは止まっている。ブラックアウトしかけていた視界も良好だ。
「さ、ささ、ね、お嬢様? ぼくたちと一緒に行きましょうじゃありませんか、抵抗なさらなければ手荒な真似はしませんからね、ね?」
「「「ぎゃははははは」」」
「抵抗したらどうなるのですか?」
「まあ、もしかしたら骨の何本かは折れちまうかもしれねないですねぇ……」
ボクの目の前まで近づいてきた男の目が細まる。
「ははっ……」
おかしくて笑いがこぼれてしまう。
「おいおい、怖すぎておかしくなっちまったか?」
「ちょうどいい……少しむしゃくしゃしていたんだ――」
死なない程度に痛めつけてやろう。
「あん……? なに言って」
手を出そうとした瞬間――
「待て!!」
突然、バカどもの肝を冷やさせるような鋭い一喝が路地裏に響き渡った――
金髪ゴリラもその一瞬体がびくりと震えた。そして、その驚いてしまった自分が恥ずかしくなったのか、驚いた事実を打ち消すように振り向いて大声を上げた。
「ああ?! だれだゴラア?!」
男たちが一様に振り向くと、ここへと繋がる路地の見張りをしていた男がゆっくりと倒れ、姿を現したのは犬童だった。
黒のスラックスに白いワイシャツと薄手の七部丈の黒いジャケットという私服姿で、トレードマークともいえる犬童警備の腕章は着けていなかった。
「おっ、なんだいなんだいお姉ちゃん、あんたも俺たちと遊びてぇのか?」
リーダー格の男はボクから離れて犬童に近づいていく。一喝に動揺していた男たちだったが、出てきたのが細身の女一人であると分かると、一転して下卑た表情を取り戻す。
「姫草さん、大丈夫ですか?」
犬童はゴリラを無視してボクに話しかけた。
「はい。今のところ、指一本触られていません」
「そうそう。お楽しみはこれからなんだからよ」
「意外と落ち着いているんですね。驚きました」
「従者の嗜みでございます。バートリー家の従者は、みだりに感情を表へ出さないのでございます」
「二人まとめて俺らと一緒に楽しもうや」
「今このゴミ共を片付けますので、少々お待ちください」
「おいおいおい!! さっきから無視してんじゃねえぞポニーテールゴラァッ!!」
無視され逆上した金髪ゴリラが犬童に掴みかかろうと伸ばした右手を、犬童は軽くかがむように躱し、そのまま流れるように後ろ回し蹴りをその顎に叩き込んだ。竹を割ったような、ししおどしのような乾いた音が響く。
「……素晴らしい」
思わず感嘆の声が出てしまうほどに、無駄な動きのないお手本のような後ろ回し蹴りだった。犬童の踵で正確に顎を蹴り抜かれた金髪ゴリラは白目を剥き声もなく地面に崩れ落ちた。
「「「…………」」」
ゴリラの子分たちが呆然としている隙を犬童は見逃さず、一瞬の内に間合いを詰める。
「えっ!?」「うおっ?!」
驚く男の顎に右ストレートを打ち込み、横の男の鳩尾に突き刺すような肘打ちが叩き込まれ、瞬く間に二人が倒れる。
「こっ……この女ぁっ!!」
「回り込めっ!!」
「うららぁ!!」
後ろから掴みかかろうとした男の顎に裏拳が打ち込まれ、そのまま足気を失い前のめりに倒れ、前から来た男には鞭のようにしなった爪先蹴りがその鳩尾にめり込み、男はもんどりうって倒れ、何回かじたばたと激しく呻くとぐったりとして静かになった。
リーダー格であるゴリラを含めた五人が僅か十数秒の内に倒れた――
「おいっやべぇぞっ!!」
「逃げんべ!!」
残った二人のバカはある程度は場慣れしているようで、意外と判断が早い。
「逃がすかっ――!」
背中を向けて走り出す男へと追いついてその襟首を掴むと背負い投げをきめる。コンクリートの地面に勢いよく背中を打ちつけた男は声もなく失神する。
「クソっ!!」
一人残された男は顔面を蒼白にさせながら、なにを思ったかボクに向かって突っ込んできた。
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