第十六話「クラスメートたちとランチ」
「姫草さん、もしよろしかったら、私たちとお昼をご一緒しませんか?」
昼休みになっても空狐と犬童は戻って来なかった。
どうしようか、校内を探索しながら適当に軽食を買って食べようかと、教科書やノートを片付けながら考えていると、委員長から声をかけられた。その後ろにはクラスメートたちが六人ほど集まってボクの様子を窺っている。
「お誘いありがとうございます。私でよろしければ、喜んでご一緒させていただきます」
ボクの返事に不安そうにしていたクラスメートたちがきゃっきゃっと活気付いた。
校内探索をするよりも、今はクラスメートたちと交友を深めることのほうが大切だろう。ボクには転入生というアドバンテージがある状態なのだから、これを有効に活用するべきだ。
向こうからこちらに歩み寄ってきてくれているのに断る理由もない。親睦を深めながら空狐に関する情報を聞き出すとしよう。
「食堂でよろしいですか?」
「もちろんです」
「よかった、実は、食堂に席をとっておいたんです」
「素晴らしいお手際です。さすがは委員長」
「それ褒めていますか姫草さん?」
「ふふっ。もちろんですよ鶯さん」
無礼にならない程度の、ある種の気安さを混ぜ委員長たちと会話しながら昨日と同じように食堂へと向かった。
席へ着き、ボクは昨日犬童が頼んでいたアイスバインを頼むと、クラスメートたちが「記念に姫草さんと同じものを食べましょう」ということで皆もアイスバインを頼んだ。
大方の質問は昨日答えているので今日は細かな質問や、世間話になり、会話が弾んでいると料理が届いた。
「そういえば、姫草さんはどうしてアイスバインを頼まれたんです?」
丸眼鏡を親指の腹でなおしながら、委員長が運ばれてきた料理を見る。
「昨日犬童様が頼まれていらして、とても美味しそうでしたので」
「なるほど、たしかに犬童さんは、よくアイスバインを食べていらっしゃいますね」
委員長の言葉に皆が頷く。
なにを食べるのかも注目されているとは、食事一つ気が抜けないと改めて自戒しつつ、アイスバインからちょうど話の切りかかりが得られたので、空狐についての話を切り出した。
「そういえば、皆様にお聞きしたかったのですが、桜花様は普段どのような方でいらっしゃるのでしょうか?」
ボクの問いに場が一瞬にして静かになった。皆どう答えようか、失言や誤解されないように言葉を選んでいるといった様子の中、一番最初に口を開いたのは委員長だった。
「桜花さんは飾らない素敵な人ですよ」
委員長の一声を皮切りに皆も続ける。
「そうですね」
「偉ぶったりせず、気さくに私たちに話しかけてくれる方です」
「それにお優しい方で、前に私が困っていたときに助けていただいたことがありますわ」
皆の言葉は気を使っては入るが、
「なるほど……確かに桜花様はお優しいお方ですね」
「姫草さんはどうして桜花さんのことが気になったんです?」
「はい。皆様もご存知のとおり、昨日から桜花様には大変御世話になっておりますので、それが桜花様のご迷惑になっていないか? と心配なのです……」
委員長はなにかを思い出したような顔をすると、笑いを堪えるように微笑んだ。
「ああ……それなら大丈夫ですよ。桜花さんは、自分のしたくないことはなさらない方ですから。そういえば、ユリコさんは特待生なのに、桜花さんと相性が良いようですね」
「あら……そういえばそうですね」
「ああ、思い出してしまいましたわ――」
「ふふふっ……」
皆もなにかを思い出したのかクスクスと笑い出した。
「……? 皆様、なにがおかしいのですか?」
「実は……ユリコさんの前の特待生が入学してきたときに、とある事件がありまして……。ああ、事件といってもそう物騒なものじゃありませんよ。なんと言ったらいいでしょうか……ユリコさんの前に特待生が入学してきたのは、今から三年前になります。私たちより一つ下の学年で、その時も特待生のエスコート役を桜花さんが任されたです」
「なるほど……その当時ですと桜花様が中等部二年で、特待生が一年生ということですか」
「そうです。
水を飲みつつ委員長が続ける。
「それでその特待生と桜花さんがどうにも相性が悪かったようで……特待生のエスコートに向かって教室に戻ってきた桜花さんに、皆が駆け寄って特待生がどのような人か聞いたのですが、桜花さんは一言、私はあの特待生が嫌いだ。だから、興味があるなら自分の目で確かめに行くといい。私はもうエスコートはしない。といってその日は一日中、こう言っていいのかわかりませんが、ありのままを表現するなら、ふて腐れた顔をなさっていたのです。噂では口喧嘩をなさったようです。けれども、口喧嘩の内容よりもなによりも、その桜花さんの、不機嫌に頬を膨らませた顔の愛らしいこと、可愛らしいこと、みんな口には出しませんでしたが、普段感情をほとんど表にださない桜花さんが、初めてそのように、可愛らしくふて腐れた、人間らしい姿を見せたので、見る目が変わったといいますか、少し、桜花さんを誤解していたと思ったというわけです」
「なるほど……少し想像できそうな気がします」
「今でも鈴音さんと顔を合わせると口喧嘩をなさるんですよ。ですから、桜花さんは嫌なことはきっぱりとお断りになられる方ですから、ご心配なさる必要はないかと思います」
「そうですわ」
「今でもすぐ昨日のことのようにあのお可愛らしい顔を思い出せます」
「懐かしいですね」
とクラスメートたちが続けた。
「……そうですか、皆様ありがとうございます。しかし、その特待生の方も凄いですね、桜花様と正面から言い合うなんて並のことじゃありません。凄い度胸だと思います」
「たしかに、私たちならとてもじゃないですが考えられませんね。今ではその鈴音さんは桜花さんに負けないくらい人気があるんですよ」
「その鈴音様という方が復学なされたら、特待生の先輩として、ぜひ一度お話してみたいものです」
「ははっ……それはいいかもしれませんね。ですけど気をつけたほうがいいですよ。鈴音さんは誰も人を寄せ付けない、孤高な方として有名ですから」
和気藹々とした雰囲気で昼食を終え教室へと戻った。
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