第九話「学食といなり」
四限目の授業が終わると席を立った空狐がボクに向かって、クラスメートたちに聞こえるように「ユリコ、先生に頼まれたとおり食堂へ案内するよ。行こうか」と声をあげた。
そのセリフに込められた意味を察するや否や、さすがは社交界に身を置く彼女らか、ボクに話しかけようとしていたクラスメートや、教室の外に見えるこちらに視線を向けていた生徒達も一斉に視線を逸らし、出口付近にいた生徒は道を空け近付こうとしていた生徒は身を翻えしていった。
「すごいですね……」
「……うん。正直私も少し引いてるくらいだよ」
「では参りましょう」
そうしてボク、空狐、犬童の三人で食堂へと向かうことになったのだが、とにかく周囲の視線が凄まじかった。
育ちが良いお嬢様たちが多いためか、不躾なものはさほど感じないが、それでもあまりの量の多さに辟易してしまう。
ただの廊下だというのに、まるでスポットライトが当てられた舞台の上を歩いているようだった。
「見てください、姫様と犬童様ですわ」
「ええ、白桜様もいらっしゃいます。きっと校内をご案内して差し上げているのでしょう」
「なんて絵になるのでしょう」
「一枚の絵画のようですね」
警戒もかねて周囲の会話に聞き耳を立ててはいるが、聞こえるのはこのような気色立った会話ばかりだ。おそらく白桜様とはボクのことだろう。
「どうしたんだいユリコ、ずいぶんと疲れた顔をしているね?」
「大丈夫ですか姫草さん?」
二人が心配をしてくれる。
人生でこれだけ多くの
そのような内面の疲れが無意識の内に表面に出してしまっていたのかもしれない。
「いえ、朝からずっと注目されているので、少し疲れてしまったのかもしれません。なにせ、私の人生でこれだけ注目されることはなかったもので」
「ま、仕方ないよ。有名税みたいなものだ。ただでさえ話題性抜群なのに、ユリコは顔も良いから余計にね」
顔ではなく、この白髪のせいで余計目立っていると思う。それを髪ではなく顔と言うあたりが空狐の気遣い、優しさなのだろう。
「お褒めの言葉ありがとうございます。ですが、これは私が注目されているというよりも、元からお二人に向かっていた皆様方の視線が、一緒にいる私へついでに注がれているのだと思うのです」
「それは否定しないが、キミも十分に注目の的だからね。じゃなきゃわざわざ集会なんて開かないから」
「姫草さん、その内に慣れますから大丈夫ですよ。それでも、あまり調子が悪いのなら言ってください」
空狐は生まれつき人の注目の中で生きてきたのだから、衆目というものをなんともなく思っているようだが、どうやら犬童のほうは要人警護の家系という裏方の家業のためか、ボクの気持ちがわかるらしい。
「桜花様、犬童様、お気遣いありがとうございます」
食堂は予想していたよりも広く、吹き抜けの二階席まであった。構内と同じく白を基調とした全体的に開放感のある造りで、グラスウォールが用いられ、日当たりもよく外の景色も綺麗だった。
受付のウェイトレスらしき女性に空狐が二、三言話すと、二階の一番奥にある隣の席と距離が離れている特別席のようなところに案内された。
「すごいですね……学食というよりもレストランです……」
用意されたメニューを見ながら感嘆の声をもらす。
「そうだろう? メニューにないものでも頼めばだいたいのものは作ってもらえるから、覚えておくといいよ」
「桜花さんのおすすめはありますか?」
「私のおすすめはいなり寿司だ」
「では私はいなり寿司で」
これだけ豪華な学食でいなり寿司? と思ったが、聞いた手前へぇと聞き流すワケにもいかないので注文を取りに来た店員にいなりを頼む。空狐もいなりで犬童はアイスバインを頼んだ。
「お待たせいたしました」
料理が運ばれてきた。
「さぁユリコ食べてみてくれ。ここのいなりは絶品なんだ」
「いただきます」
空狐おすすめのいなり寿司は、米の硬さ、酢加減、煮しめた油揚げの甘さと塩加減の絶妙さ、色具合、口に含んだときのジューシーさ、どれをとっても非の打ち所がないくらいの美味しさだった。だがいなりはいなりだ。
「どうだいユリコ?」
「今まで食べてきたいなり寿司の中で一番美味しいです」
絶品とも言える味だが、いなりはいなりだ。ガリも美味しい。だがいなりだ。
「それはよかった」
昼食を終えると、三人で教室に戻った。
「そうだユリコ、伝え忘れていたんだが、放課後は、清華の中を案内しながら寮まで連れて行くから覚えておいてくれ」
「はい」
午後の授業も休み時間も順調につつがなく進み放課後になり、昼休みのときのように空狐に連れられて、犬童も含めた三人で高等部の校舎を出た。
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