第31話 チョロインの破壊者
「「「「えええぇぇぇ!?!?!?」」」」」
会場がかつてないほどの沸き上がりを見せている。
というかもう、歓声やら怒号やら悲鳴やらですごいことになっていて、体育館全体が揺れてしまっている。
それもそうだろう。
高嶺の花で告白すらも躊躇うほどの美貌を持ち、今や名実ともに『学校一の美少女』である彼女が、グランプリを獲ったミスコンのステージで、特定の一人の男子に愛の告白をしているのだ。
そして、名指しで告白された俺は、ただひたすらに戸惑うだけ。
青島から好意を持たれてるなんて、これっぽっちも感じたことは無かったから。
ここ数日間こそ文化祭の実行委員を通じて話す機会は多かったが、それ以前はほとんど話す機会も無かったし。
藍沢先輩の偽彼氏の件などが一瞬よぎるも、もしそうだとしてもこんな大舞台で告白するのはリスクが高すぎるだろう。
なので多分、本気の告白だとは思うのだが……
……俺はどうしたらいいんだ?
俺の周囲にいる人たちの視線がメチャクチャ痛いし、周りを見るのが怖すぎて動けない。身体の色んなところから汗がダラダラと湧き出てきて止まらない。
ミスコンの事前説明会でそういう話があったとはいえ、本当に優勝者インタビューでアピールするヤツがあるか。
「——い、いやー、お相手の方が羨ましいですねっ!!す、素晴らしい愛の告白をいただけました、ということで!締めの挨拶の方に参りたいと思いまーす!!」
そこに、司会の人が機転を利かせて割り込んでくれた。
まだまだ会場のどよめきは残っているものの、その一声により全員が意識を切り替える。
そうして文化祭は、とんでもない爆弾が落とされながら終わりを迎えた。
◆◇
文化祭終了後、俺は青島を呼び出す。
二人でいるところを見られるとさすがに目立つので、以前藍沢先輩と二人で話した空き教室を開けてもらって、そこで青島と二人で話すことにした。
「あ、あの……青島……ステージでのあれって……」
「はい、あの時告げた通りですよ。わたくしは七海さんをお慕いしています!」
「マジか……ちなみに、それっていつからだったのかって聞いていい?俺、全然心当たりなくて……」
「今日です」
「今日!?!?」
とんでもない答えが帰ってきて、ガラにもなく大声で驚いてしまった。
「正直に申しますと、わたくしは今まで七海さんのことも恋愛対象とは見ておりませんでした。ですが今日、体育館裏でわたくしのことを助けてくださいましたよね?あんな怖い状況をスマートに全て解決してくださるあなたの姿を見て、ドキドキが止まらなくなったのです」
「な、なるほど……?」
「わたくしはこれまで、恋愛とは縁遠い人生を過ごしてきました。しかし周囲は恋愛で盛り上がるばかりで、わたくしがおかしいのではないかと、空っぽな人間なのではないかと、そう思っていたのです」
「たしかに、ステージでそんなこと言ってたな……」
「はい。しかし今日感じた胸の高鳴りは、疑う余地もなく恋心でした。わたくしでもこんな温かい感情を抱けるのかと、つい嬉しくなってしまいまして。その勢いのまま告白してしまいました」
「……」
……うーん。
怖いところを助けられて好意的な気持ちを抱くというのも自然なことだとは思うが……
ただそれだけで、ミスコンの大舞台で告白するまでに好きになるというのは、ちょっとチョロ過ぎやしないだろうか。
しかし、いくら吊り橋効果的なものとは言え、『好き』は『好き』か。
彼女の言葉には答えなければならないはずだ。
青島のその人並み外れた美貌は俺の目にも魅力的に映っているし、次期生徒会長として多くの人の信頼を得られるくらい性格が良いことも俺は知っている。
だけど、俺の告白の返事は決まってる。
「……ありがとう。好きって言ってもらえて嬉しいんだけど、俺は好きとか恋愛とかよくわかんないから彼女とか作るつもりがないんだ。だから申し訳ないけど、青島の気持ちには応えられない。すまん」
「………………そうですか」
青島はそう言って顎に手を当て首をかしげながら、考え込む様子を見せる。
「……わかりました。たしかに性急過ぎた感はありますし、今すぐ七海さんの彼女になるというのは一旦諦めます。ですが、溢れ出るわたくしのこの気持ちはどうしても止められそうにないんです。だからできれば、お友達としてのお付き合いはお許しいただきたいのですか、それは良いでしょうか?」
「あ、あぁ、それはもちろん、友達なら全然いいよ。それじゃあ、これからはそんな感じでよろしくな」
「はい!こちらこそよろしくお願いします!」
まぁ今年告白された女子に関しては全員友達として付き合ってるしな。一部ちょっと過激なヤツもいるが。
こうして、青島からの告白に対してはお断りの返事をした。
◆◇
そして文化祭が終われば、もちろん打ち上げ。
今回の会場はカラオケである。
何部屋かに分けて予約し、それぞれメンバーを割り振って入室する。
そしたらあとはみんな好きに騒いで歌うだけ。
——というわけにもいかず。
「「「「おい」」」」
はい、そうなりますよね。
俺は男臭い部屋へ強制連行され問い詰められている所である。
「光、今日のあれはなんだったんだ!」
「ミスコンで公開告白なんて、史上初じゃない?」
「しかもそれがあの青島殿でござるからな……」
「『青島さんを誰が攻略するのか』論争も、ついに終止符が打たれたわけか……」
「い、いや……俺もマジで寝耳に水だったよ……実際あの場でどうすればいいのかもわからなかったし」
「ていうか返事は?もうしたのか?」
「ああ、もう断った。友達でいようって話で落ち着いたよ」
「そうか、やっぱりな。光だし、なんかそんな予感してたわ」
「ここまで来るともう慣れて来ちゃったよね」
「まぁ、これまで青島とはほとんど接点無かったし、それで『さぁ付き合いましょう』とはならないかな」
「んー……ていうかそれなら、青島さんって何がきっかけで光を好きになったんだ?」
「そういえばインタビューで助けてもらった的なことを言ってたよね。アレってなんだったの?」
「あー……まぁその辺はプライバシーに関わるから伏せとくよ。俺が告白断って友達でいましょう、ってだけで済ませときたいかな」
「そっか、そこ知れなくて残念だけど青島さんのこと考えると仕方ないな。……しっかし光、そろそろ夜道には気を付けたほうがいいんじゃね?」
「んなわけあるか……って言いたいところだけど、さすがに俺も少し危機感持ち始めたよ……」
「まぁでも、七海くんは大丈夫じゃない?学校じゃ良いポジションにいるし、そんな過度に恨まれるみたいなのはなさそうだけど」
「たしかに『七海ならしゃーないか』みたいな空気感は前からあるよな。ぶっちゃけおれらも面白いからイジって楽しんでるみたいなとこあるし」
「七海殿のこれまで積んできた徳のおかげですな」
「あと女子たちの方が七海くんにグイグイ行っててノーチャン感すごいしね。恨もうにも恨めないっていうのもあるんじゃないかな」
「ていうか、ミスコンで公開告白されるはちょっと同情するレベルだよな……ネタっぽいならまだしも、あんなガチ感出されると嬉しいとかよりちょっと怖さが勝ちそうだわ」
「俺としては色々複雑だけど……そう言ってもらえると気が楽になるよ……」
「……うっし!じゃあ光の尋問はこのくらいにして、あとはパーッと歌おうぜ!」
「「「「おー!!」」」」
と、歌い出そうとしたところで。
バーンと扉が開き。
「ちょっとナナミン!今日のアレどゆことー!?」
「なな七海!返事は!?返事はどうしたの!?」
黄瀬と赤羽がやってきて問い詰められ、同じ問答をしたり。
一段落したら歌いまくったり部屋を移動してまた問い詰められたり文化祭で印象に残った出し物の話しをしたりと、慌ただしくしながらもクラスの打ち上げを楽しんだ。
◆◇
俺は二年生に入ってから何人かの女子から告白されてお断りしているが、彼女たちは友人としての距離感を保って付き合えているつもりだ。
一部はその後のアプローチに少し熱が入ってる気はするが、個人的にはスルーできる範囲である。
だから青島とも、友人としていい距離感で付き合えるんじゃないかと思っていた。
……のだが。
それは完全に楽観的な考えであったことを、すぐに思い知らされた。
「七海さん、おはようございます!ちょっとお話しませんか!」
「七海さん、お昼ごはんご一緒しませんか!」
「七海さん、途中まで一緒に帰りませんか!」
「七海さん、夜にメッセージ送ってもいいですか!」
……こんな具合で、ものすごい勢いで青島から距離を詰められていた。
俺は青島に対して、何事にも顔色一つ変えず全てをこなす、感情的な行動とは縁遠い人物だというイメージを持っていた。
しかし今目の前にいる彼女は、それからあまりにもかけ離れていてただ困惑するばかりである。
完全にネジやストッパー的なものが外れてしまっているようで、さすがにこれは俺も想定外だった。
しかしよくよく考えれば、男に惚れたその当日に全校生徒を前にした大舞台で公開告白するようなヤツなんだから、ある意味この現状も納得なのかもしれない。
とはいえ、さすがにこの勢いでグイグイ来られるのはマズい。
俺としてもさすがにちょっと困るし、何より周囲が青島の変貌ぶりに戸惑っている。
彼女は今や生徒会メンバーが代替わりしたことにより、藍沢先輩に代わって新生徒会長という立場にあるのだ。
就任したばかりのこの大事な時期に、彼女の評判を下げるようなことはあってはならないだろう。
黄瀬や藍沢先輩たちの場合は、彼女たちの悪評を払拭するという意味合いもあって俺に対するアプローチもプラスの側面はあったのだが、青島の場合はそうではない。
これはお互いのためにならないだろう、ということで、再度あの空き教室へと青島を呼び出し、青島と二人で話す。
「……青島、来てくれてありがとな」
「いえ、七海さんの呼び出しならわたくし、どこへでも参りますよ!」
「そ、それなんだけどな、青島……ちょっと提案なんだが」
「はい!なんでしょう!?」
「友達としてやっていくとは言ったけど、今の勢いだとちょっとだけ俺も困るんだ……それに、周りも今の青島の様子に困惑してるし……だから、もう少し距離感を考えてみてくれないか?」
「……え?」
初めて見る、青島の悲しげな表情。
「……七海さんは、わたくしのことが嫌いなんですか……?」
「い、いや、決してそういうわけじゃないぞ!俺は青島のことも友達として『好き』だ。だけど、友達だって言っても、節度を持った距離感ってのがあるだろ?ちょっと今の青島は自分を見失ってる気がするんだよ」
「そんなことはありません!こんな気持ちになったのは生まれて初めてで、むしろ今が本当の自分なのです!だからそんなこと言わないでください!」
「ああ、その気持ちが青島にとって大切ってのはわかるよ。でも恋愛が全てじゃないと思うし、学校生活だってあるし、特に青島はもう生徒会長だから、今は周りのことも気にした方がいいと思うんだ」
「周りの評判なんて関係ありません!そんなもの、今わたくしが抱いているこの気持ちよりも優先されるとは思いませんから。今のわたくしは、何よりもこの気持ちを大切にしたいのです」
「そ、そうだな。それもそうなんだけど、だから……」
「……やっぱり、わたくしのことが嫌いなんですね?だからそうやってわたくしを遠ざけようと、それっぽい理屈を並べてっ……!」
「い、いや、それはさっき言った通りで——」
「——わかりました!そこまで仰るなら、七海さんのお望み通り、距離を置かせてもらいますよ!七海さんのことなんてもう知りません!」
青島はそう言って踵を返し、ぷりぷりと怒りながららしくない大股歩きで教室を出ていってしまった。
……やってしまった。
俺の理想としては、以前のようにとまでは言わないものの、もう少し適度な距離感を持った友人関係を築きたかったんだが、そううまくはいかないようだ。
むしろこれまで告白してくれた女子たちの方が俺の我儘に付き合ってくれているだけで、青島の反応だって間違いではないのかもしれない。
……俺は完全に思い上がっていたんだろうな。
しかし彼女も、恋心を初めて知ったような言い方をしていたので、現状はただその感情に振り回されているのかもしれない。
自分の行いや言葉を反省しながら、今後どうしたものかと頭を悩ませながら家路に着いた。
◆◇
それから数日後。
朝のHR前の時間にクラスメイトたちと談笑していると。
柊斗がやけに慌ただしい様子で登校してきた。
クラスにいた全員が何事かと彼に視線を向けると。
「——お、おい!青島さんに彼氏ができたらしいぞ!!」
……え?
「「「「ええええぇぇぇえ!?」」」」
その言葉の意味をイマイチ把握できず、リアクションを取れないでいる内に他のクラスメイトが悲鳴を上げる。
「ま、マジで!?相手は!?七海じゃなくてか!?」
「いや、それがあの近くの商業高校のヤツなんだってよ!」
「他校の男子!?どういう繋がりなんだ!?」
「そこまではわかってないんだけど、どうもイケメンとか金持ちとかでもなく、至って普通の男子らしい」
「えー?それって偽彼氏ってヤツじゃないの?前もそういう騒ぎあったじゃん」
「それも違うみたいだぞ。青島さん本人が認めてて、普通に手つなぎながら帰ってたらしいからな。それに青島さんの雰囲気からもそれはないんだとか」
「うーん、偽彼氏ならそれくらいしそうだけどなぁ」
「そうか?偽彼氏騒動は青島さん自身も知ってるだろうし、その上でやるってのは考えにくいけどな」
「ていうか、ミスコンで七海くんに告白してからそんな時間経ってないよ?」
「でも別によくない?七海くんも断ってるんだし、彼氏作るのは自由でしょ」
「いやー、さすがに早すぎないか?元々お固いイメージがあった分、ちょっと幻滅だわ……」
「ていうか、あの商業高校って結構ガラ悪かった気がするんだけど……よりによってあそこの男子選ぶかーって感じだな……」
青島に彼氏ができたという超ビッグニュースにクラスがざわめきの渦に巻き込まれ、皆困惑しながらも矢継早に言葉を交わしている。
俺は特に言葉を発せないでいたが……まぁ、恋愛なんて所詮は他人事。
俺もただ過去に青島の告白を断ったというだけの立場だし、この件に関して何も言うことはないだろう。
◆◇
——某商業高校にて。
「おい!お前、今年の常陽のミスと付き合い始めたってマジか!?」
「ああ、うん、本当だよ。ちょっと前からね」
「ま、マジかよ……どんなきっかけで付き合い始めたんだ?」
「この前雨の日あったでしょ?その時にさ、公園で青島さんがびしょ濡れで落ち込んでたんだよ。その時に声かけて助けてあげたんだけど、それでぼくのことをいい人だって言ってくれて、勇気出して告白したら付き合ってもらえることになったんだ」
「は?それだけ?なんかどこぞのラブコメって感じの展開だな」
「はは、自分でもそう思うよ。——あ、そろそろ彼女迎えに行くね。それじゃ、また明日」
「ああ、じゃあな」
……
…………
「いや、常陽のミスチョロ過ぎねーか?」
「話を聞く限り、アイツに惚れた理由って『落ち込んでるところを助けてくれた』ってだけだろ?そんなんアイツじゃなくても、助けてくれたヤツなら誰でもよかったってことじゃん」
「ラブコメとかによくあるチョロインってやつみたいだな」
「あ、そういえば、常陽の友達に聞いたんだけどよ。ミス常陽ってミスコンのステージで他の男子に公開告白してたらしいぜ」
「は!?常陽の文化祭ってついこの前あったばかりだろ?そのうえでアイツに鞍替えしたのか?」
「尻軽にも程があるだろ」
「いや、尻軽っていうかさ。その公開告白の時にも『助けてくれたからその人を好きになった』的なこと言ってたらしいんだよ。だからそのミス常陽って、助けてくれた人を無条件で好きになるみたいな性格なんじゃないか?」
「ええ?そんなの、ガチでラブコメのチョロインそのものじゃん」
「……ていうかさ、おれちょっと思ったんだけど」
「ん?なんだ?」
「ああいうラブコメとかのチョロインってさ、雨の日に助けられたとか、ナンパから助けられたとかってだけで男に惚れてるじゃん」
「そうそう、ありがちだよな」
「ってことはよ……ナンパするヤツと手組んで事前に仕込んだ上でおれが助けても、おれに惚れてくれるってことじゃね?」
「……頭いいなお前。てことは、今からでもアイツからミス常陽を奪えるってこと?」
「さすがに付き合ってるうちは無いんじゃね?」
「いやいや、一回やってみる価値はないか?その時にアイツボコしたりすれば幻滅してすぐ別れるかもしれんし。おれたちでやったら顔割れてるから、今度知ってる先輩連れてやってみるわ」
「うわー、悪いなお前」
「まぁでもあんな地味なヤツがミス常陽と付き合ってるとか生意気だしな。さっきちょっと調子乗ってる感あったし」
「面白くなってきたな。ミス常陽がどこまでチョロいのか見物だぜ」
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