第十話「アーケード」
「寮はアーケードを抜けた先にあるんだ」
校舎を出て補整された道を三人で北に向かって歩いていく。
「それにしても、清華の大きさは規格外ですね……学園というよりも、自然公園の中を歩いているようです」
校舎から奥に行けば行くほど自然が多くなっていく。
補整された歩道の周りには一面に青々とした芝生が生え、その上には常緑樹や落葉樹といった様々な木々や、歩道に沿って作られた花壇には色とりどりの花が咲いている。
いたる所にベンチや東屋があり、そこに生徒たちが座って談笑していたり、芝生の上に座って写生をしている生徒もいる。
「清華は山を切り開いて作られた学園だからね。生徒が過ごしやすいように手入れはしてあるけれど、なるべく元あった自然を壊さないようにしてあるんだよ」
「なるほど」
説明を受けながら歩いていると、アーケードと呼ばれるショッピングセンターが姿を現した。
天井にアーチがかけられたそこは、ざっと見ただけでも美容院、軽食店、喫茶店、装身具店、雑貨店が立ち並び、それらの商業施設が奥まで連なっていた。
「すごいですね……」
「そうだろう?」
「一学園内にあるにしては規格外の大きさですね」
「まぁね。清華は寮生が多いから、基本的に学園内で全てが整うようにされているんだ」
「そういえば木嶋先生もそのようなことをおっしゃってましたね。
「そうだね。慣れてしまうと、かえって外に買いに行くほうが面倒になるんだ。木嶋先生も言っているとおり、生徒だけじゃなく、教員や学園内で働く職員たちもここを使っていいんだ。慣れた人だと、わざわざ休日に学園まで来て買い物をするそうだよ」
ここにある店は全て桜花家のお墨付きの一流店なのだそうだ。
「ちなみに、そこの喫茶店は私のお気に入りでね。コーヒーとチーズケーキが美味しいんだ。本当ならキミとお茶でもして、アーケードをゆっくり回りながら帰りたいところなんだけど……」
そう言って空狐が視線を送った先には『fromage』と書かれた看板が立てかけられたシックな趣の喫茶店があった。
「今日は寄り道せずにキミを寮まで案内してくれと、
優雅に釘を刺される、とはどういった慣用句なのだろう? と思ったが問うほどではなかったので聞き返しはしなかった。
「はい桜花様。異存はございません」
「うん……? ユリコ、なんだいその返事は?」
ボクの返事がご不満だったようで、ジトっとした目を向けられる。
「え?」
「ユリコは私とお茶が出来なくて、残念じゃないのかい?」
冗談めかして軽く身をかがめた空狐に顔を覗きこまれる。なるほど、拗ねているのか。
「……お分かりになりませんか? 断腸の思いを、この笑顔の裏に隠していることを?」
「そうだったのか」
「そうなのです」
「うんうん。ユリコは素直だ」
どうやら満足したようだ。
放課後のアーケードは生徒たちで賑わっていた。空狐の言っていた喫茶店でコーヒーを飲んでいる生徒、雑貨屋でクマのぬいぐるみを抱えてなにやら悩んでいる生徒、美容院で髪を切っている生徒、アイス屋で三段重ねのアイスを食べる生徒。
「なるほど……青春か……」
誰にも聞こえないよう呟く。裏の世界の自分にはないもの関係もないもの。いらないもの。求めたこともなければ欲しいとも思わないが、それがどのようなものなのかは少し分かった気がした。
「うん? なにか言ったかいユリコ?」
「いいえ。桜花様」
「ご覧ください、姫様と白百合様ですわ」
「麗しいですわ……」
「一歩下がって二人を守っている犬童様の、なんて凛々しいことでしょう……」
生徒たちはボクたちに気がつくと、こちらを見て喜色を浮かべながら、きゃあきゃあと何か囁き合っていた。
「姫草さん」
「はい? なんでしょう犬童様」
「一応ですが、このアーケードの東口を出て少し歩いた所に、診療所があります。もし調子が悪ければ、そこで診てもらうといいですよ」
昼頃ボクが注目されて調子悪そうにしていたことを覚えていてくれたのだろう。
「お気遣いありがとうございます犬童様」
「いえ、お礼を言われるほどではありません」
アーケードの北口を抜けると、すぐ向こうに大きな高級ホテルのような建物が見えた。
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