第29話 青島水澪①
わたくしにとって人生とは、ただ敷かれたレールを辿り続けるだけのものでしかありません。
父親の
そして彼らは大変に教育熱心でもあり、わたくしはこれまで様々な習い事をさせられてきました。
専属家庭教師、バレエ、華道、ピアノ、英会話、エチケット&マナー教室、ヨガ。そして外面を磨くためにスキンケア&メイクレッスン、歯列矯正、月1回の美容サロンでスペシャルトリートメント。
両親はわたくしへの投資を惜しみませんでした。
ただ、そこに愛情があったかと言われると、「はい」と即答できそうにないのが正直なところ。
わたくしの両親は非常にプライドが高く、異常に外聞を気にするような方々でした。
家庭での会話はいつも、「習い事はちゃんとできたか」「テストの点は、順位は」などといったことばかり。
家族としての愛の言葉などいつ受け取ったかすら、覚えてすらいません。
だからきっと、彼らがわたくしへ教育を施すのは、娘が外の世界で粗相をしないようにしたいのだと。わたくしはそう受け取っていました。
つまり、わたくしに与えられるものは、彼らの社会的立場を守るためでしかなかったのでしょう。
しかし、だからといってわたくしは、これが不幸だとまでは思ったことはないと思います。
元々の素質に恵まれていたのか、大抵のことはそつなくこなせていました。
両親に怒られたことは数える程度ですし、わたくしにとってはこれが当たり前の人生なのでした。
それに学校生活では友人もおりますし、普通に会話もしていますし、楽しく過ごさせていただいています。
だから小学生になっても、中学生になっても、これがずっと当たり前に続いていくものなんだと思っていたのです。
……ただ、学年が上がるにつれて、一つだけ変わっていくものがありました。
それは、周りが『恋愛』の話に持ち切りになっていったのです。
誰々ちゃんは誰々くんが好きだとか、誰々くんがカッコイイとか、そんな話ばかり。
わたくしは恋愛に関してはスキャンダルになりかねないということで両親から制限されていたので、そういった話題についていくことはできませんでした。
異性との接触は可能な限り減らされ、門限もあり、恋愛に関する映画やドラマといったコンテンツも当然禁止。
なのでわたくしにとって、恋愛というのは本当に未知の領域のものだったのです。
実際、わたくしは特定の異性に好意というものを持ったことはないと思います。
ただ、「青島さんはキレイ」と周囲から言われているということは一応自分も認識していました。
でも外見なんて両親から与えられたものですし、美容に関しても小さい頃から教育を受けていて、全て創られたものだという認識だったので、そうやって褒められたとしても嬉しいだとかいった感情を抱くことはありません。
それに特定の異性から告白されたこともなかったので、自己肯定感が上がるといったこともありませんでした。
恐らくですが、厳しく育てられてきたことによりわたくしから近寄り難い雰囲気が表に出ていたんだと思います。
なのでわたくしにとって恋愛なんて縁遠いものでしかなく、周囲のそういったテンションにはついていけなかったのが正直なところ。
だけど、恋愛している人やその話をしている人たちは、みんな心から楽しんだ表情をしているように見えました。
そうやって楽しそうなみんなの様子を見ていると、少し羨ましいだとか、そういった感情を抱くことはありました。
そして、恋愛したことのないわたくしは、両親から全て言いつけ通り育ってきたわたくしは、もしかしたら人間味などない空っぽな人間なのではないかと、そう考えてしまったりもしました。
ただ、そんなわたくしも恋愛というものを学ぶ機会が、ただ一度だけあったのです。
それが、中学時代の友人にお借りした少女マンガ。
その方はとても恋多き方で、全く恋愛に関わろうとしないわたくしを見かねて「このマンガ読んで恋愛勉強して!」と半ば無理矢理に押し付けられたのがきっかけ。
もちろんマンガも両親から制限されていたものではあったのですが、彼女からすれば親切心だったと思うので、無下にすることもできずそれを受け取り、その夜自室でコッソリと読んでみたのです。
その内容は、主人公の女の子が男の子にピンチを助けられたり、ちょっと強引に迫られたりして惚れていくというもので、曰くこれは少女マンガの王道的な展開とのこと。
しかし、わたくしには全然ピンと来なかったというのが率直な感想。
こんな簡単に人に惚れてしまうものなのだろうかという疑問が先に浮かぶのですが、これまで恋心というものを抱いたこともないので、完全に否定しきることもできません。
なのでその少女漫画のことは、「もしかしたら参考になるかもしれない」という程度で頭の中に留めておくことにしたのでした。
◆◇
そして現在、わたくしは高校生になりました。
相変わらず全ては両親に言われるがままで、進学先は通学圏内で最も偏差値が高かった常陽高校、部活動はせず生徒会に所属。
勉強、習い事、生徒会活動。
恋愛と縁遠いのも、周囲が恋愛の話で持ち切りなのも、わたくしの容姿が褒められるのも、全てが相変わらず。
いつの間にか『学校一の美少女』などとまで呼ばれるようになっていたのには驚きましたが。
この呼び名に関しては、正直申し訳ない気持ちでいっぱいになっています。
学校一どころか、わたくしの同学年にも本当に可愛い方は多くいらっしゃるのですから。
特に、黄瀬陽葵さん、赤羽楓さん、緑川葉月さん、白河菫さんといった方はよく話題に上がりますし、わたくしの目から見ても可愛らしい方ばかりです。上の学年には藍沢瑠璃さんという完璧な方もいらっしゃいます。
その方たちは笑顔も素敵で愛嬌もあって、空っぽのわたくしと違い中身もとても魅力的。
そんな方々を差し置いて、わたくしが『学校一の美少女』などと呼ばれるのはおこがましいと思ってしますし、もしかしたらわたくしがこのように呼ばれて不快感を覚える方もいらっしゃるのではないかという心配もあります。これまでに嫌がらせのようなことは受けたことはないのは幸いでしたが。
文化祭では「箔をつける」と両親の勧めもあってミスコンに参加することになったのですが、陽葵さんだけじゃなく、一年生で人気だと言われている橙山柑奈さんが出場されるとのことで、わたくしなどには勝ち目はないだろうと思っています。
そして何より、これまで挙げた方々は数多くの男子から告白されているとのことで、告白されたこともなくただ『キレイ』などと持て囃されるだけのわたくしとは全く違います。
わたくしの周りにはそんな方々がいらっしゃるので、今後も異性とは深い関わりになることはないのだろうと考えていました。
……ただここ最近、そんなわたくしの耳にも頻繁に入ってくる、とある男子の名前がありました。
それが、七海光さんです。
おそらく彼は今、二年生の中でも特に目立っている男子と言えるでしょう。
と言うのも、先に挙げたような目立つ女子の方々が、なんとほぼ全員が七海さんに矢印が向いているのでないか、と言われているのです。
そしてあの瑠璃さんまでも七海さんを好きなんじゃないかと聞いた時は驚きました。
瑠璃さんが持っているあのカリスマ性やリーダーシップはいくらわたくしが努力しても身に付けられるようなものではなく、そんな唯一無二の魅力を持っている瑠璃さんのことをわたくしは心から尊敬しておりました。
だからこそ、そんな瑠璃さんがまさか年下の男性に好意を寄せるなど、想像もしていなかったのです。
わたくしの七海さんの第一印象こそは「普通の人」というものではありました。
しかし今となっては、そんな現状にも一定の納得感があります。
彼とは委員会活動を通じて面識はあったのですが、彼が優秀であることはわたくしにもすぐにわかりました。
生徒会メンバーで話し合いに詰まっていた時、委員長である彼がフラッと立ち寄って助言してくれたアドバイスによって、その後の話し合いがスムーズに話し始めたということもありましたし、体育祭では瑠璃さんの仕事を影で手伝って予定時間よりも圧倒的に早く終わらせてくれたということもあったそうです。
また、学業も優秀で、彼の名前は常に10位以内に連ねてあります。
交友関係も盛んなようで、彼の周りには男女問わず常にたくさんの方がいらっしゃいます。
瑠璃さんが彼のことを熱心に生徒会に誘っていたのも頷けました。
一時期、彼がわたくしのことを好きなんじゃないかという噂もあったようですが、それはデマだったようです。
ただ、そういったお話を聞いても、わたくしは彼に対して恋愛感情のようなものを抱くことはありません。
委員会活動で彼とたまに会話することもあり、非常に話しやすくていいお方だということは知っているのですが、逆に言えばあくまでその程度。
あんなにモテている男子を見ても恋愛感情が沸かないのであれば、やはりわたくしにとっては恋愛は程遠いものなのだと、改めて認識することにもなりました。
だから恋愛というものはきっと、わたくしの人生のレールの上には乗っていないものなのでしょう。
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