第八話「クラスメート」

 校舎の中に入り、先生と二人で廊下を歩く。他のクラスではもうホームルームが始まっているようだ。


「じゃあ、先生が先に入ってみんなに姫草さんのことを説明するから、呼んだら入ってきてね」


「わかりました」


 二−一と書かれた教室の前で中に入っていく先生の後ろ姿を見送る。先程の話ではどうやら空狐や犬童と同じクラスであるらしいが、だとすれば任務上非常に好都合だ。


「姫草さん、入ってください」

「はい」


 背筋をまっすぐに伸ばして教室のドアを開け、一礼し中に入ると――


「「「きゃーー!!」」」


 品のいい慎ましやかな歓声がボクを迎えた。自分へと一斉に向けられている視線からは好意的なものが多いように感じる。少なくとも悪意のような感情は感じられない。


 教室を見回すと一番後ろの窓際の席が一つ空いており、その右隣の席に座っている空狐がボクに向かって小さく手を振っていた。犬童は空狐の右隣に座っている。


「みなさん、きゃーきゃーとはしゃぐのは、淑女らしいとは言えませんよ?」


 注意する先生の声を聞きながら黒板に名前を書き、振り返って頭を下げた。


「姫草ユリコと申します。これからよろしくお願いいたします」


「よろしくお願いします」


「こちらこそ」


「特待生を迎えられて光栄です」


 という言葉と共に大きな拍手が教室を包んだ。


「では、時間もないので、姫草さんの自己紹介と質疑応答はさっき集会でやったから、省かせてもらいます」


「えー?」


「先生酷いです」


「横暴ー」


「姫草さんの席は一番後ろの窓際、桜花さんの隣です」


 先生はクラスメートたちの抗議を笑顔で聞き流す。気の抜けた天然な人物かと思っていたが、意外とやり手なのかもしれない。


「はい」


 もう一度今からクラスメートになる生徒たちに大きく頭を下げて、自分の席へと向かう。途中、横切る際に皆が「よろしくお願いします」「よろしくね」「光栄です」といった優しい声をかけてくれた。


 その声一つ一つに答えながら進んでいき指定された席に着くと、前の席の並び方に比べ、明らかに空狐と自分の席の間隔が近かった。


「やぁユリコ、また会ったね」


「桜花様、お隣に座ることができることを、大変光栄に思います」


 顔を近づけて話しかけてきた空狐に、使用人としての態度で応える。今は周りに生徒たちがいるために、先程までのような馴れ馴れしすぎる会話はできない。すると、空狐が無言でじっとこちらを見つめながら顔を近づけてきた。


「……近いです桜花様」


「分かってはいるんだけど、一線を引かれるというのは、存外にくるものがあるね……」


 ボクは空狐の耳元に顔を寄せた。


 その瞬間、空狐の右隣に座って前を向いて素知らぬ顔をしていた犬童が軽く腰を浮かし、いつでもボクに跳びかかれるような体勢に入ったことを、視界の端で確認する。


「桜花さん、約束したじゃないですか。気持ちは汲みますが、皆さんがいる前ではやめてください。と――」


 小声で話しかけられた空狐はくすぐったそうに笑みを浮かべた。


「……ああ、勿論さユリコ。すまないね、ちょっと舞い上がってしまったのかもしれない。気をつけるよ」


 ボクも笑顔を返すと、ついでに気になっていたことについて聞いてみた。


「そういえば、席、近くないですか?」


「気のせいだろう?」


「それでは授業を始めますよ~」


 絶対に気のせいではないが、どうやら気のせいらしい。


 一限目は木嶋先生の授業だったようだ。授業が始まると空狐もクラスメートたちも真面目に授業を受け始めた。


 それから各休み時間の間、次の授業への仕度を他所にクラスメートたちが集まってきては様々な質問を受け、それに一つ一つ答えていった。幸いなことは、空狐や学級委員のうぐいすがフォローをしてくれたので、騒ぎになりすぎることも、答えることが難しいような質問をされることもなく、つつがなく質問と授業が交互に終わっていったことだ。

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