文化祭 編

第27話 文化祭

 高校二年生の夏休みが終わってしまった。


 約一ヶ月半ぶりの教室には、日焼けした者、髪を染めた者、夏休み前と変わらぬ者、多岐多様となっている。


 自由過ぎた時間への名残惜しさをまだまだ感じているところであるが、早速目の前に迫ってきているイベントと向き合う必要がある。


 そう、文化祭だ。


 我が常陽高校では、9月末に文化祭が開催される。


 2日間の開催で、1日目は校内関係者のみ、2日目は校外の人たちも参加可能というスケジュール。


 常陽高校は有名校なので、一般参加者の入りも多く、毎年かなりの盛り上がりを見せる一大イベントだ。


「——はい、それではこれから2-6の文化祭の出し物を決めていきます」


 というわけで、現在はクラスの文化祭の出し物を決めるためのHRを行っているところである。


 司会進行はいつも通り赤羽にお任せして、俺はサポートするスタイル。


「今回もまた事前にお配りしてたアンケートをこっちで集計しておきました。そこでは自由にアイディアを書いてもらう形にしてもらってたけど、その結果が今黒板に書いてある通りです」


 赤羽はそう言って、俺がチョークで黒板に書き連ねていた結果を指し示す。


 そこにはお化け屋敷やギャラリー展示、メイドカフェ、漫才、脱出ゲームなど様々な意見がズラッと書き連ねてある。


「票の数だけならお化け屋敷と飲食のメイドカフェが人気で、その下に演劇、脱出ゲームって感じね。これから具体的にどうするかをみんなの意見募りながら考えていきましょう」


「ねぇねぇ、他のクラスは何やるかって決まってるのー?」


「他のクラスも多分、今同じ時間で決めてるはずだからまだわからないわ。被らないように考えた方がいいけど、後々クラス間で調整することになるから、一旦今日はそれは考えずに候補をいくつか決めちゃって、後でアタシ達クラス委員長に任せてもらえればOKよ」


「なるほどねー!じゃあそこはカエデとナナミンよろしくー!」


「おう、了解」


「じゃあそうね……このまま多数決を取っちゃってもいいんだけど……七海、何か意見ある?」


「ん?そうだなー……その前に条件を考えといたほうが良いと思ったが、どうだろ?」


「なるほど?条件っていうと?」


「例えば、飲食系だと料理できるヤツがこのクラスにどれだけいるんだとか、お化け屋敷だと当日シフトに入れるやつってどれだけいるんだとか、演劇は役決めちゃうと二日間出ずっぱりだから部活のシフトあるやつは入れないとか。特にこのクラスって運動部より文化部が多いし、当日シフト制限されるやつ多いんじゃないか?」


「ああ、言われてみるとたしかに。アタシも当日は手芸部の展示とミスコンの手伝いがあるし、そういったのは考慮した方がよさそうね。じゃあまず票数が少ないものとか絶対に無理そうなものは候補から消して、それから意見ある人はバンバン言ってもらって、それを反映しながら決めていきましょう。みんな、それで大丈夫ですか?」


「「「「異議なーし」」」」


 そうして話し合いの方向性が決まったところで、各々の意見を聞きながらどんどん絞っていく。


「女子にメイド服着てもらいたいでござるー!メニュー絞れば料理もいけるでござる!」

「お化け屋敷でお客さん驚かせたいわー。デンキホーテで衣装買えるし、いけるっしょ」

「漫才とかモノマネみたいなショーなら準備ほとんどいらないし、楽できてよくない?」

「脱出ゲームって他のクラスとも被らなそうじゃん。あと普通に面白そうじゃね?」


 以前の体育祭の時もそうだったが、うちのクラスは全員が仲良く話せる雰囲気になっていて、遠慮するような空気感なく発信できるようになっている。


 しかしあれから更に時間は経っており、様々なイベントを通じて培った絆があるので、前にも増して議論は活発化している。


 中年の担任教師も一応いるが、ニコニコしながら俺たちの話し合いを見守っているだけ。まぁ信頼してくれている証だと思おう。


 そしてその結果。


「はい、じゃあうちのクラスの第一候補は脱出ゲーム、第二候補は演劇になりましたー」


 パチパチパチと、全員の拍手を以て我がクラスの出し物が仮決定。


 お化け屋敷は準備も大変なうえ当日のシフト要員が確保できそうになくてNG、メイドカフェは料理できる人が少ない上に女子も衣装を着るのに抵抗がある人が多くてNG、ショー系は単純にやりたい人が少なくてNG。


 脱出ゲームはお化け屋敷ほど準備が大変ではないことに加えて、当日のシフトの人数もそれほど必要とせず、他のクラスとも被らなそうということで選出。


 演劇に関しては準備が大変そうだが、運動部や帰宅部メンバーで役者を固めれば文化部のシフトに影響しないということで消極的ではあるが第二候補となった。


「くぅぅ、女子のメイド姿見たかったでござる……」

「でもメイド喫茶とかどっかのクラスやりそうじゃね?それに期待だな」

「あーあ、あたしお化け役やりたかったなー」


 こういったクラスでの決め事はどうしても全員納得とはいかないが、どうしようもない部分でもある。


 ここは頑張ってみんなに楽しんでもらえる文化祭にしていこう。


 そして後日、クラス委員会でそれぞれの出し物の調整を行い、被ることもなかったので俺たち2-6は正式に脱出ゲームで決まった。




 ◆◇




 それからは本格的に、学校全体で文化祭の準備を開始。


 廊下に各クラスの途中の制作物がゴロリと雑多に並んでたりして、文化祭が始まりを予感させられるこの時期特有のワクワク感好きなんだよな。


 放課後に残ってクラスの仲間たちででワイワイと盛り上がりながら準備するのはこれぞ青春、と言えるワンシーンだろう。


 そして俺たちのクラス2-6の準備はかなり順調。


 クラス全員で議論を重ねながらいい感じに進んでいる。


「ネットでこんな謎見つけたんだけど、どうかなー?」

「ちょい難易度高いからちょっと変えるのがいいかもな。あとは仕掛けをどうやって作るか」

「100均で揃えられそうじゃない?必要なものリストまとめて誰か買い出しお願いしようかな」

「ぼく手が空いてるから行けるよー」

「拙者も手伝うでござる」


 脱出ゲームは事前に想定していた通り、大掛かりな仕掛けをそれほど必要とせず、ちょっとした小物くらいで準備できる。


 そのぶん脱出用の謎解きの作り込みが大事だが、そこはネットや本にある情報などから参考にすることもできたので、特に詰まっているところはない。


 ただし俺個人においては、クラス委員長なので今回は文化祭実行委員も兼任しており、そちらの方でなかなか忙しくさせてもらっている。


 なのでアレコレと文化祭の準備のために校内を奔走中。


 現在は生徒会に予算関係の申請をするため、生徒会室に向かって黄瀬と二人で廊下を歩いているところだ。



 と、そこに。


「——わあぁぁん!七海せんぱーい!!」


 橙山が泣きべそをかきながら俺の方に走ってきた。


「うおお、どうした橙山!?」


「助けてくださぁい!こ、ころされるー!」


 なんとも穏やかではない言葉が飛び出て、状況が全く把握できずに困惑していたら。


「こらー!柑奈!待ちなさーい!」


 赤羽が叫びながらズンズンとこちらに向かってくる。


「ひぃ!許してぇ!」


 そして橙山の首根っこを赤羽がムンズと掴んで捕獲。


「お、おいおい。なんか物騒だな」


「あ、七海。ごめんね巻き込んで。ちょっと今、手芸部の準備がピークでヤバくて……そのハードさに柑奈が逃げ出したから捕まえたとこなの」


「も、もう無理ですよー!こんなの人間がやるスケジュールじゃないですぅ」


「文化祭時期の手芸部は忙しいって言ったでしょ!毎年ずっとこんな感じよ!ユルい手芸部はこれで部員を振り落としてるんだから、柑奈も頑張りなさい!」


「あー、なるほどな。色々察したわ……」


「見苦しいとこ見せちゃったわね……色んなクラスとかの依頼だけじゃなくて、ミスコンの衣装制作もあるから……」


「いやいや、全然大丈夫だよ。赤羽部長になったばかりだろ?それなら去年以上に忙しいだろうし、こっちのことは俺らに任せてくれればいいから」


「そう言ってくれて助かるわ、二人ともホントにありがとね。陽葵、キツそうとかわかんないこととか出てきたら、遠慮なくアタシに言ってくれていいから」


「ううん、全然いいよ!ウチ前から文化祭実行委員って楽しそうって思ってたし!カエデ本当に忙しそうだから、ウチも頑張るよー!」


 そう言って俺の横に立っていた黄瀬が答える。


 夏休みを終え三年生が部活を引退したことで赤羽が手芸部の部長となり、それによって手芸部の文化祭準備の忙しさに拍車がかかってしまったそうだ。


 文化祭実行委員までやると負担がデカ過ぎるということで、今回は赤羽の代理として帰宅部の黄瀬が文化祭実行委員をやってくれることになっていた。


「それに、ナナミンと一緒にいられる時間が増えるしねー♡カエデ、良かったのかな〜?」


「ななななんのこと?ちょちょっとアタシにはよくわかんないわ……!あ、それじゃあ柑奈捕まえたことだし、アタシ作業に戻るわね。ほら柑奈、行くわよ!」


「びえぇ〜〜!お助け〜〜」


 そう言いながら赤羽にズルズルと引きずられていく橙山。南無。


「いや、なんかすごかったな……」


「だねー……手芸部ってユルい割に部員少ないなーって思ってたけど、ウチ今の見てその理由がわかった気がする……」


「赤羽もちょっと疲れてそうな顔してたしなぁ」


 そうやって先程の光景に俺と黄瀬が唖然としていたら。


「——あ、七海くん、陽葵ちゃん、ちょっといい?」


 後ろからそう声をかけられ振り向くと、緑川と白河の二人が立っていた。


「お、緑川に白河、どうした?」


「ハヅキ、久しぶりー!」


「うん、陽葵ちゃん久しぶり。あのね、この辺りに柑奈ちゃん来なかった?」


「ああ、橙山ならさっき、赤羽に捕まって引きずられていったよ」


「あはは、そうなんだ。柑奈ちゃん、急に『もう無理です〜〜!』なんて言いながら部室飛び出しちゃってさ、それでわたしたちも追いかけてたんだけど、行き違いになっちゃったね」


「そうみたいだな。……ていうか、いつ突っ込もうかと思ってたけど、白河めちゃくちゃすごい格好してるな」


「えへへ、すごいでしょ!すーは文化祭これでいくよ〜。がお〜」


 そう言いながら、白河はレッサーパンダの威嚇のようなポーズをとる。


 彼女は光沢がかった黒いマントを羽織り、赤いベストに白いクラバットを首元に結んだ西洋風?な格好をしていた。


「吸血鬼のコスプレだろ、それ。そういえば白河のクラスはお化け屋敷だったな。すげぇ似合ってるよ」


「ありがと〜。『白河さんは絶対吸血鬼が似合うから!』ってクラスの人たちに言われてさ、はづきちに衣装調整してもらって、手芸部で合わせてたとこなんだ〜。それでかんなてゃが脱走したから、すーも一緒についてきたの〜」


「ああ、そういうことね。ていうか、緑川がこれ作ったのか?すごいクオリティだけど」


「ううん、これはデンキホーテで買ったやつをわたしがサイズ調整したり少し装飾加えたりしただけだよ。さすがにこういうのをイチから作ってたら、時間がいくらあっても足りないから」


「なるほど、アレンジか。それだと時間節約できるし、良い手だな」


「でもさ、細かいとこもめっちゃすごくない?手元とかまでちゃんとやってるじゃん!ハヅキいい仕事するねー!」


「ん?おお、本当だ。文化祭の出し物でこんな気付きにくいとこまでこだわるなんて、マジですごいな」


「ね〜。はづきち、すっごい細かいとこまでやってくれるからさ、買った時と比べ物にならないくらいクオリティ上がってるんだよ〜」


「えへへ、普段の学校だとこんなことできないから、つい楽しくなって張り切っちゃった。あ、じゃあ柑奈ちゃんも見つかったみたいだし、わたしたちは部室戻るね。二人とも、忙しいところありがとう」


「ひまっち、ななぴー、またね〜」


「おう、またな」


「またねー」


 そう言って緑川と白河の二人は元来た方向へ戻って行った。


「いやー、衣装すごかったな。緑川の腕前もだけど、白河も本人のキャラに合ってるし、かなり映えてたわ」


「ね。スミレ可愛かったなー。でもお化け屋敷なのに、あれだと全然怖くなくない?」


「はは、それはたしかに。……っと、なんか色々起きて忘れそうだったけど、生徒会室だったな。じゃあ行くか」


「あ、そうだった。じゃあレッツゴー!……っとと、ごめんナナミン、ちょっとだけ待ってもらっていい?」


「ん?どうした?」


「うん、なんか親からメッセージの通知来てさー……って、えぇー!?」


「わ、なんだなんだ?」


「わー……マジかー……いや、あのね。お母さんからのメッセージでね、今夜仕事が急に入っちゃって遅くなるんだって。それで今日弟を病院に連れてく日だったから、ウチが連れてけって言われちゃってー……ちょっと急いで帰らなきゃいけないかも……」


「おお、それめっちゃ大事な用じゃん。全然そっち優先してくれ。今日は予算の書類を出して見てもらうだけだし、俺一人で済むから」


「うー……ホントごめん!今度埋め合わせするね!」


「いやいや、これくらい全然大丈夫だし気にしなくていいよ。じゃ気を付けてな」


「うん!ナナミンありがとね!」


 そう言って黄瀬はスタタと駆け足で教室に戻って行った。



 ……さて、なんかバタバタしたと思ったら急に一人になったな。


 ガヤガヤと盛り上がっている教室を横目に足を進め始めた。


 そして生徒会室の前に到着、その扉をノックして挨拶しながらガラッと開ける。


「失礼しまーす」






「——はい。あ、6組の七海さんですね。こんにちは」


「ああ、こんにちは。今日は青島一人か」


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