第28話 学校一の美少女
「ええ、他の生徒会メンバーは今出払っておりまして。用件ならわたくしがお伺いしますよ」
「お、ありがとう。それならこれ、2-6の文化祭予算の書類持ってきたんだけど、青島にお願いしても大丈夫か?」
「はい、もちろんです。記載ミスが無いかだけ今軽く見るので、少しお待ち下さい」
青島はそう言って俺から書類を受け取り、目を通してくれている。
ピンと伸びた背筋、首を傾ける角度、プリントを持つしなやかな指、スラッと伸びる足や腕の曲げ具合、全てが完璧とも言えるバランスで、彼女が取るその所作一つ一つが絵画に見紛うような錯覚すら覚える。
ハネ一つなく天使の輪が輝き真っ直ぐ伸びた長い髪、陶器のように滑らかで透き通った肌、パッチリとした目を縁取る長く黒いまつ毛、控えめでありながらふっくらとした桜色の唇、そのどれもが奇跡的なバランスで配置されていて、完成された美と表現して差し支えないレベルだろう。
正直、彼女を『学校一の美少女』などと呼んでいるヤツらの気持ちもわかってしまうんだよな。
ただ青島もこうやって会話してみれば普通の女の子なので、それは口に出したくないし、俺としてはあくまで一人の人間として普通に接したいと思っている。
「……はい、確認しました。とりあえず今見たところではミス等は無いようだったので、わたくしの方で受け取らせていただきますね」
「それなら良かった。ちょっと引っかかったところあってさ、少しだけ不安だったから」
「あら、そうでしたか。ちなみにどこで引っかかりました?」
「えーと……ここだな。ここの文章の書き方だと、どっちとも取れる感じで計算に迷ったんだよな」
「なるほど、たしかに仰る通りですね。来年度以降の改善点として取り上げておきましょう」
「そうしてもらえると助かるよ。そういえば、この文化祭が終わったら青島が生徒会長になるんだよな。おめでとう」
「ありがとうございます。今後も七海さんとは一緒にお仕事する機会がありそうですね。引き続きよろしくお願いします」
「ああ、こちらこそよろしくな」
「特に七海さんのことは瑠璃さんがベタ褒めしてましたので、頼りにさせていただこうかと」
「あ、そうなのか?それは光栄だな」
「ええ。何せあの落ち込んでいた瑠璃さんを立ち直らせてくれた張本人とのことでしたから」
「え?藍沢先輩そんな話までしてたのか?」
「はい。あの当時の瑠璃さんは本当に落ち込まれてて、わたくしもお話を伺いながら励ましたのですが、残念ながらあまり効果はなかったようでして。けれども七海さんに話を聞いてもらったと仰ってた以降はすぐに元気になってらっしゃって、本当に驚きましたよ」
「そ、そうか……藍沢先輩、生徒会でもそんな状態だったんだな」
「恋愛に関してはわたくしも完全に門外漢だったもので。恋愛経験豊富な七海さんだったからこそ解決できたのでしょうね」
「え!?いやいや、俺は恋愛経験ゼロだし、豊富なんてことはないぞ?」
「あら、そうだったんですか?七海さんはたくさんの女子から告白されていると伺ってましたから、てっきり恋愛経験は豊富なのかと」
「あー……たしかに女子から告白されたことは何度かあるよ。だけどその告白を受けたことはないし、特定の誰かと彼氏彼女みたいな関係になったことは無いから、そういう意味では俺も恋愛未経験だよ」
「なるほど、そうでしたか。それでも瑠璃さんをしっかり慰められたとのことであれば、それは七海さんの手腕あってのことだったのでしょう。やはり今後は七海さんを頼りにさせていただくことになりそうですね。今回の提出物もそうですが、七海さんのクラスはいつもキッチリしてくださってるので本当に助かってますから」
「それに関しては普段赤羽とかが一緒にやってくれてるのも大きいと思うけどな。でもそう思ってくれてたってのは嬉しいよ。こりゃ今後も頑張らなきゃだな」
そうやって俺と青島が会話していると、生徒会室の扉がガラッと開いた。
「お疲れ様ー……っと。おお、七海クンじゃないか。来てたんだね、いらっしゃい」
「あ、どうも藍沢先輩。文化祭予算の書類を青島に見てもらってたとこでした」
「そうかそうか。まだ締め切りまで先なのに、こんな早く提出してくれるなんて。さすがは七海くんだね、いつも助かってるよ」
「ありがとうございます。青島にもさっき同じようなこと言われてましたよ。なんかやること残ってると他に手がつかなくなる性分なので、さっさと片付けたくなるんですよね」
「七海クンは几帳面そうだからね、それもなんだか分かる気がするな。それなら七海クンのクラスは文化祭の準備も順調かい?」
「ええ。かなり順調だと思います。想定よりも断然スムーズに進んでるんで、もしかしたら1日か2日くらいは余裕できそうな感じです」
「やっぱりさすがだね。……ああそうだ。それなら、水澪クン?」
「はい、瑠璃さんなんでしょう?」
「七海クンにあの件をお願いしてみるのはどうだろう?」
「……なるほど。たしかにそれは良いかもしれません」
「あの件?」
「はい、実は今度、文化祭実行委員の中からミスコンの手伝いもしてくれる方を募ろうと思ってたんです。しかし準備に苦戦してるクラスの方が多いようで、できたら余裕があるクラスの方にお願いできればと考えてまして。なので七海さんが余裕あるとのことであれば、という話でした」
「ああ、なるほどね。それなら俺は全然OKだよ。あとうちのクラスは黄瀬も文化祭実行委員やってくれてるから、そっちにも聞いてみるわ」
「ホントですか?ありがとうございます、非常に助かります」
「こういう時は助け合わないとな。ちなみに、ミスコンってどんな手伝いすればいいんだ?」
「はい、事前準備としては、ミスコン出場者へのプロフィール作成依頼・ポスター作成・ミーティングの手伝い・衣装確認・リハーサル・プログラム準備など。当日は舞台や照明音響準備・出場者の誘導・審査員のサポートなどになります。司会や審査員などは生徒会メンバーでやりますので、実行委員の方には裏方の作業を手伝ってもらう想定ですね」
「か、かなりやることあるんだな……」
「そうなんです。それに、実は今回わたくしもミスコンに参加するもので、人手がどうしても足りなくなりそうで……」
「え?青島ミスコン参加するのか?なんか意外だな」
「わたくしも本来参加するつもりはなかったのですが……周りに強く推されて出ることになりました。でも、去年は瑠璃さんも出てましたし、生徒会長になるにあたって知名度アップの意味で出場しておくのも悪くないかと思いまして」
「なるほど。そういえば去年のミスグランプリは藍沢先輩でしたね」
「お恥ずかしながらね。でも私も、水澪クンが今言ったような理由で出場しただけさ。それで今年は私は出場はできないから、運営の方をできるだけ手伝うつもりだ」
「そっか。一度グランプリ獲った人はもう出れないんでしたっけ」
「ああ。だから当然、七海クンに任せっきりみたいになることはないよ。だけど、私も私で他の仕事があるからね……申し訳ないけど、七海クンには頑張ってもらうことになるとは思うから、そこはよろしく頼むよ」
「はい、期待に答えられるよう頑張ります。——あ、じゃあそろそろ俺は自分のクラスの準備に戻りますね。またミスコンの手伝いの詳細わかったら教えてください」
「はい。七海さん、よろしくお願いします」
「七海クン、またね」
青島と藍沢先輩に挨拶して、生徒会室を退室。
こうして俺は文化祭でミスコンの手伝いをすることになった。
◆◇
それからクラスの文化祭準備やミスコンの手伝いに慌ただしく奔走して数日。
本日はミスコン出場者向けの事前説明会の日である。
藍沢先輩が進行で、俺や他の文化祭実行委員は板書や議事録などでそれをサポートする形。
一応、黄瀬もこの場に同席してくれている。……一応。
「はい、ではこれから、ミスコンの事前説明会を始めます」
「「「「「はーい」」」」」
「じゃあ出場者の確認から。えーと……まず、黄瀬陽葵クン」
「はーい!黄瀬でーす!頑張りまーす!」
……そう、黄瀬はミスコンの手伝いではなく、ミスコンの出場者としてこの場にいるのだ。
以前ミスコンの手伝いを黄瀬にも打診したのだが、「実はウチ振り向かせたい人がいてさー、ミスになってその人にアピールしようと思ってるんよね〜?」とニマニマこちらを見ながら言われたので、それを了承した次第である。
なおその場だけは「ソウナンダ、ガンバレヨー」と何も気付けぬ鈍感系主人公となって切り抜けた。黄瀬は不満そうにしていたが。
そして出場者の点呼は続く。
「次、橙山柑奈クン」
「はい、橙山です!ボクも頑張ります!」
……なんか知ってる顔ばっかりだな。
橙山が出る理由はよくわからんが、きっとこういうのが好きなんだろう。
手芸部の方はいいんだろうかと心配になるが、ミスコンは手芸部も衣装で協力していて無断で出るなんて絶対できないから、さすがに許可は得てるよな。
「次、青島水澪クン」
「はい、よろしくお願いします」
そして、以前話していた通り、青島も出場者としてここに顔を並べている。
他にも二人ほど出場者として参加しているが、そちらはあまり俺と面識がない女子たち。ノリが良さそうな雰囲気で、お祭り的な感じで参加しているように見えた。
「えー、ていうか青島さんいるとか聞いてないんですけどー!さすがに青島さん相手はウチも厳しーよー……」
「ですです!青島先輩の横に並べられるのはいくらボクでもキツいですー!」
「いえいえ、そんな。わたくしから見たら皆さんの方が魅力的に見えますよ。それに、わたくしのことは気軽に水澪と呼んでくれて構いませんので、よろしくお願いします。陽葵さん、柑奈さん」
「そうだね!せっかくこうやって顔合わせたんだし!ミオよろしくー!カンナもね!」
「ボクも水澪先輩と陽葵先輩のこと知っててめっちゃキレイな人たちだなーって思ってたんで、仲良くしたいです!お二人ともよろしくお願いします!」
そうして三人はキャイキャイと仲良く話し始める。
青島って何気にほぼ初対面の女子ともこういうコミュニケーションを普通に取れるんだよな。そこはさすがに次期生徒会長といったところか。
高嶺の花だのなんだのと言われ近寄り難く思われているようだが、実際には雰囲気や口調でそういったイメージを持たれているだけなんだとわかる。
やがて他の二人の女子も会話に混ざり、和気藹々と話しやすい雰囲気になったところで、藍沢先輩が改めて打ち合わせを進行し始める。
「さて、場が温まったところで本題に入ろうか」
それから藍沢先輩が、ミスコン出場者向けの具体的な説明を行っていく。
当日までの流れとして、アンケート回答、手芸部協力のもと衣装合わせ、アピールポイントを事前に考えておくこと。
当日は事前に集まって衣装に着替えておく、ミスコン実行委員の指示のもと待機、司会と審査員は生徒会メンバーが務める、アピールタイムでは芸を要求するようなものはなくスピーチやインタビューの内容や立ち姿などを見る、審査員たちがそれを点数で評価する、会場の拍手の大きさなども考慮される……などなど。
いくらミスコンとはいえど、参加する女子たちの負担になるようなことはできないので、それほど派手なことはさせられない。
それでもやはり誰が自分の高校で一番の女子なのかというのを決めるミスコンは人の興味を惹きつけるものなのか、毎年かなりの盛り上がりを見せる。
「——説明は以上になるが、何か質問のある人はいるかな?」
「はいはい!質問でーす!」
「はい、陽葵クン。どうぞ」
「ミスコンって優勝したら、賞品とかってあるんですかー?」
「ああ、ミスコンでは賞状がもらえるだけだよ。あまり豪華な景品を用意するのもトラブルの元だからね。陽葵クンは何か賞品をご所望だったかな?」
「いえ、単純に何かもらえるのかなってー。でもそうだなー……もし希望できるなら……あ、そうだ!特定の男子とお付き合いできる権利とかどうですか!?」
……いくら場が温まって発言しやすくなったからってコイツ。そんな人権無視でトラブルの塊みたいな賞品もらえるわけないだろ。そしてそれをこっち見ながら言うな。
「……ふふ。なるほどね。『いいよ』と言ってあげたいところだけど、それに関してはちょっと、私個人の感情としてもあげたくないかなぁ?ね、七海クン?」
なんか藍沢先輩まで悪ノリし始めて、ニヤニヤしながらこっちを見ている。
藍沢先輩が俺に好意を持っていることはもう黄瀬と同様多くの人に知られてしまっているみたいで、この場にいる女子たちもニヤニヤと楽しんでいるようだ。
「——あ!その賞品ならボクも欲しいでーす!ね、七海先輩、どうですか!?」
「「「「え!?」」」」
コ、コイツ……!?この流れでそんな言い方したら色々勘ぐられるだろ……!
橙山が俺に告白したことはオープンの情報ではないはずなのだが、まさかこの場でぶちまけてきやがるとは……どんな狙いがあるのかわからんが、恋心ってそんな簡単にオープンにできるもんなんだろうか……
全員が一斉にギョッとしながら橙山と俺へと視線を行き来させている。
俺はもう首をブンブンと振るだけである。
なんか女子はキャーキャー言い始めたし、他の実行委員の男子たちは俺を睨み始めるし、俺は一言も発してないのに針の筵である。
「えー、なんかライバル多過ぎなんですけどー!もうこうなったらウチが絶対ミスコン勝ってやるんだから!」
「それはこっちのセリフですよ!勝ってボクが七海先輩にアピールするんですー!」
「ふふ、みなさん気合十分ですね。わたくしも楽しみにしています」
「まぁまぁ。さすがに七海クンと付き合う権利は与えられないけど、最後の勝利者インタビューでちょっとアピールするくらいはいいんじゃないかな。そこは個人の裁量に任せるよ」
もはや個人を名指しにしちゃってるんだよ。とりあえず俺は黙秘の姿勢を貫き、当然付き合う権利なんぞは無しになったが、説明会の間はひたすら居心地の悪い思いをすることになった。
……すでに告白を断っている女子からグイグイ来られるのって、どうするのが正解なんだろうな。無理に突き放すなんて雰囲気悪くするだけだし性にも合わないし、俺がいい感じにスルーするしかない気がする。俺もそろそろハーレム主人公を揶揄できなくなってきたかもしれない。
まぁとりあえず、俺としてはただミスコンがちゃんと成功するように頑張っていくだけだ。
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