第35話 赤羽楓①

 アタシは今でこそ陽キャだとかカースト上位だとか言われてるけど、実際は全くそんなことない。


 多分『キョロ充』って言い方が一番正しいと自分では思ってる。


 真の陽キャみたいに立ち回りがうまいわけじゃないのに、陰キャたちに混ざることもできず、ちっぽけなプライドも捨てきれなくて、彼氏を作る気概とか勇気も無くて。


 中学校までのアタシは、ずっとそんな感じだった。


 ううん、実際には今も根っこは変わってないと思う。


 見た目だって高校入学にあたって髪を染めて、パーマをかけて、ちょっとデビューしてみただけ。


 でも、そんなアタシだけど、高校生活においては今のところ完璧に立ち回れていると自分では思っている。


 それも全部、一年生の最初にクラス委員長になったのが始まり。


 アタシがクラス委員長になったきっかけは、ただじゃんけんで負けたってだけの理由。


 決して自分からなりたいと思ったわけじゃないし、むしろそんなもの絶対になりたくないって思ってた。


 だからクラス委員長に選ばれてしまったときは、本当に理不尽に感じたのを覚えてる。


 しかもいきなり「他の委員を決めるための進行をしろ」とか言われて、「なんでアタシがこんな目に」なんて内心怒ってたりもした。


 でもアタシは、その時に最大の幸運を手に入れていたことに気付いていなかった。


 それは、隣に七海光という男子がいたことだ。


 正直、最初に彼と一緒にクラス委員長になると聞いた時は「大丈夫か?」なんて思った。


 だってパッと見の見た目は普通の男子って感じだったし、頼りになるような感じでもなかったから。


 だけど、彼が壇上に上がると妙に雰囲気があるように見えて、不思議な感覚になったのを覚えてる。


 そしてアタシも一緒に壇上に上がって、二人でHRの司会を始めた。


 ……だけど、目の前にいるのは同じクラスになって間もなく、顔も名前もほとんど一致していない、赤の他人と言っていいような人たち。


 そんな人たちの視線に晒されて、一気に頭の中が真っ白になってしまう。


 もうアワアワと手を上下させるだけで、そんなアタシをみんなが嘲り笑ってるんじゃないかって、また焦って顔も真っ赤になって。


 もうどうしようもなくなっていた、その時。


「——えー、改めまして、クラス委員長になりました七海光です。まだみんなとほとんど面識も無いし気恥ずかしくて緊張しちゃってますけど、頑張っていくんでよろしくお願いします」


 そうやって七海が、堂々とした声と態度で口火を切ってくれたのだ。


 アタシのことをフォローしてくれるような発言もあって、それですごく気が楽になって。


 この瞬間、彼の背中がすごく大きく見えた気がする。


 それからアタシと七海は二人でクラス委員長として頑張っていった。


 すると七海はとても頼りになる男だということがすぐにわかった。


 常に落ち着いたテンションで接してくれてすごく安心感があるし、困ってそうな人がいたらすぐに手を差し伸べてくれるし、イベントの決め事とかでもすぐにいい感じの提案をしてくれるし。


 最初の方はほとんど七海が引っ張ってくれてたんだけど、そうしていく中で彼に恩返ししたくて、「アタシも頑張らなきゃ」って思えるようになっていった。


 そんなアタシの意図を汲んでくれたのか、今ではアタシの方が皆の前に出て発言することが多くなったように思う。


 そうして頑張っていく内に、そんな自分のことがどんどんと好きになっていってることにも気付いて、自己肯定感も爆上がり。


 そのおかげなのか、学校生活も全てがうまくいくようになっていた。


 みんながアタシのことをクラス委員長として認めてくれて、頼ってくれるようになって。


 陽葵みたいなカースト最上位の真の陽キャとも対等な友達としていられるようになって。


 メイクとかヘアセットとか教えてもらえてちゃんとしたオシャレを覚えるようになって。


 可愛くなったって周囲に褒められて。


 どれもこれも全部、七海がアタシの隣にいてくれたおかげ。


 部活に関しては落ち着いた子が多そうだから部活くらいはせめて落ち着ける場所をっていう理由で手芸部を選んだけど、そこでも葉月とか柑奈とか、七海に縁のある子たちと出会えたのも運命的なものを感じる。


 いつか菫が陽葵に庇護してもらってる、みたいなことを言ってたけど、アタシの場合は七海に庇護してもらってると自分では思ってる。


 七海に出会えていなかったら、アタシはこんなに楽しい高校生活は送れていなかったはず。


 だからアタシが七海に恋をするのは、当然のことだったと思う。


 彼を好きになった瞬間なんてのは自分ではわからないけど、彼と接する内にたくさんの魅力があることにも気付いた。


 彼の周りに漂うふわりとしたいい香り、いつもキレイな肌、さりげなくセットしたヘアスタイル、シワやホコリや黄ばみがついていない制服など、清潔感の塊のような男だった。


 コミュニケーション能力も高いから会話がずっと心地良くて、だからなのか友達もすごく多い。


 イジりを受け止めてくれる親しみやすい雰囲気だってあるし、そんな隙を見せてくれるところも好印象。


 気遣いもできるし、すごく優しい。


 お弁当も自分で作ってて、ちょっと分けてもらったこともあるけどすごく美味しかった。


 勉強だってできるし、色んなことを知ってる。


 バイトで働く姿は大人っぽくてカッコ良かった。


 運動は苦手らしいけど、彼の雰囲気のせいかそれを感じさせなくて何でも出来るような万能感がある。


 だけどカースト上位って感じはしないし、誰とでも隔てなく接してて、彼は本当にうちのクラスのカーストって概念をぶち壊してると思う。


 ずっとクラスカーストというものに縛られてきたキョロ充のアタシにとっては、本当に衝撃的なことだったのだ。


 そんな七海の隣でクラス委員長として一緒に仕事する時間は、アタシにとって本当に特別なもので。


 クラス委員長が大変なんてことは身を以て知ってたのに、二年生になっても彼がクラス委員長になるってわかったら即座に自分から立候補しちゃったくらいなんだから。



 だけど、そんな男子の魅力に他の女子たちが気付かないはずがなかった。


 残念ながら七海は、ちょっと異常なくらいモテている。


 一応アタシも男子に何度か告白されてるし、多少はモテてるって自覚はあるんだけど、七海はちょっと異次元。


 と言うのも、うちの学校で目立ったほとんどの女子たちが彼に好意を寄せているようなのだ。


 特に、二年生に上がってからはそれが顕著だった。


 体育祭では陽葵がフラれたことを暴露して。

 夏祭りでは瑠璃会長をメス顔させて。

 文化祭前のミスコン説明会で柑奈も好意を露わにして。

 ミスコンでは水澪が公開告白という暴挙に出て。

 あと多分葉月も七海のことがずっと好きで。


 こんなのラブコメ漫画でも見たこと無いってくらいの怒涛の告白ラッシュ。


 だけど七海はそれらの告白とか好意だとかを受け入れることは一切無かった。


 本当に全員が可愛くて性格もいい子ばっかりで、普通の男子だったら諸手を挙げて喜びながらOKするくらいのレベルの女子だと思うから、不思議な気持ちもある。


 だけど、素直になれない性格で指を咥えながら見ているだけだったアタシとしては安心できた。


 その一方で、とある期待がだんだんと確信に変わっていくのを感じてしまっていた。




 ——もしかして七海は、アタシのことが好きなんじゃないの?




 もはやこの状況は、それくらいしか説明がつかない気がする。


 アタシは他の女子と比べても、特に七海と仲が良いと思ってる。


 だってアタシは、高校生活が始まってからずっと七海と二人三脚で頑張ってきたんだから。


 夕日差し込む教室で二人きり、イベントのアンケートを集計したり、話し合ったり。

 生徒会室に行くために二人で並んで楽しく話しながら廊下を歩いたり。

 クラス委員会終わりに委員長の仕事の大変さを色々と愚痴ってみたり。


 こんな思い出を七海と共有しているのも、部活に入ってない七海と放課後に合法的に一緒にいられるのも、今この世界でアタシだけなのだ。


 それにアタシ自身、容姿は恵まれてると思ってる。


 周囲も葉月や陽葵と肩を並べられるなんて言ってるらしく、清楚系女子の権化である葉月と陽キャギャルの権化である陽葵に並べられるなんてのは畏れ多い気もするけど、それでも悪い気はしないし、そんな自分を誇りに思える。


 だから容姿的な意味でも他の女子には負けてないはず。


 さすがに水澪相手は自分でも絶対勝てないと思うけど、その水澪は既に撃沈している。


 一応アタシが思いつく限りの女子で言えば、菫という伏兵もまだ残ってはいるけど、七海の様子を見てる限り彼から菫へと矢印が向いているような様子はない。


 それに菫本人も恋バナには反応が薄いし。まぁもともとなんか掴みどころのない子ではあったけど。


 だからこうやって考えていくと、やっぱりアタシはかなり脈があるんじゃないかと思ってる。


 ……だけど。


 そう思ってはいるんだけど、なかなか踏み込めていないのが現状だ。


 だって好きな異性に告白するなんて、めちゃくちゃ勇気のいることのはず。


 アタシからしたら、自分の恋心を周りに曝け出すなんてホントに信じられないことだと思ってるから、陽葵とか柑奈とか水澪とか瑠璃会長とかホントにすごいなって思うし、アタシにはあんなの絶対真似できない。


 それに、告白なら男子の方からしてほしいって気持ちもある。


 だけどライバルは多くてあまりに強力だから、のんびりしていられないのもわかってる。


 だから何とかしてきっかけを作りたいとは、ずっと思っているのだ。


 その点、この修学旅行はそのきっかけになり得る気がしている。


 だってバス移動の間はクラス委員長は隣合わせの席だから、一緒にいられる時間は長い。それにイベントの高揚感だって期待できる。


 もしかしたら七海の方から告白とか……なんて思ったり。


 でもなんとなくそう都合良くもいかない気もするし、だけど自分からグイグイ行くなんてのも難しいし。


 そうやってウンウンと頭を悩ませ続けているのが現状だ。





「——楓、なーに難しそうな顔してんの?」





 そう言って、中学時代の女友達に声を掛けられた。


 完全に七海のことで意識が飛んでしまっていたけど、現在は修学旅行の一日目が終わり、みんなでホテルの部屋に集まりUNOをして遊んでいるところである。


 今回の修学旅行では中学校の時に仲が良かったメンバーで集まった。


 彼女たちはいわゆるカースト上位って感じの子たちで、キョロ充のアタシが合わせるような形でグループに入っていた。


 ちょっとノリは軽くて調子に乗っちゃうこともある彼女たちだけど、普通にいい友人たちだと思ってる。


 そんな彼女たちに修学旅行で誘ってもらえて嬉しかったし、なんというか高校生活でのアタシを認められたような感覚にもなった。


 そんな彼女たちに、七海のことで頭を悩ませていたところにツっこまれてしまったのだ。


「う、ううん、別に何でもないわよ」


「えー?どうせ楓のことだし、七海くんのことで頭悩ませてたんじゃないの?」


「へ!?ななな、何のことかしら?な何で七海の名前が出てくるのか、さっぱりわからないわね……」


「いやいや、それで誤魔化せてると思ってんの?」


「楓ってマジわかりやすいよねー」


「早く素直になって七海くんに告白しちゃえばいいのに」


「……」


 ……なぜかアタシが七海のことを好きというのは周知の事実になっているらしい。


 これまで何度も誤魔化してきたと思っていたのだが、どうもうまくいってなかったようだ。


「ていうか七海くん、マジでめちゃくちゃモテてるし、早くしないと楓ヤバいよ?」


「あんな美少女ばっかりにモテてる男子、見たことないしね」


「でも正直、七海くんがモテるのもわかるんだよなー」


「お弁当とかも自分で作ってるし、清潔感すごいし、コミュ強だし、頼りになるし、勉強できるし、テスト前も色んな人に勉強教えてたりで優しいし……優良物件が過ぎるでしょ」


「ぶっちゃけあたしも七海くんとなら全然付き合いたいんだけど……あんなガチ美少女軍団と張り合える気しないわ……」


「わかる。あんなの見せられたら、同じステージにすら立たせてもらえないっていうか。諦めるしかないって感じよね」


「そうそう。ホント誰が勝つんだろうねー。賭けの白熱具合すごいことになってるし」


「え。賭けって何?」


「あ、楓は知らないのか。今二年生の間で、七海くんが誰と付き合うかって賭けが流行ってるの」


「ひ、人の恋愛で何やっちゃってるのよ……」


「えー。だってあんな面白いコンテンツ、どこにもないもん!」


「下手な恋愛リアリティショーより俄然面白いしね。こっちはガチ現実だし」


「有力とされてる候補は7人ね。黄瀬さん、緑川さん、青島さん、白河さん、藍沢元会長、橙山さん、あと楓」


「こうやって改めて列挙してみると量も質もやばいわ……」


「でも元会長と橙山さんには申し訳ないけど、学年違うのってやっぱ不利だよねぇ。単純に接触回数減るし、こういう修学旅行とかも一緒できないのって致命的だと思うわ」


「青島さんが最有力だと思ってたんだけど、元カレ騒動とかで一気に出遅れた感あるよね。あと本人がもう落ち着いちゃったっていうか」


「なんだかんだで黄瀬さん勝つと思うんだけどなー。一度フラれたって言っても、七海くんだって男なんだしあんな爆乳美少女ギャルに迫られ続けたらひとたまりもないでしょ。黄瀬さんもさっさと押し倒しちゃえばいいのに」


「やっぱ緑川さんじゃない?幼馴染は強いって。他の人みたいにフラれたとか相手にされてないとかそういう話しも聞かないし」


「いやいや、最近でこそ一緒にいるけど、前は七海くん本人が疎遠って言ってたんだから、無いと思うなー。そこで出てくるのが白河さんよ。みんな大穴扱いしてるしちょっと個性的だけどさ、七海くんと仲良いし、フツーにめちゃくちゃ可愛いもん。七海くんは地雷系フェチだから他の子相手にしてない説を提唱します」


「うーん、誰が勝つんだろうねー?」


「——ちょ、ちょっと!なんでみんなアタシに賭けてくれないのよ!」


「「「「……ニヤリ」」」」


「あっ」


 友達でありながらアタシの名前を挙げてくれない彼女たちに思わずツッコミを入れたら、待ってましたとばかりに顔をニヤつかせながらアタシに視線を集中させてきた。


「やっぱり、七海くんのこと好きなんじゃ〜ん」


「正体現したね」


「ここまでしないと素直にならないんだから……やれやれ」


「う、うぅ……」


「ていうか、みんなあんなこと言ってたけどさ、実際楓が一番本命に近いと思うよ?」


「……ほ、ホント?」


「ホントホント!だって一時期は黄瀬さんか楓かって感じだったけどさ、その黄瀬さんはもう玉砕してるじゃん?それに他の候補だった女子たちもバッサバッサと切り捨てられてるし、こうなったらもう楓くらいしか考えられないって」


「楓、高校に入ってメチャクチャ可愛くなったし、ぶっちゃけあのステージにも余裕で立ててるしね」


「あとクラス委員長でよく一緒にいるのがデカい。雰囲気もいい感じだし」


「緑川さんは幼馴染って情報が独り歩きして本命扱いなだけ感あるし、白河さんは結局大穴止まりって感じだもんなぁ」


「ていうかさ、七海くんが早く彼女作ってくれないとあたしたちも困るのよね」


「え?なんで?」


「だって、うちの高校屈指の美女たちが七海くんに惚れ込んじゃっててさ、そのお溢れ狙いのイケメンたちが彼女作ろうとしてくれないのよ。だからあたしたちもノーチャン状態だから、七海くんには早く彼女作ってほしいってわけ」


「そうそう。だから早く楓に告ってもらって、ゴールインしてもらわないと、ってこと」


「な……なるほど?」


「ていうかさ、楓も実は七海くんが自分のこと好きなんじゃないかって思ってるんじゃないのー?」


「……」


 この気持ちを公にするのは、やっぱり恥ずかしい。


 だけどさっきの話しとか聞いてて、やっぱり七海がモテるという事実を再認識させられたこともあり、焦る気持ちも出てきた。


 それにちょっとでも協力者が欲しいという意味で、アタシは自分の気持ちを吐露することにした。


「う、うん……実は、ちょっとだけ……そうなんじゃないかって……」


「やっぱり!じゃあもうこの修学旅行中とかに告白しちゃいなよ!」


「で、でも……そんな告白とか簡単にできないわよ……断られたら気まずくなるし……」


「あー……でもまぁ、その気持ちもわかるわ」


「あたしも告白なら男子からしてほしいしなー。七海くん男見せんかい!って感じよね」


「かと言ってこのまま待つってのも、その間に七海くんが黄瀬さんに押し倒されちゃうかもしれないし……」


「先に楓が押し倒せば?」


「それこそできるわけないでしょ!」


「だよねぇ……」


 そうしてその場全員でうーんと頭を悩ませる。


「——あ。ちょっと思いついた」


 その内の一人が、天啓得たりとばかりに声を上げた。


「え、どうしたの?」


「いや、告白しにくいとか気まずくなるのがイヤってのならさ、素直になれない楓的にはそのための言い訳とか後ろ盾的なものがあればいいんでしょ?」


「……え?ど、どういうこと?」


「うん、まぁ完全に思いつきなんだけどね。あたしたちも協力するからさ——こういうのはどう?」


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