第十三話「一日の終わり」
「姫草様の部屋は808号室になります。鍵はカードキー方式になっておりまして、リーダーの前で学生証をかざすと、ロックが解除される仕組みになっております」
「学生証を失くすと部屋に入れなくなってしまうわけですね」
「寮側でマスターキーを持っておりますが、できるだけそのような事態が起こらないようにお願いいたします」
「はい」
寮側はいつでもボクの部屋を出入りできる。分かっていたことだが、この点は十分に気をつけておかねばならないだろう。
誰もいない広間を突っ切って部屋の前に着き、リーダーに学生証をかざすと電子音と共にロックが解除される。
「お嫌かもしれませんが、規則ですので部屋の中の設備等をご案内させていただきます」
「まさか、よろしくお願いいたします」
「さあ入ろうか。ユリコの部屋の造りがどうなっているか楽しみだ」
当たり前のようにボクの部屋に入ってこようとした空狐を優雅がやんわりと押し止める。
「空狐様は外でお待ちください。そもそも部屋の作りは空狐様の部屋と同じですよ」
「なんでだい? 優雅が入っていいのだから私だって入っていいだろう? ねぇユリコ?」
「もちろん構いませんよ桜花さん。犬童さんも是非お入りください」
「お気遣いありがとうございます姫草さん」
「仕方ないですね……」
呆れ顔の優雅と、浮き浮きとした顔の空狐と、無表情の犬童と共に部屋に入ると、中はマンションの一室のような広さだった。
「基本的にはオートロックですが、オンにもオフにもすることができます。ルームサービスもございますが、朝食夕食等の食事は原則、二階の大食堂でとっていただくことになっております。設備に何か不具合がございましたり、備品等で足りないものがありましたら、こちらの液晶端末に入力していただくか、内線でフロント、もしくは近くの侍女へご連絡ください」
優雅から液晶端末を受け取って軽くタップしてみると、備品やルームサービスの注文から買い物の代行まで頼めるようであった。
「なんでもござれですね」
「進んでいるだろう?」
「はい。感覚が麻痺してきそうです」
液晶端末を置いて優雅に続きを促す。
「送られてきた姫草様の荷物はこちらへ置いておきましたので、後でご確認ください」
ベットと机の間にボクが発送した荷物が入ったダンボールが一箱置かれていた。
「はい。ありがとうございます」
「荷物はそれだけかい? ずいぶんと少ないね」
ボクの荷物を見て空狐が驚いたような反応をする。
「そうでしょうか?」
「ああ。
「ふふっ、目に浮かぶようです」
「実際大変なんですよ姫草様? お嬢様たちにしっかりとご説明してご理解してもらわなければなりませんし、これでも足りないくらいだ、などと怒りだす方もいらっしゃるんですから」
「それは……想像するに大変そうですね……」
「ええ……」
優雅は無表情のまま本当に疲れるといったように頷いた。
「それにしてもユリコは少なすぎるよ。この程度の荷物で足りるのかい?」
「はい。実は荷造りをするときにどれだけ荷物を減らせるか、無駄をなくせるか、というのが密かな趣味なのです」
「へぇ……荷物を減らせるとどうなるんだい?」
「嬉しくなります」
「流石はユリコ、全く無駄のない簡潔で明瞭な答えだ」
「姫草様、今までの説明で何か不明瞭な点や、ご質問はございますか?」
「ございません。とても丁寧でわかりやすいご説明でした」
「それでは
「はい。ありがとうございました、鷺雅飛様」
「姫草様、私への敬称は不要でございます。ちなみに名字で呼ばれるのは好きではないので、よろしければ名前でお呼びください」
「かしこまりました、優雅さん」
「それじゃあユリコ。話も済んだようだし、いい時間だから一緒に夕食をとらないかい?」
「よろしいのですか? 一人で夕食をとるのは心細かったので助かります」
「もちろんさ」
「私も構いませんよ」
犬童も頷き、三人で大食堂へと足を進めた。
白いクロスの敷かれた円卓に給仕に椅子を引かれながら着席し、三人で卓を共にし夕食をとった。
周囲から孤立したように際立っているボクらの席は、他の席からの注目を一手に集めていた。それは夕食というよりも晩餐と形容するほうがしっくりくるほどだった。
「どうだいユリコ、この後風呂に行かないかい?」
晩餐からの帰り際、空狐から誘われる。
「申し訳ございません。お誘いは大変ありがたいのですが、実は私、人前で肌を晒すことが苦手なのです……」
この誘いはありがたかった。こう断っておけば以降誘われることがないから。
「残念、振られてしまったか」
「申し訳ございません……」
「謝ることはないよ。私だってどうしても嫌なことの一つや二つはあるからね。今日はもう疲れただろう? 部屋に戻ってゆっくりするといい」
「はい、お気遣いありがとうございます」
「おやすみユリコ」
「おやすみなさい姫草さん」
「おやすみなさいませ、桜花さん犬童さん」
二人と別れて部屋に戻り、入念に部屋の中を確認しながら荷解きをして、風呂に入り風呂上りにベランダへと出た。
冷たい春の夜風を身体に受けながら裏山の夜景を眺める。桜が咲き乱れて桃色に染まっているさまが夜でもよく見えた。
今まで色々な任務を請けてきたが、ここまで別世界のような、現実味のないような場所は初めてだと、まだ夢の中にいるのではないかなどと思いながら部屋へ戻り、ベッドへと横になる。
恵まれる人間はここまで恵まれるものなのか……。この無菌室のような花園で、飢えや暴力に脅かされることなく、すくすくと育まれる。
独自の習慣や悪意や敵意はあるだろうが、すぐ死に直結しないという点から見ればここは楽園だ。
自分やリンがここに通えるような身分であったら、幸せな人生というものを得られたのかもしれない。そうするとマスターに出会えなくなってしまうので論外だが。
「ふふっ……ガラにもない……寝よう……」
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