その白百合は嘘をつく
桜生懐
プロローグ
新しくボクに与えられた任務は、とある女学園に在籍している生徒の監視だった。
山の上に建つ広大な敷地と千を越える生徒数を誇り、その生徒のほとんどが名家・資産家の息女で構成されているという、中高一貫の名門女学園。
ボクはそこへ、
国内三大財閥筆頭である桜花家の現当主の一人娘にして、桜花次期家当主という立場の少女だ。
「やってるかー? シロ」
部屋に入ってきたマスターに目礼する。冬なのに大きな胸が強調されるタンクトップにショートパンツとラフな格好でウイスキーの瓶を片手に持っている。
「はいマスター」
プラチナブロンドの髪とサファイアのような碧い瞳を持つ美しい殺し屋、それがボクと妹であるリンの師であり、親であり大恩人であるマスターだった。
「姫草ユリコの設定ちゃんと覚えたか?」
「はいマスター。しかし、この偽名は危険かと思います。知る人が聞けばすぐに怪しまれるかと」
「私の弟子ならそれくらいはねのけろ。分かったな?」
「はいマスター。髪色もこのままでいいんでしょうか? 酷く悪目立ちすると思いますが……染めましょうか?」
自分の白い髪を触りながらマスターを見る。
「いい。胸を張ってこれが私の地毛ですと言え」
「はいマスター」
頷く。マスターの言葉は絶対だ。
「ちゃんと設定も考えてやったんだ、無駄にすんなよ」
「はいマスター」
これから潜入するために使う偽りの身分、
姫草ユリコは英国にある孤児院で生まれ育ち、十歳の頃英国貴族であるエリナ・バートリー伯爵に引き取られ、バートリー家のメイドとして働きながらスクールに通い勉学を学び、その才能を認めたバートリー卿の好意で、今回生まれ故郷である日本の名門校である清華女学園の特待編入試験を受けさせてもらえることになった。
エリナ・バートリー伯爵というのはマスターが持つ表の顔の一つである。
「胸は盛ってもいいぜ?」
「盛りません。なんで白髪はそのままなのに胸だけ盛るんですか?」
「見栄張りたいお年頃だろ? お前もリンも私の弟子のクセに胸が控えめだからな」
「マスターが大きすぎるんですよ」
「自前でごめんなぁー? 肩が凝って大変でなぁー?」
下から上目遣いにめちゃくちゃ煽ってくるマスター。
「……リンだったらマスターに襲いかかってますよ」
「ははは! 返り討ちだけどな! まぁいいや、腹が減った。飯作ってくれ」
「はいマスター。なにが食べたいですか?」
「肉じゃが」
「かしこまりました」
――
――――
――――――
時は経ち、合格者を出す気がないのではないかと思えるほどの試験も無事合格し、清華女学園の入学日となった――
特待試験は思っていたより数倍は酷かった。正直マスターに鍛えられていなかったら絶対に合格できていなかったと断言できるくらいだ。
早朝、支給された清華女学園の制服に着替え編入特待生の証である白桜の校章を付け、最後の確認のため鏡台の前に立つ。
清華女学園の制服は、上着のブレザーとワイシャツは共通だが、スカートは三種類ある。膝丈までのミニスカートタイプ、くるぶし近くまで丈のあるロングスカートタイプ、そしてスラックスタイプだ。
動きやすさ重視でミニスカートタイプの下にスパッツを履くことにした。
着替えなどの荷物は前もって学園寮に送ってあるため、今日の手荷物は鞄一つだけだ。自分の部屋からリビングに出ると、マスターはタバコを吹かしながらソファーに座っていた。
「行くのか?」
「はい」
「マスター、もしボクになにかあればこれをリンに」
懐から取り出したメモリチップを差し出す。
「……おう」
マスターはタバコを灰皿に押し消しながら、チップを人差し指と中指で受け取った。
毎回仕事に行く前にこれをマスターに渡す。そして無事に戻れば返してもらう。それがいつからか始まった、ボクとマスターの一種の儀式みたいなものだった。
「では行ってまいります」
「おう」
玄関に続く扉に手をかけたところで振り返った。
「マスター、沢山作り置きしておいたんで温めて食べてくださいね。リンの分は食べちゃダメですよ?」
「お前もマメだな、とっとと行ってこい」
「はい」
苦笑したマスターの顔がやけに印象的だった。
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