第十二話「寮案内」


「それでは姫草様、寮の中とお部屋をご案内いたします。空狐様、弥生さん、ありがとうございました」


「よろしくお願いいたします。桜花様、犬童様、ご案内ありがとうございました」


 優雅にならってボクも二人に頭を下げて、二人が去っていくのを待ったが、空狐はニコニコとしながら一向に立ち去る気配がない。


「空狐様?」


 優雅が怪訝な顔で空狐を見た。


「面白そうだから私も一緒に行こう。さ、早く行こう優雅」


「空狐様……?」


 不思議そうな顔をして優雅は「どういうことですか?」と問うように犬童を見た。


「なにやら姫草さんと気が合ったようです」


 犬童は仕様がないと言った感じで小さく肩をすくめながら答えた。


「……珍しいですね」


「いいじゃないか優雅、邪魔をしないから頼むよ」


「朝の時分、姫草様を寮まで案内してくださいと頼んだときには、あれほど嫌がっていらっしゃいましたのに、どういう心境の変化ですか?」


「それは意地の悪い言い方じゃないか優雅? 朝頼まれたとき、私はまだユリコと会う前だった。どんな人間かも分からないのに案内を頼まれたら、誰だって面倒だと思うだろう? それも特待生だぞ? アレとは違うと分かっていても、イヤな気持ちになるのは仕方ないだろう」


「では、今は違うと?」


「ああ。少なくともエスコートをイヤだと思わないくらいには、ユリコを気に入っているよ」


「気難しくて捻くれ者な空狐様にしては、本当に珍しいですね……姫草様、いったいなにをなさったんですか?」


「我ながら酷い言われようだ」


「これといって特別なことをしたつもりはございません。いくら同学の徒となれとはいえ、私のような一使用人が、桜花様になにかするなど、大変に恐れ多いことでございますので……」


 入り口の前は人通りも少ないとはいえ、先程からこちらを窺って寮へと帰ってくる生徒がチラチラと通るため、使用人としての態度で接している。優雅もボクの視線と意図に気付いたようで、深く追及することはしなかった。


「なるほど……ではそのことは後で弥生さんにでも聞いてみるとして、いくら春先とはいえだいぶ冷えてまいりました。寮に入るといたしましょう」


 案内されて入った寮は内装も外装も高級ホテルそのものであった。


 ガラス張りのエントランスを抜けた先には、赤絨毯の敷かれたロビーがあり、受付がいるフロントや、バリスタや給仕が働いているラウンジがあり、何組かの生徒がそこに座ってコーヒーや紅茶を飲み、読書や談話をしている。


「フロントには侍女が常駐しておりますので、何かあれば内線をかけるか直接お尋ねください。寮の門限は高等生は二十時、中等生は十九時となっておりますので、特別なご用事のない限りはそれまでのご帰寮をお願いします。もし事情があって遅れる場合は、寮、教員、もしくは近くの侍女までにご連絡をお願いいたします。寮の消灯時間は二十二時で、それ以降は原則、寮内の施設は使えないことになっています」


 寮内の施設についての説明を受けながら進む。


「大食堂、大浴場、図書室、ラウンジ、遊技場、トレーニング場、等々各施設ございますので、詳しく知りたければ清華寮のご案内をお読みください。それと大浴場ですが、各部屋にもお風呂が備え付けられておりますので、お好きなほうをお使いください。大浴場は午前九時から十時のあいだは清掃のため使えませんが、それ以外なら何時にお使いになられてもかまいません。ですが、原則消灯後はお控えください」


 思いがけないところで目下の悩みが一つ解決した。他人に裸体を見られることにトラウマがあるボクは潜入のうえで風呂をどうしようかが最大の悩みだったが(異性は論外だが同性でもできる限り避けたい)、部屋に風呂が着いているのならそれを使えばいい。


「大浴場はすごいよユリコ。私のお気に入りの一つだ」


「そんなにすごいのですか?」


「ああ、広いのは言わずもがなだが、上階にあるから、そこから清華の山を一望できるんだ。特に、今の満開の山桜に彩られた景色は最高だよ」


「桜花様が太鼓判を押されるのですから、それは素晴らしいのでしょうね」


 任務上必要にない限り絶対に入ることはないだろう。優雅に各施設を案内されながら、何度目になるか分からない「すごい」という言葉を発しながらエレベーターに乗った。


「桜花さん、ただ案内される私を見ていて楽しいですか?」


 エレベーターの中はボクたち四人しかいないため、従者としてではなく一姫草ユリコとして空狐に応える。


「一々驚くユリコが可愛らしい」


「ご冗談を」


「ま、空狐様ったら、今日は本当に機嫌がよろしいみたいですね」


「まぁね」


 八階で降りると、この階は他の階とは造りが違っていた。通常の生徒たちが居住する階はどれも一本の通路を挟んで差し向いに個々の部屋があったが、ここはそうではない。エレベーターを出ると、すぐ目の前に大きな広間が広がっている。そこには椅子やソファー、テーブルが配置されたラウンジのようになっており、その広間から各部屋の扉が見えているのだ。


「ここは他の階と造りが違うのですね」


「はい、この八階は特待生及び、特別生徒専用階となっております」


「特別生徒?」


「要人のご息女たちが特別生徒に振り分けられているのでございます」


「なるほど……」


「ですからご覧のようにこの八階は通常の階とは違い、間取りを贅沢に設計されています。この階だけの特例や通常階との違いも何点かありますので、追々説明せさていただきます。この階は警備が厳重な当寮の中でも最も厳重な階となっておりまして、侍女長である私以外は、通常生徒及び侍女たちですら、自由に出入りすることができないようになっております」


「かなり徹底されていますね」


「はい。それだけVIPの方々がいらっしゃるのです」


「ユリコ、私の部屋は801号室だからいつでも遊びに来てくれたまえ」


「はい。ありがとうございます」


 だから依頼主はボクを特待生として編入させることを指定したのか。


 ただの生徒がVIPルームに無条件で出入りできる唯一の正攻法。


 空狐と同じクラスになることまで予想していたかはわからないが、これで各段と仕事がしやすくなるし選択肢も増える。

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