第38話 赤羽楓②

「——え、嘘告?」


 友達からの提案は、アタシでは思いも寄らないものだった。


「そうそう。罰ゲームって体にしちゃえば、楓も告白しやすいでしょ。それに今やってるUNOでアンタもう負けそうじゃん。だから、その罰ゲームとして七海くんに告白すること!」


「そ、そんなひどいことできないわよ……!」


「えー、大丈夫だって。それに楓だって、七海くんが自分のこと好きだと思ってるんならいいじゃん!ただきっかけが罰ゲームだったってだけだよ!」


「そ、そうかもしれないけど、だからって——」


「——いいの?他の女に七海くん盗られちゃって」


「え……」


「そうやっていつまでもウジウジしてたらさ、本当に七海くん持ってかれちゃうよ?」


「大体、これまでも何人もの上物女子たちが告白しちゃってるんだしさ、七海くんが楓のこと好きだったとしても、気の迷いで誰かにOKしちゃってたらもうゲームエンドだったってわかってる?」


「……」


「もしかしたら、今この瞬間にも黄瀬さんが七海くんにあの爆乳押し付けてるかもね〜」


「それから修学旅行の熱に浮かされて、そのままベッドに押し倒して、ご自慢のムチムチボディで七海くんの童て——」


「——い、嫌!!」


 彼女たちの言葉であまりに生々しい光景を想像してしまい、思わず悲鳴に近い声を上げてしまう。


「でしょー?だからさっさと告白した方がいいって」


「罰ゲームっていう体があれば、断られた時に気持ち的にも楽でしょ?大丈夫、七海くんなら許してくれるから」


「……」


「それにあたしたちも協力するからさ。もしダメだったときの作戦も考えるし」


「……作戦?」


「うん、あたしたちは楓に勝ってほしいからね。このタイミング逃したら絶対後無いって。だから頑張ろ!」


 自分の性格だと一人では多分ずっと告白もできそうにないこと。

 友人たちに煽られて焦燥感がピークに達したこと。

 修学旅行の夜という場の雰囲気でテンションがおかしくなっちゃってたこと。


 そんな理由もあって、アタシは彼女たちの提案に乗ることにした。


 作戦の流れとしてはこう。


 まず普通にアタシが七海に告白する。

 そのままOKしてもらえば何も問題無しのハッピーエンド。

 断られたら、罰ゲームの告白だったことをその場で暴露。

 アタシ一人でそれを言っても弱いから、賑やかしとして待機してた彼女たちに出てきてもらう。

 それで場を冗談っぽい雰囲気にして、全部無かったことにして、アタシと七海は元通り過ごせる。


 たしかに、七海は優しい。


 みんな結構彼のことをイジったりもするけど、それで怒ったりしてるところは見たこともないし、全部いい感じに受け止めてくれるし場を和ませてくれる。それもアタシが彼の好きなところの一つだ。


 多分このくらいだったら、許してくれるだろうと思った。


 それに、友人たちから煽られたこともあり完全に脈アリだと思っていたアタシは、嘘告なんて出番は無いんじゃないかという期待も持っていた。


 だから七海に、三日目の夜に二人で話す時間を作ってもらうようお願いした。


 ……けど、残念ながら修学旅行中に抜け出すのはお互いに難しそうだったので断念。


 結局、修学旅行明けの学校で作戦を決行することになった。




 ◆◇




 そして運命の、修学旅行明けの日。


 校舎裏に七海を呼び出して、友達には見え辛い影になる場所でスタンバイしてもらっている。


 それから七海がこの場所に姿を現してくれた。


 緊張で胸のドキドキが止まらない。


 なんかすごい変なテンションになっちゃって、謎に今までの思い出なんかを語り出しちゃったりして、結局何が言いたいんだって自分でも焦っちゃって。


 それでも七海はそれをしっかりと受け止めてくれて、それどころかアタシと一緒で良かったなんて言ってくれて。


 だからもう、アタシの恋心は完全に爆発しちゃって、その勢いのまま。


「——アタシ、七海のことがずっと好きだったの!だから、良かったらアタシと恋人として付き合ってください!!」


 ついに。

 ついに言ってしまった。


 そして、期待と恐怖で震えながら彼の返事を待つ。


 だけど、結果は。


「——ありがとう。好きだって言ってくれて嬉しいよ。でも申し訳ないけど、俺には好きとか恋愛とかよくわからないから、彼女を作るつもりがないんだ。ホントごめん」


 ……ダメだった。


 完全に、アタシの思い違いだったんだ。


 そう思った瞬間、全てが恥ずかしくなって。

 このまま消えてしまいたくて。

 もう何も考えられなくなって。


 そうやって絶望に陥りそうになった瞬間。


 ——嘘告。


 そうだ、これは嘘告だった


 そうやってアタシは自分の心を守るように。


「——ごめんごめん、実はコレ……罰ゲームの告白だったの!嘘告ってやつよ!」


 そう彼に告げる。


 どうしようもなく悲しくて、声も震えちゃってた気がするけど、自分を、これからの学校生活を守るにはもうこれしかない。


 当然、七海は目を丸くしながら驚いて、困惑した様子だった。


 けど、少し時間が経てば、アタシの告げた言葉の意味を咀嚼できたようで。


 そして彼は。


「……あ、ま、マジでー!?俺、めっちゃマジに受け取っちゃったじゃん!いやー、恥ず——」


 そう言いかけたところで、ネタばらし。


「「「イエーイ!ドッキリ大成功ー!」」」


 友人たちが一斉に出てきてくれた。


 後は彼女たちがうまくやってくれるはず。


 そして全ては元通り。


 また七海と、クラス委員長として二人で、うまくやっていける。


 ……と、思っていたのだけど。


「——今の嘘告の一部始終は、動画で撮らせてもらってまーす!」」


「えっ!?!?」


 そ、そんな話、聞いてない!


 それから動画を拡散するだとか、楽しむだとか言い出しちゃって、アタシは完全にパニック。


 さすがにそれはやり過ぎ……!


 なんて思っていたら、七海が。


「——でも、奇遇だな。実は俺も今、動画撮ってるんだよ」


 その言葉の意味が、ホントに理解ができなかった。


 動画を撮ってるって、何?

 アタシたちの嘘告を事前に知ってたって、何?

 なんで?


 それから七海はアタシたちの行いの愚かさを淡々と説明して。


 友達はすぐに動画を削除して、彼もすぐに動画を削除。


 そのまま七海は、「今後気を付けてくれ」という言葉を残して、去って行った。


「「「「……」」」」


 お通夜状態というのは、正にこの時のことを言うんだろうと思う。


「…………楓、ホントごめん……」


 やがて、動画を撮影していた友達の一人がそうやって口を開いた。


「……な、なんであんなことを……」


 かろうじて聞けた言葉が、それだった。


 動画を撮るなんて、事前に何の説明も無かった。


 あれが無ければ、まだ冗談で済みそうな雰囲気だったと思う。


「……直前にね、みんなで話し会って、動画を撮ろうって決めたの。もし楓が告白断られても、動画撮ってそれを使えば、もしかしたらOKしてくれるんじゃないかって……」


「そ、そんなことあるわけないじゃない……!しかも、動画を拡散するとか脅しみたいなことして……!」


「ほ、本気でそうするつもりなんて無かったよ!ただ、その場のノリの思い付きであんなこと言っちゃって……」


「あたしもそれに合わせちゃった……ごめん……」


 どうやら彼女たちなりに、アタシのことを気遣ってのことだったらしい。


 でもそれなら尚更、アタシには事前に説明しておいてほしかった。


「あと、あたし、この嘘告の件を別の友達に少しだけ話しちゃってたの……もしかしたら、そこから七海くんまで伝わっちゃってたのかもしれない……」


 一人がそう明かしてくれた。


 多分それが七海の耳に入って、このような結果に繋がってしまうんだろうと思う。


「七海くんがあんな怒ってるとこ、見たことなかった……まさか事前に動画撮る準備までしてるなんて……」


「でも悪いのは全面的にあたしたちだし……」


「……改めてだけど楓、本当にごめんなさい……応援するどころか、七海くんに完全に嫌われるようなことしちゃった……」


「……」


 たしかに、彼女たちの思いつきで悪い結果になってしまったのは間違いないだろう。


 でも、嘘告などという提案を受け入れてしまったのはアタシなんだし、全面的に彼女たちを責めるという気にはなれなかった。


「……うん、わかった。でも、七海に謝るのは協力してほしいかな……せめて動画撮影とかはアタシが関与してなかったってのは、七海に伝えてほしい……」


「も、もちろんだよ!こんな滅茶苦茶にしちゃったんだし、せめてそのくらいは、させてほしい……」




 ◆◇




 それからアタシたちはファミレスへと場所を移動し、七海に謝るための作戦会議を開始。


 その結論として、メッセージアプリでアタシたちと七海のメンバーグループを作成して、そこで謝罪することにした。


 本当なら対面で謝罪すべきだと思うが、アタシたちの場合呼び出してから嘘告した上動画撮影したという前科があるので、呼び出したりしたら逆に不信感を与える可能性がある。


 それに七海はアタシたちの行いを動画で収めるなどしていたということもあり、口頭で謝罪するよりも記録に残るメッセージにした方が、彼にも誠意が伝わるだろうと考えたのだ。


 謝罪は早い方が良いということで、その場ですぐにグループを作って皆で文面を考えながらメッセージを送信した。


『七海、突然グループに誘ってごめん。今日の嘘告の件で改めて謝罪したくてメッセージを送らせてもらいました』


『あの時の告白は、本当は嘘告でも何でもなくて、アタシの本当の気持ちだったの。でも断られてしまったのが悲しくて、今後気まずくなるのが怖くて、つい罰ゲームの嘘告などと偽ってしまいました。本当にごめんなさい』


『動画撮影の件は、楓は全く関与してません。ここにいる他のメンバーが独断でやったものです』


『あたしたちは楓を応援してて、七海くんと楓に付き合ってほしくて、動画に収めて七海くんを脅すことで楓との仲を取り持ちたいという、愚かな考えの元で取った行動でした。動画を本当に拡散するなどは全く考えてなかったけど、ついそれを口にしてしまったのは、本当にあってはならないことだと思います』


『あたしたちが取った行動は、七海くんの信用を著しく損ねてしまったと思います。許してほしいとも言いません。だけど、楓は動画撮影とか脅しだとかに全く関与していないということは伝えたかったんです』


『本当ならあたしたちの方から出向いて対面で謝るべきだと思うけど、嘘告と動画撮影の前科があるので、こうやってメッセージに残す形の謝罪を取らせてもらいました。もし今回の件で不都合なことが七海くんに起きれば、このメッセージを見せたり拡散したりしてもらって構いません』


『『『本当にすみませんでした』』』


 みんなで順番にメッセージを送る。


 そして祈るような時間を経て、メッセージに既読がつき、その後しばらくして。


『わざわざ丁寧にメッセージを送ってくれてありがとう』


『たしかに嘘告とか動画撮影はダメなことだと思うし、今後別の人とかには絶対やらないでほしい。だけどこうやってちゃんと形に残しながら誠実に謝ってくれたし、俺ももう気にしてないです』


『事情も了解しました。俺もこのメッセージを拡散するつもりもないし、今日言った通り動画撮って騙し討ちみたいにしちゃったのはこっちも同じだから、今回の件はお互い口外したりしないということで、水に流しましょう』


『だから俺としても、学校では以前と同じようにいつも通りで過ごしてもらえると嬉しいです。それじゃ、また学校で』


 そんな七海の返信を見て、アタシたちは安堵でドッとその場に崩れた。


 こうなってしまっては、アタシが七海と付き合うなどということより、とにかく七海にアタシたちがやったことの事実を伝えて、それを受け入れてもらうことが最善だった。


 このメッセージを見る限りではその目的は達成できたと思う。


「……と、とりあえずこれで謝罪できたってことで、いいよね……?」


「う、うん……そうだと、思う……」


「……改めて楓、今日は本当にごめんね……楓の恋路を完全に邪魔しちゃった……」


「……ううん、もういいわ。普通に告白してもダメだったんだし、多分最初から無理な恋だったんだもの。だから、もう気にしなくていいよ」


「うん……そう言ってくれてありがとう、楓」


 そうやってアタシの嘘告騒動と恋は、一旦の決着を迎えた。




 ◆◇




 それからの学校では、一応以前と同じような日常を送れている。


 七海が嘘告の事実を知っていたことから噂が広まったりしてないか心配だったけど、実際にはそんなことは全くなく杞憂だった。


 だけど、やっぱり個人的にずっと気になっているのは、やっぱりあの時の七海の様子。


 あんな怖い七海なんて、アタシは今まで見たことがなかった。


 アタシたちがやったことは本当に最低だったし、許されないことだと今でも思うのだけど、でもまさか事前に仕込んで動画を撮影するほどだなんて。


 あの時はカメラが出るようにスマホを胸ポケットに入れてて、それで撮影してたみたいだけど、普段はスマホのカメラが出ないような向きでスマホを収納しているみたい。


 彼はスマホを以前から胸ポケットに入れてることはあったし、それ自体あんまり気にすることはなかった。


 たしかにスマホを胸ポケットに入れてる人は多くないと思うけど、社会人の人とかでスーツの胸ポケットに入れてる人とか結構見かけることはあるから、めちゃくちゃ変というわけでもないと思う。


 でも胸ポケットにスマホを入れて撮影するなんて手段、あの場ですぐに思いつくだろうか。


 まるで、そうするように全て準備してたような……


 なんて一瞬頭をよぎりそうになるけど、彼はあくまで事前にアタシたちの嘘告をしたからそうしたんだと、七海がそんなことするような人間なわけないと、嘘告したアタシがそんな疑うようなマネしてはいけないと思い直す。


 七海はあれから普段通りにアタシと接してくれているし、彼がそう望んでたからアタシもそのように接するよう努力してるけど、なかなか以前通りとはいかない。


 自分がやったことの罪悪感がすごくて、彼と接する時にどうしても意識してしまう。


 そして今日はクラス委員会の日。二人で集合場所の教室へ向かうため廊下を二人並んで歩く。


「「……」」


 どうしてもこうやってギクシャクとしてしまう。


 道中で廊下の角を曲がり、少し人が少なくなったところで。


「……赤羽、ちょっといいか?」


 七海がそうやって話しかけてくれた。


「な、何?」


「この前の件だけどな。俺はもう、ホントに気にしてないよ」


「……え?」


「ちゃんと俺のことを考えて、ああやって形に残るメッセージで謝罪してくれたし、あの時の状況も考えるとアレが正しかったと思う。だけどやっぱりこうやって顔を合わせて口にしたほうがちゃんと伝わるかと思ってさ」


「……」


「赤羽も罪悪感とかがあると思うんだけど……やっぱりお前とは仲良く過ごしたいって思うよ。赤羽の告白に応えられなかった俺が何言ってるんだって感じなんだけど……俺は赤羽のことは、友達として『好き』だから。完全に俺のワガママで申し訳ないんだけど……改めてまたこれからよろしく、って感じで、どうかな?もちろん、逆に赤羽が俺と距離置きたいとか思ったら、遠慮なく言ってくれていいから」


 七海は照れ臭そうにしながら、そう言った。


 ……七海は、優しい。


 それは以前からずっと知っていたことだ。


 でも今この瞬間、その温もりをまた改めて強く認識させられてしまっている。


 ホントに……ホントに、罪な男だと思う。


 こうやって手を差し伸べられてしまっては、諦めるべきものも諦められなくなってしまう。


 陽葵がフラれても彼を諦めない理由がわかってしまう。


「……うん、わかった。そう言ってくれて嬉しいし、アタシもまた七海と仲良くしたい。やっぱりすぐ元通りとはいかないけど、アタシも頑張るわ。本当にありがとう。こっちこそ、これからまたよろしくね」


 ……アタシは素直になれなかったことで、本当に色んなことを失ってしまったと思う。


 アタシのこの恋は、本当に後悔まみれだ。


 あんな嘘とかじゃなくて、もっとちゃんとした形で終わらせないと、前に進むことはできない気がする。


 そのためにいつか、ちゃんと自分に素直になって、成長した姿をあなたに見せたいと思う。














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【あとがき】


本作をご覧いただきありがとうございます。


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また、いただいた応援コメント、レビュー等も全て目を通させていただいてますし、全てモチベーションになってます。本当にありがとうございます。


個人的ポリシーや本文執筆を優先したいという思いから、本作においては応援コメントへの返信はしていないのですが、印象に残ったコメントなどは作品完結後などに近況ノートでピックアップして返信することを考えていますので、お気軽にコメントください。


さて、次回からはクリスマス編。

もちろんあのヒロインのターンです。


何が起きるのか、誰が勝つのかなど予想しながら読むとより楽しんで頂けるかと思います。


引き続き本作をどうぞよろしくお願いいたします。


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