第一話「手続き」
清華女学園の校門に続く上り坂の下でタクシーを降りた。入り口には有料道路の料金所のような建物と遮断機が設置されており、警備員が常駐し、関係者でない者はここで止められ、校門にすら近寄ることができないようになっている。
「……ふー――」
右下の奥歯を舌で弄りながら、検問所を前にし姿勢を正し呼吸を整える――
これから『ボク』は『
失敗は許されない――
覚悟を決め検問所まで歩みを進めた。
「よろしいでしょうか? 本日入学予定になっております、姫草ユリコと申します」
「はい。話は伺っております。通行証はありますか?」
警備員は人の良さそうな笑顔を浮かべてはいるが、その視線は鋭く動作に隙がない。
「お願いします」
学園側がら事前に発行された通行証を渡す。
「確認するのでお待ちください」
警備員は通行証をリーダーに読み込ませ、無線で二、三言通信をするとボクを見た。
「確認がとれました。こちらはお返しします。今貴女の担任の先生に連絡しましたので、このまままっすぐ坂を上がって、校門にある受付まで行ってください」
「かしこまりました。ありがとうございます」
頭を下げ検問所を通って坂道を上る。
もっと警戒されるかと思っていたがそうでもなかった。
勾配がきつい坂道を上りきり、下からはまったく見えなかった清華学園の校舎を前にすると、その大きさに驚いた。
校門から見えるだけでも大きな建物がいくつも建っているのが見える。それもこの学園全体から見ればごく一部にしか過ぎないらしいのだから、清華学園が一つの街規模と形容されていることも納得ができる。
校門の前には緩やかな雰囲気のスーツを着た女性が立っており、ボクと目が合うとにっこりと笑みを浮かべて近寄ってくる。
「姫草ユリコさんね?」
「はい。英国はシェフィールドより参りましたバートリー家が従者、姫草ユリコと申します。よろしくお願いいたします」
頭を深く下げる。
「あらあら~これはご丁寧に。私が貴方の担任になる
先生も頭を下げる。セミロングのウェーブがかった髪が緩く波打つように揺れている。柔和な笑顔をからは、穏やかさの中にも知的さを感じさせた。
「よろしくお願いいたします木嶋先生」
「ふふっ、わからないことがあったらなんでも聞いてね。姫草さんは帰国子女ですし、慣れないことも多いでしょう。それじゃあ話ながら校舎を案内するわね」
歩き出した先生に続く。
「両隣にあるのが受付と警備所よ」
「下でも思いましたが、すごい厳重な警備ですよね。少し驚きました」
「そうよね~。多分国内で一、二を争うくらい警備が厳重な学校だと思うわ。それだけここに通う生徒達は要人の子が多いの」
「でも警備員とはいえ、男性は校内に入れないんですよね?」
「緊急時以外はそうね。その代わり凄腕の女性警備員が沢山いるの。警備員さんだけじゃなく、学園内は教師もその他の職員さんも全員が女性よ。清華の校内で働く男性は一人もいません」
「案内は読みましたが、実際見てみるとこれだけ大きな学園の中に男性が一人もいないなんて、なかなか想像できませんね」
「そうよね~だから私も出会いが少なくてこまっちゃうの……」
先生は少しおどけた様に両手の人差し指の先端をくっつけたり離したりしている。
「ご冗談を」
「冗談じゃないのよ~? ホントに困ってるの〜。監督官として、ここの学生寮で暮らしてるんだけどね、清華の中は服屋さんとか美容院とか、一通りのお店があるから、一度清華の中にはいっちゃうと、外に出て行く理由がなくなっちゃうの。だから出会いがないの~」
なら学校を出て出会いを探しにいけばいいじゃないですか。とは言わないでおいた。
「大丈夫ですよ先生。先生ならその気になれば、すぐにだって素敵な方が見つかりますよ」
「ホントにそう思う?」
「ええ、先生はこんなに可愛らしくて素敵な方なんですから」
「もうっ、姫草さんたらお上手ねっ」
「従者の嗜みでございます」
スカートの両端を摘んで軽く持ち上げカーテシーをする。お互い顔を見合って少し笑い合う。
「話を戻すけど、この学園内には男の人は一人もいないし、警備もばっちりってこと」
「それは安心ですね」
現在進行形でボクというスパイが紛れ込んでいるが、これは警備がザルというより、マスターと手引きした依頼主が優秀ということだろう。
「そうなのよ~それに、いざとなれば爆撃にも耐えられる地下シェルターだってあるんだから、姫草さんも安心して学生生活を送ってくださいね~」
「はい先生」
ここまでは資料で見た通りだ。
清華学園は男子禁制であり、学園内末端職員まで全てが女性である。
学園の警備は桜花グループの一つであり、国内最大級の警備会社である
「奥の左側に見えるのが職員棟で、この学園で働く教師や職員達がオフィスとして使ってるの。でも普段は校舎の方の職員室にいるから、ここに来ても先生はいないの。右側にある建物は警備棟よ。警備本部とも言われていて、セキュリティ情報を統括して指示を出したりしているらしいわ」
「なるほど。そう聞くと物々しい建物に見えてきますね」
「警備員の人達は、優しい方たちばかりだから安心して。次は校舎ね」
校門から校舎へ続く道には満開の満開の桜たちに埋め尽くされていた。
「キレイでしょ?」
「そうですね」
任務中でなければ見惚れてしまうほどには美しかった。
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