第37話 嘘告の破壊者

「え?嘘告?」


「そうよ!ごめんねー、そんなものに付き合わせちゃって!どうしてもって友達が聞かなくてさー。てていうか、アタシがアンタのことを本気で好きになるなんて、ああるわけないじゃない!」


「……」


 赤羽……お前……















 痛い!それはちょっと痛過ぎるぞ!


 ぶっちゃけ俺は、こうやって嘘だと言われても赤羽からの好意はあるんじゃないかと思っている。


 赤羽はどうも素直じゃない性格のようで、黄瀬とかに弄られてたときなど必死に誤魔化してたが、それでもその好意はなんとなく透けていたように思う。もちろん俺本人がそれをツッこむと変な感じになるので、何も追求などはしなかったのだが。


 だから今の嘘告という話は、彼女なりの照れ隠しなんじゃないかという気がしてならない。


 だってその証拠というか……目の前の赤羽、顔も目も真っ赤だし涙声でちょっと震えちゃってるんだもん。


 やっぱり赤羽は誤魔化すのが致命的に下手らしく、女心がわかってないと散々言われてきた俺でもこれはさすがに勘付けるレベルだ。俺の周りの男子もその好意に気付いてたしな。そのわかりやすさで嘘告は無理だろ。


 たしかに嘘告などと言われてイラッとする気持ちも多少はあるのだが、それよりも今の赤羽に対しては不憫さとか同情とか、そういった感情の方が勝ってしまっている。あと共感性羞恥的なムズ痒さも感じてしまう。


 ……なのでまぁ、これくらいのイタズラであれば可愛いものだろう。


 赤羽とは少なくとも残りの二年生の間はクラス委員長として一緒にやっていかなければならないしな。


 それに、今まで二人でいる中で期待させてしまうことがあったのしかもしれないし、赤羽の想いに応えられないという俺個人の後ろめたさもある。


 とは言え、罰ゲームで嘘告などという行為自体は許されるものではない。


 それについては後で一言伝えるとして、とりあえず今はこのノリに合わせておこうと判断した。


「……あ、ま、マジでー!?俺、めっちゃマジに受け取っちゃったじゃん!いやー、恥ず——





「「「イエーイ!ドッキリ大成功ー!」」」





 ——かし……って、え?誰??」


 俺が言葉を返す途中で、校舎の影から複数の女子たちがゾロゾロと飛び出してきた。


 そのメンツを見る限り、たしか修学旅行で赤羽と一緒のグループのメンバーだったはず。


「なんだなんだ?」


「あ、七海くんごめんねー?さっき言った通り、これドッキリなんだ!」


「ドッキリ?」


「そうそう!いやー七海くんさすがだね!告白されるときもあんなクールにお断りしてるんだねー!」


「『彼女とか作るつもりないから、ごめんな?』って、キリッ!カッコよかった〜」


「……」


 ……俺としては普通に告白に応えたつもりなんだが、こうやって指摘されると気恥ずかしくなっちゃうんだけど。カーッと顔が熱くなる。


「それにー?今の嘘告の一部始終は、動画で撮らせてもらってまーす!」


「は?動画?」


「えっ!?!?」


 なぜか赤羽も大変驚いた様子だが、これには彼女は関与していないのだろうか。


「そうそう!こんな面白い場面、撮らなきゃ損だからね!」


「いやー、大変貴重な映像が撮れちゃいましたよー!」


 ……いや、それはさすがに。


 赤羽の方を見てみると、彼女はただ顔を赤くしながらアワアワと手を上下させているだけだった。


「なぁ、その動画ってどうするつもりなんだ?」


「へ?どうって…………そ、そう!後で動画をみんなに拡散して、楽しんじゃうのもいいかもねー!」


「た、たしかに!七海くんが嘘告に真面目に答えちゃってるとことか、みんなで楽しみたいしー?」


「……」


 すまん。


 これは、ライン越えだろう。


「……へぇ。それはさすがに、俺も困るわ」


「ふふ、だよね!だからそれがイヤだったら、楓と——







「——でも、奇遇だな。実は俺も今、動画撮ってるんだよ」







 ——付き合……って、え……?撮ってる?」


 そう言いながら俺は、胸ポケットに入れていたスマホを取り出して、ムービーモードにしている画面を彼女たちに見せる。


 その瞬間、彼女たちはこれまでの行動が録画されていたことに気付き、固まった。


「実はさ、お前らが俺に嘘告するってことは事前に知ってたんだよ。どこまでされるかわかんなかったから、念の為こうやって録画させてもらってた。人に告白してそれをからかって、その様子を動画に収めて楽しもうだとか最低だと思うし、正解だったかもな」


「……え?知って、た?」


 まさかの事実に彼女たちはお互いの顔を見合わせ始めた。


 嘘告計画は彼女たちだけの内密な話だったようで、誰が漏らしたのかとお互いを疑い始めてるようだ。


「ああ。ここまで悪質なことやられちゃうと俺も黙ってられないしさ、そっちが動画を拡散するって言うなら、こっちも同じ手を取らせてもらうよ」


「そ、それは……!」


 嘘告でハメられただけの俺と、嘘告を仕掛けた張本人たちの顔入りの動画では、恐らくダメージの量が違うだろう。


「だけど、俺も別にこの動画を使ってお前らを貶めたいとか、そんなつもりは無いんだ。お前らが今録画したその動画をこの場で消してくれたら、俺もこの動画をすぐ消すよ。で、どうする?」


「……け、消す消す!消すよ!……ほら、もう消したからぁ!!」


 撮影していた女子が慌てて動画を消し、その画面を俺に見せてくれた。


「わかった。じゃあ俺も……はい。これで削除できた。まぁ俺も騙し討ちみたいになって悪かったよ。けどお前らがやってることって結構タチ悪いと思うから、マジでもう他の人にはやらないでくれな」


「う……うん……わかった……ごめん」


「……七海、ホントにごめんなさい……」


 そうやって赤羽含めた女子たちが次々と謝罪の言葉を告げる。


「ああ、それならこの話はここでお終いかな。今日のことはお互い口外しないってことで、今後は気を付けてくれ。じゃあ俺はもう帰るから、また」


 そう言って俺はそそくさとその場から離れた。




◆◇




 嘘告を事前に知っていたというのは、もちろん嘘。


 俺は女子に人気の無い場所へ二人きりで呼び出されたりしたときは、基本的に自衛のためこうやって動画を撮影したり録音したりするようにしている。


 だから俺はそのために、普段からスマホを胸ポケットに入れるようにしているのだ。


 私服だって、胸ポケットがあるシャツやジャケットを選ぶようにもしている。


 その結果、胸ポケットにスマホを入れる男として認知されているし、それで不自然さを無くすようにしてきた。


 もちろん胸ポケットにスマホを入れておくことで盗撮を疑われてしまう可能性はあるので、カメラが出ないような向きにしたり、普通にズボンのポケットに入れたりと気も配っている。


 まぁこのせいでスマホを落として画面がバキバキになっているのだが。


 これまではその記録も活かされることはなかったが、ついにその出番が来てしまったというわけだ。


 修学旅行中にやられていたら、胸ポケットのない浴衣姿などだった恐れがあるし、制服を着ている日に臨めたのは幸いだったな。


 ……出来れば、こんな出番なんて一生来ないでほしかった。


 高校生の女子からの呼び出し程度で、スマホで盗撮や盗聴するなどという真似は異常だと、俺自身わかっている。


 撮影してきた動画もなるべくすぐに削除してきた。


 そうすることでそんな異常な行為への罪悪感を、少しでも減らせる気がするから。


 だけど、現実には美人局だとかで本当に男性を貶めようとするような人もたくさんいる。昨今ではそれで多くの有名人が裁判沙汰になったりしてたりもする。学生の間でもイジメだとか卑劣な行いは今この瞬間にもどこかで行われている。


 そして現実に、嘘告などという手段で俺を貶めようとしてきた人もいたわけだ。


 ——なぁ。俺は一体、何を信じればいいんだよ。


 そんな思考を、ギュッと拳を強く握ることでなんとか誤魔化しながら、スマホの向きを変えながら胸ポケットに入れて、校門を目指し歩き始めた。



 と、そこに。


「——あれ?七海先輩だー!おーい!」


 そう元気な声で呼ばれ、そちらに振り返ってみれば、橙山と藍沢先輩が一緒に並んで帰っているところだった。


「え、橙山に藍沢先輩?なんかすごい珍しい組み合わせですね」


「ああ、柑奈クンとはこの前の文化祭のミスコンでお互い意気投合してね。こうやって顔を合わせたら話すようになったんだよ」


「なるほど、そういえばその繋がりがありましたか」


「はい!今日はなんか手芸部の人が少なかったんで、早めに帰ってたら瑠璃様とたまたま下駄箱で会ったんですよー」


「そうそう……って、ん?なんだか七海クン、元気が無さそうに見えるな?体調が悪いのかい?」


「あ、たしかになんかいつもより覇気が無いかも?七海先輩、大丈夫ですかー?」


「え?い、いやいや、全然大丈夫ですよ。もしかしたら修学旅行の疲れが残ってるのかもしれないですね」


「なるほど。それならいいんですけど、無理はしちゃダメですよー?」


「ああ、ありがとな。……あ。そういえば、修学旅行のお土産買ってきたんですよ。ちょうどいいし、今渡しちゃいますね。二人ともコレどうぞ」


「おお、わざわざ買ってきてくれたのかい?七海クン、ありがとな」


「わ、生八ツ橋!定番ですけど、これ美味しいですよねー!ありがとうございます!」


「私も去年修学旅行で食べたけど、たしかに美味しかったな。また食べられるなんて嬉しいよ」


「いえいえ、どういたしまして。喜んでもらえて何よりです」


「帰った後の楽しみが増えたな。七海クンはこれから帰るところかい?」


「はい、もう帰るだけでした」


「じゃあボクたちと途中まで一緒に帰りませんかー?」


「お、じゃあご一緒させてもらおうかな」


「ふふ、偶然にもみんな東王大学志望だし、受験対策の話でもしながら帰ろうか」


「ん?みんな?それって橙山も東王大学目指してるってこと?」


「はい!実はそうなんですよー。だから模試A判定の瑠璃様に色々教えてもらってたんです!」


「へぇ、藍沢先輩、東王大学でもうA判定なんですか?すごすぎますね……」


「まぁ準備はしっかりしてきたからね。七海クンも良ければ、色々情報を提供できるよ。というかむしろ、七海クンには私の将来設計的にも受かってもらわないと困るからぜひさせてほしいかな。あと、私は待てる女だからね?」


「は、はい、情報提供は嬉しいですけどね……その将来はちょっとお約束できないかと……」


「あー!瑠璃様、抜け駆けはダメですよ!それを言ったらボクはいつまでも追いかけられる女ですから!」


「いや、そう言われましても……」


 そうやって三人で会話しながら帰路を辿る。


 二人の圧でタジタジになったりもしたが、先ほどの憂鬱な気分は少しだけ晴れたように思う。


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