第十八話「茶話」
「そういえば、話は変わりますが、桜花さんは姫様と呼ばれているんですね」
ある程度戯苑のことが分かった以上、あまり強さの話ばかりしているのも不自然なので話題を変える。
「ああ、そうだよ。弥生なんて王子様とか呼ばれてるんだぞ」
「ふふっ……分かる気がします」
「いや、私は時代が時代なら実際に姫だからいいが弥生は女だぞ? 王子は酷くないかい?」
「犬童さんはスラックスをはいてらっしゃいますから、男に見えるというよりも、男装の麗人的な意味合いが強いのでしょうね。犬童さんは王子様に憧れる女子の理想のような、端麗で凛々しい顔立ちですから」
「ユリコもそうなのかな?」
「残念ながら、私は王子様に憧れるほど夢見がちではないのです」
「そうかな? 私にはキミが、ニヒリストぶってるロマンチシストに見えるけどね」
「…………」
顔に出しはしなかったが一瞬言葉に詰まった。桜花空狐の人を見る目、観察眼は確かだ。鋭すぎるくらいに。出会ったばかりだというのに、ボクの本質的な部分をかなり見抜かれているような気がする。
「……かもしれませんね」
「おや? 否定しないのかい?」
「しませんよ。だってその言葉が真どうかなんて、私自身では分かりようがないのですから」
「確かにそうだね」
二人で小さく笑い合う。
「話は少し戻りますが、お役目ということも分かっておりますし、立場のことも重々承知してはおりますが、犬童さんとは……僭越ながら、もっと仲良くなれたら嬉しいとは思います」
犬童からは出会った当初から一線を引かれ警戒されている。護衛としては正しい態度なのであるが、その態度にボクがやり辛さを抱かないというのも不自然だろう。
「……そうだね。けど弥生を悪く思わないでやってくれ。弥生はキミが嫌いというわけじゃないんだ。キミが安全な人間だって分かれば弥生ももう少しキミと打ち解けるさ」
「はい。そうなると嬉しいです」
「お待たせいたしました」
そこで注文されていた品がやってきた。話しを中断して、運ばれてきたコーヒーとチーズケーキに舌鼓を打つ。コーヒーは芳ばしさの中に爽やかさがある香りで、酸味や苦味が強くなくすっきりとしており、濃厚なチーズケーキとの相性がとてもよかった。
「美味しいです」
「だろう?」
チーズケーキを食べ終え、おかわりのコーヒーを飲んでいると、ボクたちしか人のいないテラスを見ながら、空狐がぽつりと呟いた。
「……いつもなら、そんな気を使わなくてもいいと思っているんだが、今日はそれがありがたく思うよ」
先ほどテラスを立ち去っていた彼女たちのことを指しているのだと理解する。
「どうしてです?」
「ユリコのせいだよ」
「私……ですか?」
「そうだ。キミ、周りに人がいると途端に借りてきた猫のようになるじゃないか。あれは非常につまらん。十把一絡げだよ、キミの個性が死んでいる」
責めるような瞳で見つめられる。
「そう言われましても……前にも言いましたが、お互いの立場上、仕方のないことですから我慢してください」
「分かっているさ。だから今愚痴っているんじゃないか」
「そもそも、従者とは個性を出さないものなのですよ。常に
「そんなことはないさユリコ。優雅や戯苑を見てみたまえ、個性の塊ばかりじゃないか。あんなに主張の激しい従者たちを見て、キミはどう思うんだい?」
「なんとも答えにくいことを言わないでください。だいたい、桜花さんの言う私の個性とはなんですか?」
「気安さ」
即答される。
「桜花さん……それは遠回しに、私のことを、無礼なヤツだとおっしゃりたいのでしょうか?」
「そうだぞこの無礼者め。私を誰だと思っている? 互いの立場を分かっていながら、キミほど馴れ馴れしく接してくる人間は初めてだ」
ふざけて言っているのかと思ったが、空狐の顔と声色は真剣で、金の双眸がボクの両目を捉えていた。
ボクは踏み込みすぎてしまったのかと思った。距離感の測り方を失敗したのだと、だから今、空狐は冗談めかしながら本気で怒っているのではないかと――
「大変失礼いたしま……」
今までの無礼な態度を謝罪しようとすると、片手で空狐に制される。
「だがイヤじゃない」
「……はい?」
「不思議だね……いや、理屈では分かっているんだけど、感情が邪魔をしてうまく処理しきれないんだ」
「どういうことでしょう……?」
「悔しいが、キミの気安さは心地がいいんだ。キミは遠すぎず近すぎず、絶妙な距離を行ったり来たりする。キミは、恐ろしいくらい人との距離のとり方が巧いんだ。離れようと思えば近付いてくる。近付こうと思えば遠のいていく。だから、自分がキミの手管にかかっているとわかっていても、ついその手を掴んでみたくなる。離したくなくなる。引き寄せてみたくなるんだ」
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