第32話 青島水澪②

 ——これが、恋。


 七海さんに助けられたあの時、わたくしは生まれて初めて知る温かい感情に支配されました。


 あのように大人の男性に囲まれて強引にナンパされることなど一度もなかったので、ただ萎縮するばかりで何も行動を起こすことができなかったのです。


 しかし、そんなとき。


「——先生っ!いましたよー!こっち、こっちです!!」


 七海さんが大声を上げながら、姿を現してくれました。


 男たちが逃げていった瞬間、わたくしは安堵でその場に座り込んでしまって。


 それから七海さんはミスコンのことなど全てをスマートに対処した上、わたくしのことを気遣ってくださって。


 その姿の、なんと輝かしいことか。


 これまで何とも思っていなかった彼が、途端に格好良く見え出したのです。


 胸の高鳴りが止まらない。

 顔の火照りも止まらない。


 知識だけしかなかったわたくしでも、これが何なのかはすぐに分かりました。


 わたくしは、恋に堕ちたんだと。


 それからはもう自分を止められそうにありませんでした。


 わたくしがあなたに一番ふさわしいんだと、そうアピールしたくて、ミスコンを絶対に勝ちたくて。


 あの時のわたくしには、怖いものは何も無かったと思います。


 そして、その勢いのまま優勝。


「——七海光さん。わたくしは、あなたのことが好きになってしまったみたいです」


 彼に愛の言葉を捧げたのです。


 大衆の目など、わたくしには全く気になりませんでした。


 そして文化祭の終了後、彼に空き教室へと呼び出されて。


「——青島の気持ちには応えられない。すまん」


 そんな告白のお返事。


 たしかに、これまでわたくしは七海さんと深い関係性は築けていなかったので、告白は性急過ぎた感は否めません。


 しかし、わたくしの溢れ出る気持ちを制御することなどできそうになかったので、お友達でいることはご了承いただけました。


 だからわたくしは、感情の赴くままに行動していったのです。


 朝は七海さんへの挨拶は欠かさず。

 昼も七海さんと一緒を誘って。

 放課後は一緒に帰るよう誘って。

 夜もメッセージを欠かさず。


 恋は止められないなどと言われていますが、それが本当のことだったとこの身で知ることになろうとは。


 そしてそんなことを続けていたある日。


「——友達として付き合うとは言ったが、ここまでグイグイ来られると俺も困るんだ…」


 ついにはそのようなことを、七海さんから言われてしまったのです。


 たしかに、これまでのわたくしは自分自身を全く客観視できていなかったように思います。


 諭すような七海さんの言葉も、本当はわたくしも正しいと頭では理解できていたはずなのです。


 それなのに、わたくしの内側にある感情がそれを全て否定してしまう。


 わたくしのことが嫌いだからこんなことを言ってるんだ。

 もっと正直な言葉で言えばいいのに。

 オブラートに包んで保身に走ろうとするその態度が気に入らない。


 最後には感情のまま彼に言葉をぶつけてしまいました。


 罪悪感はありましたが、それでも自分自身の恋心を否定された悲しみと怒りでどうしようもなくなっていたのです。




 ◆◇




 文化祭のミスコンステージでの公開告白なんて大仰なことをやらかして、それが両親の耳に入らないはずはありません。


 それを聞いたわたくしの両親は。


「青島家の看板に泥を塗るな」

「女の子が大衆の前で告白などはしたない」

「娘がそんなバカな真似をしたことで恥をかいている」


 などと、散々にわたくしのことを叱りつけました。


 しかし、それらの言葉がわたくしに響くことはありません。


 わたくしが抱くこの感情はいけないことなのか?

 これまでずっと言われた通りにやってきたじゃないか。

 告白の一つくらいでうるさい。


 そんな思いで頭がいっぱいになって、わたくしは発作的にその場から逃げ出し、引き止める両親の声を振り切って、そのまま家を飛び出したのです。


 しかしその日は運が悪いことに、雨が降っていて。


 勢いのまま飛び出したわたくしは傘も持っておらず、近くの公園へ駆け込み、東屋で雨宿り。


 これまでのわたくしであれば、絶対に取り得ないような行動です。


 それでも、七海さんにも恋心を否定されて、両親にもわたくし自身を否定されて、怒りと悲しみでいっぱいになって。


 すぐに自分の家に戻ろうとは思えませんでした。


 これからどうしようか、と考えていたら。


「——あの、大丈夫ですか?」


 と、突然通りすがりの制服姿の男子の声。


 見たところ、常陽の近くにある商業高校の方。


 とても温和そうで、タオルも差し出してくれて、それほど警戒しなくてもよさそうには感じました。


 そして気が滅入っていたこともあり、その方に自身の状況をお話したのです。


 家庭が厳しく、ずっと両親の言いなりだったこと。

 それで自分自身が空っぽな人間なのではないかと思っていたこと。

 そんな時にとある男子に恋をして、そうではないと思えたこと。

 だけどフラれてしまったこと。

 それが両親の耳に入り、自分たちの保身しか考えていない彼らが嫌になったこと。


 そんなわたくしの身の上話を、彼はしっかりわたくしの目を見ながら、うんうんと頷きながら、ゆっくり聞いてくれました。


 しかしそうやって話していると、身体が冷えたのか、クシュンとくしゃみ。


 そんなわたくしの様子を見た彼から、「この近所で一人暮らししてるから、よければそこで身体を温めないか」という提案。


 普段なら一人暮らししている男性の部屋になど絶対に上がったりしないのですが、身体が冷えていたこと、気持ちが沈んでいたこと、話した様子から信頼はできそうな方だと感じたことなどから、わたくしはその好意に甘えることにしました。


 伺った先は少し年季の入った1Kアパート。


 そちらで男物のTシャツを借りて濡れた服を乾かしてもらいながら、温かいコーンスープをご馳走になりました。


 ずっと冷えていた心や体が、じんわりと温もりに包まれていく。


 話を聞いてみれば、彼は近くの商業高校の二年生で、わたくしと同い年とのこと。


 それを知ったのをきっかけにして、お互いの高校の話など、会話が少しずつ盛り上がっていって。


 そしてそれと比例するように、わたくしの胸もまたドキドキと高鳴り始めて。


 「こんなすぐに……?」なんて思いもありました。


 だけど、恋心を否定されたくなかったわたくしは、自分自身の恋心を絶対に否定なんてしたくなかったのです。




 ◆◇




 それからわたくしは彼とのメッセージのやりとりを経て、彼からの告白を受け入れ、交際を始めることになりました。


 とはいえ、まだ付き合って日も浅いので、やってることといえば下校時に一緒に帰ることくらいで、それ以上のことはしておりません。


 彼氏さんはとても優しいお方で、わたくしの常陽高校まで迎えに来てくださいます。


 やがてわたくしに彼氏ができたことはすぐに周知の事実となりました。


 ただ、七海さんがそれに対して何のリアクションも無かったのは個人的に少し不満でしたが。


 とはいえわたくしにはもう彼氏ができたので、それはもう関係ありません。


 というわけで、今日も彼氏さんと下校時に一緒に帰ります。


 最近は手を繋いで帰るようになりました。



 ……の、ですが。


 それで胸がドキドキするのは、間違いないのです。


 なのに、ずっとまとわりついているような、モヤモヤがあるような気もして。


 これは、何?


 ……ときめき?

 ……憧れ?

 ……緊張?

 ……焦燥?


 時折、そんな考えがよぎってしまうのはなぜ?


 しかし今更そんなこと考えてはダメだと。

 目の前の下校デートに集中しないと。


 必死に自分を納得させながら彼氏さんと二人、並んで歩いていたら。



「——ねえねえ、そこのカップルさん、ちょっといい?」



 そうやって、強面の大人の男性4人に突然囲まれてしまいました。


「え?な、なんですか?」


 困惑しながらも彼氏さんがそう答えてくれる。


「いやぁ、あまりにお似合いだったからさ〜、ちょっと話を聞かせてもらいたいなーと思って?ちょっと向こうの方で話さない?」


「い、いや……そんな事言われても……」


 彼らが声を掛けてきた理由はほとんど言いがかりのようなものでしたが、囲まれてしまって逃げることもできない。


 やがて男の一人が彼氏さんの腕を強引に引っ張り、人気の無い道の方へ連れて行かれてしまいました。


 周囲に少し人はいましたが、皆見て見ぬふりでした。




 ◆◇




 そしてわたくしたちは路地裏へと連れ込まれ、わけもわからないまま詰め寄られて。


「な、なんですかあなたたちは……!?」


 そう言って彼氏さんが、わたくしを守るようにしながら男たちに問いかけてくれて。


「んー?いやぁ、お前ら明らかに釣り合ってないじゃん?彼女さんめっちゃ綺麗だしさ、可哀想だしおれたちが貰ってあげよっかなーって」


「え、いや、さっきと言ってることが……」


「あぁ?ゴチャゴチャうっせえぞ!」


 男がそう言ったかと思えば、突然彼氏さんが鳩尾を殴られ、その場にへたりこんでしまった。


「うぐっ……!?」


「ひっ……!?い、イヤァッ!!」


 生まれて初めて暴力を目の当たりにして、悲鳴をあげてしまう。


「はいはい、お嬢ちゃんは黙ってみてようねー」


「い、痛っ……!」


 男の一人がわたくしの腕を強く握る。


 そして彼氏くんを全員で何度も足蹴にしながら、


「なぁ彼氏くん?このまま逃げるなら見逃してやってもいいけど、どうするー?」


 下卑た笑顔で彼氏さんにそうやって問いかけるナンパ男。


「……」


 彼氏さんは怯えた顔をしながらわたくしを一瞥した。


 人気のない場所、声を上げても人が来てくれるかわからないし、何よりもっと酷いことをされるかもしれない。


「……ご、ごめん!」


 そう言って彼は、その場をダッと逃げ出してしまいました。


「あ…………」


 そうしてわたくしは、その場に取り残された。


「あはは、彼氏くん逃げちゃったねー?あんなダッサい彼氏くんなんてもう捨てちゃってさ、おれたちと遊ぼうぜー?」


 もう目の前で何が起こっているかも理解できないまま、男がわたくしに手を伸ばそうとしたその瞬間——


「——おい、お前ら!何やってんだ!」


 その声がした方を向くと、彼氏さんと同じ制服を来た男子にそう声を掛けられました。


 だ、誰……?


「あ?なんだおまえ?じゃますんなよ、いいとこなんだから」


「いいのか?そんなこと言って。お前らの写真撮ったから、いつでも警察突き出せるからな!」


「は!?なにしてくれてんのおまえ!?」


「わかったらお前らその子を離してさっさと立ち去れ!」


「くそっ、ずらかるぞ!」


 そう言って、ナンパ男たちは走り去って行きました。


「ねぇきみ、大丈夫だった?」


「あ、ありがとうございます……とりあえず無事です……」


「そっか、それなら良かった。とりあえずここから離れたほうがいいと思うし、おれの知ってるいい隠れ場所があるから行こうよ」


「え?そ、その……」


 語り口は、あくまで爽やか。


 たしかにこの人はわたくしのピンチを助けてくれた男性。


 善意で仰っている……はず。


 なのに、どうしても拭えない違和感が、わたくしを捉えて止みません。


 やけにアッサリと引いた男たち、どこか演技くさいセリフ回し、そしてこの男の目の奥にあるドロドロとした何か。


 七海さんや彼氏さんが助けてくれた時とは決定的に違うものがそこにあって、頭の中で警鐘が鳴り続けています。


 ——この人に、絶対ついて行ったらいけない。


「す、すいません。助けていただいたことはありがとうございました……でも、あとは人気の多いところを通って帰りますので」


「え?いや、こんな目に遭った後で一人とか不安でしょ?絶対一緒にいた方がいいよ?」


「いえ、大丈夫です。それに駅まではそれほど遠く離れてませんし、走れば人通りの多い場所にすぐ出られますから」


 わたくしの本能が、一刻も早くここから逃げ出せと言っている。


 強引に彼の脇をすり抜けようとしたら、その瞬間彼がわたくしの前を通れないよう通路を塞ぐ。


「……へぇー、常陽高校の生徒会長様って、助けてくれた人にそんな態度取っちゃうんだー?」


「え……わ、わたくしのことを……?」


「そりゃね。……あーあ、もうまどろっこしいのは止めだ。ちょっと待ってな」


 彼はスマホを取り出してどこかに連絡し始めて。


 何事かと困惑していたら、間もなく先ほどのナンパ男たちが戻ってきた。


 ……グルだった。


 この状況が何を意味しているのか、わたくしにもすぐに理解できました。


「いやー、あんま手荒な真似はしたくなかったんだけどねー」


「な、何、を……」


「先輩たちにお願いしてる以上さ、良い想いはしてもらいたいんだよねー。だからまぁ、ちょっと強引だけど、ついてきてもらおうかなって」


「や、やめてください!犯罪ですよ!?」


「大丈夫、動画とかも撮ってあげるからね。特にきみ生徒会長なんでしょ?知られたら色々困ることになるんじゃない?」


 ……人気の無い場所で、屈強な男たちに囲まれて、動画を撮るという言葉。


 この後起きるであろうことを想像してしまった瞬間、今までにないくらい体がガタガタと震え出して。


「うん、立場のある子はやりやすくていいわ。しかも超上玉だし。じゃ、大人しくしててねー♪」


 そう言ってナンパ男がわたくしに手を伸ばす。


 ——誰か、誰か助けて……!


 そう心で呟いた瞬間。






「——すいません、そこまでにしてもらっていいですか?」






 穏やかなのにどこか力強い、そんな声が降ってきた。


 その場にいた全員がそちらの方向に目を向けると。



 ……七海さんが、立っていた。



 なぜ、彼がここに?


「あ?なんだお前?これも仕込みか?」


「い、いや、こんなヤツ知らないっす」


「ああ、すいません、俺はそこにいる女の子の友達なんですよ。なので声かけさせてもらいました」


 そう言いながら七海さんはスッとわたくしを守るように陣取ってくれた。


「はぁ?ただのお友達様がなんでこんなとこ来てんだよ。ストーカーか?」


「帰り道にたまたま友達が怪しい男たちに連れて行かれてるのを見て、気になっただけですよ。遠くからしばらく様子見させてもらってたんですけど、彼氏さん?もどこか走って行っちゃったし、どうも穏やかな雰囲気じゃなくなったんで」


「……はぁ。ナイト様気取りってか。ていうか彼氏が逃げ出したとこ見てたなら、お前もどうなるかわかってるんだよな?覚悟はできてるか?」


 そ、そうだ……


 これだけの数の男を相手にしたら、七海さんも彼氏さんの二の舞になってしまう……!


 ——なんて、わたくしが考えたところで。


「はい、俺じゃどうしようもできないです。なので国家権力に頼らせてもらってます。最初からずっと通話中です」


 七海さんがスッとスマホを手に取り、男たちに画面を見せつけている。


「「「「……」」」」


 その途端、男たちがピタッと動きを止めて黙る。


「もうこの場所は伝えてあるんで、そろそろ来てくれると思いますよ」


 七海さんがそう言った瞬間、ナンパ男たちは一目散に走り出した。


 ……何が起きたか、わからない。


 けど、七海さんが彼らとグルなんて絶対にありえない。


 ………………今度こそ、助かった。


 緊張の糸が途切れ、ドサッとその場に尻もちをつく。


「……もしもし。はい、はい。すいません、女の子が危なくなっちゃったんで出ちゃいました。とりあえず事情とか説明するので、伝えた場所にお願いします。……はい、わかりました。ありがとうございます」


 そう言って七海さんはピッと通話を切った。


「……い、いや、怖かったぁ……!マジうまくいってよかったよ……!青島、大丈夫か?」


 よく見ると、彼の手足も震えていた。


 怖い中、この場所に姿を見せてくれたのでしょう。


「な……なんで、ここ、に?」


 なんとか声を絞り出す。


「ああ、さっきアイツらに言った通りだよ。帰り道にたまたま青島と彼氏さんが男たちに連れてかれてるとこ見て、しかもその後ろから変な男もついてってさ、様子おかしかったから距離空けながらついて来たんだよ。そしたらその変な男が待機してるわ、彼氏さんが逃げてくわ、見計らったように男が入るわ、ナンパ男たちが出てきたかと思ったらすぐ近くで待機してるわで、あまりに変だったし来て正解だったな」


「さ、さっきの電話は?」


「110番だよ。さすがに喧嘩なんて無理だからね。ホントは警察来るまで通話しながら待ってようと思ったんだけどさ、もう青島ヤバそうで咄嗟に出てきちゃったよ。それでスピーカーにして、アイツらにその画面見せたら黙って逃げてくれたって感じ」


「そ、そうだったんですね……」


「アイツらの写真とかはもう最初に撮ったから、警察に見せることもできるよ。その辺は青島に任せるから。もう着くらしいし、とりあえず警察の人待とうか。……ホントごめんな、大袈裟にして。俺だとこうするしかなくてさ」


「い、いえ……本当に助かりました。ありがとうございます……」


 ……まただ。


 あの時と同じ、胸の奥が熱くなる感覚と、鼓動の高鳴り。


 ……やっぱり、わたくしはこの人のことが……


「七海さん……わたくしはやっぱり、あなたのことが——」


 そう勢いのまま、言葉にした瞬間。


「——青島」


 ピシャリと、彼がわたくしの言葉を制止する。


「その先は多分、言わない方がいいと思うぞ」


 …………


 そ、そうだ……


 わたくしは彼氏がいる身でありながら、何を……


「……俺が青島を助けられたのは、本当にたまたまなんだよ。場合によっては俺がさっきの彼氏さんの立場になってもおかしくなかったし、あそこで逃げ出さないでいられたか自信も無いし、俺じゃない他の誰かが助けてくれた可能性だってある」


 自分のあまりの愚かに呆然としていたところを、七海さんが淡々と語り出す。


「かと言って、衝動的に抱くような恋心も俺は否定できないよ。多分それも立派な『好き』だと思うから」


「……」


「だけど、友達として一つだけ言わせてもらうなら」


 そう言って、七海さんはわたくしに向き合って。





「——その感情と行動でどんなことが起きるかってのは、ちょっとだけ踏み止まって、考えてみてもいいんじゃないかな」





 ……彼がそう告げた際、その表情にどこか悲痛さが浮かんでいたのは、わたくしの気のせいではなかったでしょう。



 それからすぐ警官の方が到着して、署まで連れられ事情を説明。


 今後同じ被害に遭われる方がいるかもしれませんし、個人的感情としても許せなかったので、七海さんに協力いただいて被害を訴えることに。


 写真や防犯カメラの映像から全員の身元が判明し、調査する内に余罪もあったことが発覚、最終的に彼らは警察のお世話になり退学。


 商業高校の方でも大きな騒ぎとなり、教師による見回りが強化されるとのことで、逆恨みの可能性が怖かったですが、それに関しては無くなりそうで安心できました。




 ◆◇




 それからわたくしは、向き合うべき方たちと向き合うことにしました。


 まずは、彼氏さん。


 二人で話し合った結果、わたくしたちはお別れすることに。


 わたくしもお付き合いに違和感を覚えていましたし、彼も逃げた罪悪感があったようですし、何よりわたくしと付き合うことにプレッシャーを感じ始めたとのこと。


 わたくしの感情で振り回してしまったことを謝罪しましたが、彼はそれを受け入れてくださって、穏便にお別れできたように思います。



 そして次に、両親たち。


 暴行未遂事件の日には警察署まで迎えに来てくれたのですが、当然こっぴどく怒られました。


 彼氏ができていたことも黙っていましたし、これに関しては全てわたくしが悪いので、もちろん受け入れます。


 だけどわたくしも、自分の意見を述べることにしました。


 感情的に行動したことは反省すべきだが、これまで恋愛を抑圧されていた分、今回爆発してしまったような気がすること。感情は完全には抑制できず、無視して生きることはできないこと。それだけは汲み取ってほしいこと。


 両親に自分の意見を述べるなど初めてのことだったので、彼らは驚いていたようでした。


 わたくしの言葉がどこまで響いたのかはまだわかりませんが、この問題はすぐに解決するようなものでもないですし、これから両親たちと話し合って、擦り合わせていくことになるでしょう。



 そして、自分自身。


 あの時の七海さんが浮かべていた苦しそうな表情は、わたくしに様々な気付きと考えるきっかけを与えてくれました。


 元彼氏さんと付き合ったのは、七海さんへの当てつけの感情は無かったか?

 七海さんに感じたときめきは、これまでの彼を見ていた積み重ねがあったからじゃないか?


 ……まさか恋愛が、感情が、こんなに複雑で難解なものだとは思っていませんでした。


 これまでの自分を振り返ると、いくら初めての恋愛感情だったとはいえ、愚かなことをし続けていたように思います。もはやその場の感情で動く、動物のようだったとも。


 しかし、これに今気付けたことは幸いだったのでしょう。


 もちろん取り返しのつかなくなったものはいくつもあるのですが、大人になってからではもっと大きな致命傷にもなり得たはず。


 そういう意味では、やはり七海さんに、そして元彼氏さんに感謝しなければなりません。


 わたくしはきっと、恋愛をするにはあまりに未熟過ぎました。


 そんなステージに立つ資格が無いことを自覚できた今は、この胸にあるものをそっとしまっておいて。


 しばらくは自分自身とその感情に向き合い続けていこうと思います。


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