第七話「上々の手応え」

「「まあ……」」


「「お上手ですね――」」


「「素敵――」」


「目映い、清廉な花々のような皆様と学び舎を共にするということに、歴史と伝統ある清華女学園の生徒になるということに、私などで大丈夫なのか? なにか粗相がありはしないだろうか? 正直に申し上げれば、今でもその不安は拭えません。ですが、それ以上に、清華の生徒に、皆様の一員になれるという希望と喜びが、今、私の胸を溢れんばかりに満たしているのです。熱く、この胸をときめかせているのです。多々至らぬ点はあることと存じますが、清華の生徒に相応しいと言えるように、胸を張って清華の生徒だと言えるようになるために、皆様を見習い、日々を精進して参ります。二年という短い期間ではございますが、皆様、この未熟な私をどうかよろしくお願い申し上げます」



 演台から一歩下がり深々と頭を下げると、割れんばかりの拍手が会場を包んだ。反応は上々のようだ。どこかのお調子者らしき女生徒などは「ブラボー」と叫んで教員に注意されている。


「では、自己紹介も終わりましたところで、今から少しの間、姫草さんへの質疑応答を始めさせていただきます。姫草さんはそのまま演台にいてください」


 マイクを持って近付いてきた空狐に「質疑応答なんて聞いてませんよ?」という意味を込めた視線を送ると「今言ったろう?」というようなトボけた笑みをされたので「仕方ない人ですね」といった笑みを軽く浮かべた。


 マイクを持った侍女たちが会場の端々に控えている。おそらく挙手して指された人にマイクを渡す係りなのだろう。


「質問がある方は挙手を、そして質問は一人一問でお願いします。安心してください。私は視力が良いのでちゃんと最後列まで見えていますから。それでは挙手をお願いします」


 その言葉を皮切りに会場中から手が挙がり、質疑応答が開始された。


「ご趣味はなんでしょうか?」


「読書と体を動かすことです。清華に合格してからは、この国の純文学をたしなんでおります」


「好きな食べ物はなんでしょうか?」

「メロンです」


「特技はおありでしょうか?」

「家事全般、特に料理が得意です」


「好きな言葉は?」

「捨てる神あれば拾う神ありです」


 簡潔に質問に答えていった。

 空狐が丁寧に高等部三年二年一年、中等部三年二年一年と質問相手を指名していき、お嬢様たちの気遣い故か無難な質問が続き、つつがなく質疑応答が終わり、ようやくこの紹介式も解散となった。


 演台から後ろに下がって舞台の袖から、教室に戻っていく生徒たちを見ていると、空狐がニコニコしながら話しかけて来た。


「素晴らしいスピーチだったよユリコ」


「桜花さん、こういうことはもっと早く伝えておいてください。なんの原稿も用意してなかったんですからね。正直すごく困りました」


 本気ではないがポーズとして少し不機嫌な表情をする。


「すまないね。予定ではキミには軽い挨拶だけしてもらって、あとは私がリードしようと思ってたんだけど、急にキミの困った顔が見たくなってしまったんだよ。だから拗ねないでくれ」


 理不尽なことをニコニコと言いながら頬をつつかれる。


「質疑応答もです」


「ああ……けれどもあれでよかっただろう? どうせ遅かれ早かれキミは質問攻めにあうんだ。だったら全員の前である程度言っておいたほうが、後の手間が省けるというものだ? どうだい、とっても理に適っているだろう?」


 また頬をつつかれる。さきほど軽く打ち解けあった気はするが、さっきの今でこれだけのスキンシップとは、そこかしこから狙われている立場にしては少し隙が大きすぎるのではないか? と思う。犬童もポーカーフェイスの下から苦い表情がでかかっている。


「せめて先に伝えておいてくださいと言っているんです」


「伝えなくても、キミなら困った顔しながらなんとかしてくれるんじゃないかなと思ったんだ。それにどうだい? キミは見事にやってみせたじゃないか。私の見立ては間違っていなかった」


「……困った顔の必要あります?」


「あるとも。キミの困った顔は可愛らしい」


「怒りますよ?」


 まったく怒ってはいなかったがエスカレートされても困るので一応釘を刺しておく。


 空狐のボクに対するこの無茶振りは、本人が意識しているか無意識的にかはわからないが、ボクという人間が自身が寄りかかれるに足る人間なのか、実力を試されているような気がした。


「だからこうやって謝っているだろうユリコ。ユリコのほっぺは柔らかいね」


 また頬をつつかれる。


「まったくもう……困った人ですね。いつもこうして犬童さんを困らせているんですか?」


 ボクは降参といったように表情を崩した。


「勘違いしないでくれよユリコ。本来私は誰にでもこんなに気安くはないんだよ。だけど不思議だね? どうにもキミは、私のような人間の扱い方にずいぶんと慣れているように感じるんだ。だから、キミ相手なら多少ハメを外しても大丈夫な気がしてしまうのかもしれないね」


「時と場合を考慮してお願いしますね。私、桜花さんの巻き添えで周囲まわりの方に怒られるのは御免ですから」


「ははっ……言うじゃないか」 


 談笑していたところに生徒の見送りを終えた木嶋先生がやってきた。


「桜花さん犬童さんありがとうね。ここからは先生に任せて」


「はい。わかりました。じゃ、ユリコ、また後で」


「失礼します」


 二人は教室に戻って行った。


「それじゃ姫草さん、教室へ行きましょうか」


「はい先生」


 そうして先生と共に教室へ向かうことになった。

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