親善試合で負かした少女が婚約者になった件について【カクヨムコン用】

天宮終夜

序章








 ――じゃあ君は……何のために戦うの?









 瞳を開いて上を見上げる。

 待機場所の暗闇に差し込む陽の光に目を細めながらつい笑ってしまう。

 どうやら俺――風見隼人は相当なバカらしい。

 笑みを隠すために狐の面を付けて階段を上がる。

 一年経っても元主のお願いという名の命令に従って捨てたはずの誇りを持ち。

 やる気もないのにこの国――大和で最も誉れある役目を果たそうとしている。

 我ながら呆れるが…………後にしよう。

 武舞台に登場すると割れんばかりの歓声が上がるが俺の意識はその雑音をかき消す。

 

 ――満開の桜の美しさは他の追随を許さない。

 

 そんな俺の十六年間の常識が音を立てて崩れ去る。

 対面側で待っていた銀髪碧眼の少女に目を奪われる。

 舞い散る桜に見劣ることのない整った容姿ではない。

 武人の国と賞賛される大和でも片手で数える程しかいない強者のオーラ。

 彼女からは血の滲むような研鑽を重ねてきたことが伝わってくる。

「あなたが紅葉姫の言っていた最強の剣士ですか?」

 声を出せば友人知人に気づかれる恐れがあるので返礼の代わりに刀を鞘から引き抜き殺気を放つ。

「どうやら道化では無さそうですね」

 少女は殺気に呑まれることなく応えるように腰の細剣を引き抜…………相手アトリシア魔法国の娘だよな?

 巷で噂の魔法騎士ってやつか?

「両者中央へ」

 審判に促されるままにお互い中央へ歩み寄る。

 少女の一挙手一投足は武人そのもの。

 元主の命令を受けた旨味はありそうだ。

「いざ尋常に――――始め!」

 開始の合図と共に少女が疾く駆ける。

 直線的な動きに呼吸を合わせて剣撃を捌く。

 敏捷性・攻撃速度共に申し分ない。

 攻撃力はそこそこ。

 なら、防御面はどうだ?

「……っ!?」

 こちらが攻撃しようと思っただけで少女はあっさり後退。

 逃すことなく同等の剣撃を繰り出すとあっさり捌かれてさらに後退していく。

 危機察知能力・反応速度もいい。

 それを裏付けるように満足したギャラリーからさらなる歓声が上がったが……。

「…………どういうつもりですか?」

 対戦相手である少女は不服そうだ。

「私と全く同じタイミングで、同じ数で、同じ箇所を攻撃…………猿真似にしては少し品がないと思うのですが」

 さすがに気づくか。

 ただこちらとしては探るような連撃に腹が立ったので煽り返しただけなのだがな。

「まぁ、いいでしょう。先に言っておきます……後悔しても知りませんから」

 言葉など無粋。

 早く来いと手招く。

 彼女は一瞬だけ怒りの表情を浮かべたが深く怒りを飲み込みさっきよりも速く駆ける。

「そこっ!」

 声の聞こえたほうを振り返っても少女はそこにはいない。

 背後から感じる気配に…………がっかりした。

「何……故…………」

 振り返ることなく細剣の切っ先に刀の切っ先を合わせる。

 確かに彼女は強い。

 魔法国の人間とは思えないほどに大和でも上位の剣技を持ち、「誰にも負けない」という信念も見て取れる。

 才能もある。

 今まで相当な努力を積んできたと思う。

 ただ欲張りな俺の心は…………。


 ――その程度では踊らない。

 

 切っ先をゆっくりと離した瞬間。

 人間の動体視力では視認できない速度で体勢を変えて力任せに刀を振るう。

「くっ……!」

 生命の危機を悟って少女は辛うじて反応して防いだが立て直す隙は与えない。

 さっきの倍の手数と速度で同じ箇所を攻撃。

 普通なら焦っていても冷静に対処しようとするところを褒めてやりたいが…………足りない。

「まだです!」

 一矢報いるような一差し。

 その一差しは見惚れる程に気高く美しい。

 恥じることはない。

 君は十分強い。

 そう伝えても少女は納得しないだろう。

 ようやく出会えた好敵手になる種を持った少女。

 彼女がアトリシアではなく、大和で育てば芽が出たかもしれない。

 しかし、彼女は惜しいことに他国の者。

 芽どころかもう二度と出会うことはない。

 一縷の望みなく自らの手で刈り取ることだけがこの傲慢な利己を癒す。

 これは期待させてくれたせめてもの礼。

 刀を鞘に納めて本気を出す。

「さようならお嬢さん」

 刀は武人の誇りなら剣は騎士の誇り。

 光と同等の速度で相手の誇りを切り刻み武舞台を降りる。

 背後で少女の細剣が派手に砕け散る音が聞こえてくる。

「勝者! 大和!」

 歓声と拍手が聞こえてくる。

 役目は果たしてので帰っても文句は言われないだろう。

 それよりも俺の頭には名も知らぬ少女が刻み込まれた。

 もしかしたら…………なんて期待してしまう武人としての才能。

 君のことを俺は一生忘れることはないだろう。

 

  

  

  

  

  

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