第十五話「人心掌握」

「ふふっ、少し毒が出たね。ということは、少しはキミの心を打てたということかな?」


「お戯れを……」


「なら、私の恥ずかしい勘違いかな?」


「全てとは申しません……」


「うん、やっぱりユリコは可愛いね……。抱きしめてあげたくなるよ」


「桜花様、それは友情的な意味で、ですよね? 私は異性愛者ですからね?」


「気が合うね。私も同じだよ」


 お互い笑い合った。


 校舎へと着いて靴箱へ入ろうとしていると、犬童が空狐に耳打ちをする。


「……そうだった、お喋りが楽しくてすっかり忘れていたよ……。ユリコ、先に教室に行っておいてくれ。私はやることがあったんだ」


「分かりました。それでは後ほど、ごきげんよう」


「ああ、ごきげんよう」



 空狐と別れ、教室へと向かっていると途中、様々な生徒たちが話しかけてきて囲まれた


 悪意は感じられず、好意と好奇が主で、単に珍しいボクと話してみたいというミーハー的一過性のものが多いと判断する。ここで下手な立ち回りをすれば悪意の芽になる可能性もあるので、問いかけられる言葉一つ一つに笑顔で応えていく。


「姫草様、握手をしていただいてもよろしいでしょうか……?」


「私でよければいくらでも」


 おどおどとしたいじらしいような態度、それでいて握手を求める積極性、この生徒からは強い者に庇護されたい。守られたいという積極的な被保護欲を感じる。なので、両手で包み込むように握手をしながら、少し彼女の被虐心をくすぐるような挑発的な視線を送る。


「ああっ……あ、ありがとうございますっ」


 女生徒は頬を赤らめ、潤んだ目付きでふらふらと去って行った。これでこの生徒はボクの敵になることはないだろう。


「あの、私たち、お姉様とお呼びしてもよろしいでしょうかっ」


 八人程の生徒が固まって、代表らしき生徒が一歩進んでボクの前に立つと、胸の前で両手を握るように手を組んでおそるおそるといった様子で切り出した。リボンの色を見ると高等一年や中等生の混成であることがわかった。


「大変恐縮なことです。このように至らない私が姉でもよろしいのですか?」


「はいっ! もっ、もちろんですっ」


「なら、よろしくお願いしますね」


 言いながら優しくその頬に手を添えて微笑んであげると、代表の生徒は顔を一気に上気させて失神した。後ろの取り巻きたちが倒れる彼女を支え、ボクに頭を下げたあと彼女を抱え去っていった。


 被保護欲のある者には、強さを見せると効果的だ。暴力や腕力を見せる必要はなく、言葉や態度で十分だ。


「姫草さん、その美しさの秘訣はなんでしょう? 私、自分に自信がないので貴女が羨ましい限りですの」


 話したことのない生徒だが、リボンの色を見るに上級生であるらしい。顔立ちは整っており、言っていることは自虐的だが、口ほどには自分を悪いものだと思っていない。自分を下げた発言をし、そんなことないよと言われ持ち上げられることを望んでいるタイプだ。


「私も自分に自信はありません。ですが、素敵な女性は笑顔から。と、主人から教わりました。その教えを守っているだけです」


 ニッコリと笑顔を浮かべる。 


「まぁ、素敵ですわね……」


 つられるようにその生徒も笑顔を浮かべた。


「ほら、美しい」


「……え?」


「今の貴女の笑顔、とても素敵です。鏡で見る私の笑顔などよりも、貴女の笑顔のほうがよほど美しいです」


「……ありがとうございます」


 三年の女生徒は感嘆の吐息を漏らし、うっとりとした目付きで去っていった。


 こうやって集まり、興味を抱くものたちは、大体がボクに『期待』をしてやってきている。言い換えれば、ボクが凄いものであって欲しい。と、自分の中で想像したボクではない、理想の特待生姫草ユリコという虚像を見ている。


 そして、無意識にしろ意識的しろそれを試したいがために彼女らは集まってくるのだ。だからボクは、彼女らのその期待にうまく答えるように振舞えばいい。そうすれば、彼女らは勝手にボクを自分より上だと思う。勝手な格付けを勝手に自らの中で行って勝手に服従するのだ。


 大体の質問に答え終わって教室に入る頃には、余裕を持って寮を出たというのに予鈴も近い時間になっていた。


「大変でしたね姫草さん」

うぐいすさん」


 教室に入ると委員長である鶯が話しかけてきた。ボクがクラス馴染めるようにしてくれたり、休み時間の質問責めに空狐と共にクラスメート達をいなして気を使ってくれたりと、親切で責任感のある人物だ。


「あの人だかりがあまり酷くなるようなら、止めようかと思って遠くから見ていたのですが、姫草さんの受け答えの見事さに、思わず魅入ってしまいましたよ」


「お恥ずかしい限りです。私は、ただただ、一つ一つの質問を必死に答えていただけです」


「あの子たち、きっと姫草さんのファンになりましたよ」


 委員長は茶目っ気を利かせウィンクをする。


「ははっ……まさかですよ」


 予鈴が鳴った。


「あ、それじゃまた姫草さん」

「はい」


 予鈴が鳴って皆が席に着き、ホームルームが終わり授業が始まっても空狐たちは戻ってこなかった。

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