第26話 橙山柑奈②

 ボクが考えた作戦とは、男友達の告白を利用して七海先輩の気持ちを確認してみるというものだ。


 ラブコメとか少女マンガとかでもよくあるシチュエーションな気がするし、結構有用な手段なのではないかと考えた。


 だから男友達の告白への返事は、「ゴメン、すぐには決められないからちょっと考えさせてもらっていい?」と保留。


 彼はそれを了承してくれたので、お返事をする前に七海先輩に相談する体で、この告白をどうしたらいいか聞くことにした。


 そして後日、いつものようにカフェへ足を運ぶ。


 七海先輩が働く姿を眺めながら美味しいドリンクを飲むという時間は本当に極上で、夏休みの宿題という苦行すらも特別なものに感じられるのだから、恋って本当にすごいなと思う。


 ふいに目線が合った瞬間、ふっと微笑んでくれるときなんかは、本当に天にも昇りそうになるほど嬉しくなる。


 七海先輩のバイトが終わると、宿題で分からなかったところを教えてもらえる幸福のアディショナルタイム。


 ボクが通う常陽高校はさすが県内有数の進学校というべきか、宿題の量も難易度も中学校の時とは段違い。だけど先輩はそれも難なく解いちゃうし、教え方もすごく丁寧で惚れ直してしまう。


 そして一段落したら、お会計して二人きりの帰り道。


 彼氏のバイト先まで甲斐甲斐しく迎えに行く彼女……そしてゆくゆくは帰りにボクの家に寄ってもらって……なんて妄想でニヤニヤが止まらない。


 付き合うことができたらこれが日常になるんだよなぁ……


 しかし今考えるべきは、事前に考えておいた作戦のこと。


 七海先輩との帰り道の途中で、「相談があるから」と帰路の途中にあった公園に寄って、いよいよ作戦決行。


「——七海先輩はこの告白、受けたほうがいいと思います?それとも、断ったほうがいいと思います?」


 この質問で、七海先輩の気持ちを少しは確かめられるはず。


 何も気にする様子もなく「付き合えばいいじゃん」なんて言おうものなら脈ナシだし、「そんなの断って俺にしろよ」なんて言われようもんなら……うきゃー!


 なんて勝手に自分の中で盛り上がりながら、グイグイと七海先輩に詰め寄る。


 ……だけど、彼の口から出た言葉は、思いも寄らぬもので。


「——橙山って、俺のこと好きだったりする?」


 心臓が止まるかと思った。


 こんなセリフなんて全く想定していなかったし、まさかこんなことを自分から言う人がいるなんて思わなかったし、何より完全に図星だったから。


 ひどく困惑しつつもなんとか自分を取り繕うと言葉を並べながら、七海先輩が語る内容をそのまま聞いてみるけど、ボクが取った行動を正論でチクチクと責め立てられるような気分だった。


 先輩がなんでこのようなことを言っているのか、完全にテンパってしまっていたボクの頭ではわからなかった。


 そして、七海先輩は最後に。


「だからなんとなく、そういう俺の気持ちが知りたくてさっきみたいな質問されたのかなーって考えちゃったんだけど……どうだろ?俺、自意識過剰だった?」


 そう告げて、ボクはそれに甘えるように。


「——い、いやだなー七海先輩!そんなことあるわけないじゃないですか!


 彼が示してくれた逃げ道をそのまま辿ってしまった。


 七海先輩は顔を覆いながら「恥ずかしい!」なんて言ってたけど、それからとても優しい言葉をかけてくれて。特に「自分の気持ちに対して失礼」なんてことは考えてもいなかったから突き刺さった。


 やっぱりいい人だなぁ、なんて温かい気持ちもありつつも、ボクの胸中はとても複雑。


 手短に別れの挨拶を告げると、その場から逃げるように走り去った。


 少なくとも、ボクが考えた作戦は失敗に終わった、ということだけはわかった。




 ◆◇




 それからというもの、七海先輩に会うのは気まずいということもあり、カフェに足を運ぶことができないでいた。


 あれからよく考えてたんだけど、実は現状が結構マズいことになっているのに気付いてしまったから。


 あの日ボクは「七海先輩のことを好きじゃない」的なことを言ってしまったんだけど、逆にこれから「好きだ」って告白しようものなら、あの日ボクは七海先輩を試したってことを認めることになってしまう。


 あんな行動を取ってしまったせいで、七海先輩にアタックすることを封じられてしまっているのだ。


 もちろん、いずれは「あれから好きになっちゃいました!」なんて言って告白することもできるんだろうけど、恋のライバルが多すぎてそんな悠長なことも言ってられない。


 これはかなりマズイ。


 ちょっと一人ではどうしようもできないということで、クラスの恋愛情報通の女友達に電話で相談することにしてみた。


「——ってことがあったんだけど……」


「なるほどねぇ。なんかややこしいことになっちゃってるわねー」


「そうなんだよ……これからボクどうしたらいいかな……?」


「うーん……てかさ、あたし聞いてて思ったんだけど」


「ん?何が?」


「——その先輩さ、全部分かってて言ってた可能性ない?」


「え?どういうこと?」


「えーと、つまりね。アンタが先輩を好きってことも、先輩を試そうとしてたことも、全部分かった上で話してたんじゃないかって」


「え!?嘘!?」


「じゃないとそんな発言出てこない気がするんだよねー。それにその先輩って、結構な数告白されてるんでしょ?なら、そういう雰囲気とかに敏感な可能性だって高いし、それでアンタからの好意を牽制したんじゃないかって思ったんだけど」


「……そ、それなら、ボクがやったことって……」


「まぁ、印象悪く映ってるでしょうね」


 ガ、ガーン……


 それが本当なら、かなりやばい……告白できないどころか、完全に嫌われてしまっている可能性だってある……


「や、やばいよ……本当にどうしよう……」


「もうこうなったらさ、開き直るしか無いんじゃない?」


「え、開き直るって?」


「もう全部打ち明けてさ、告白するしかないでしょ」


「ええ!?この状況で!?」


「だってさ、もう多分好きってことはバレてるんだし、このままだとアタックもできないんでしょ?たしかに印象は悪いかもだけど、実際そんな致命的ってほどじゃないと思うわよ」


「……」


「それなら告白して一回吹っ切れたほうが、その後うまくやっていけそうだし。何よりそうやってウジウジするのはアンタのガラじゃないでしょ」


 ……たしかに、そうかもしれない。


 一度告白して断られたからって、それで終わりとは限らない。何度もアタックして付き合えた、なんて話はたくさんある。


 それなら、今からする告白は自分の行動への禊と思った方がいいだろう。


「……うん!そうだね!ボク、先輩に告白してみる!」


「ええ、それがいいと思うわ。頑張りなさい」


「ありがとー!当たって砕けてみるよ!」


 そうした経緯から、ボクは改めて七海先輩に告白することに決めたのだ。この友達に相談してみて本当に良かったと思う。




 ◆◇




 そして七海先輩に告白することを決めてから、男友達からの告白は正式にお断り。


 夏休み中で直接会うのも難しかったし二人きりにもなりたくなかったから、申し訳ないけど電話で断らせてもらった。


 そして七海先輩に会いに行くために、いつものカフェへ。


 ボクの顔を見てちょっと驚いたようだったけど、それからすぐにいつも通りの接し方をしてくれて、ホッとしたし嬉しかった。


 それから彼のバイトが終わるまで待って、再び前回の公園へ。


「——ボク、やっぱり七海先輩のことが好きなんです!だからボクとお付き合いしてください!」


 そうやって思い切って告白してみたけど、結果は全部わかってた通り。


 それにやっぱり、ボクの行動の意図も先輩は理解してたみたい。


 正式にフラれてしまってちょっとへこむ気持ちもあったけど、ボクのことを嫌ってるわけじゃないってのはわかったから、少しでもチャンスはあると思えた。


 ライバルは多いのは変わらないんだけど、きっと他の人にも同じ断り方を言ってるんだろうし、そういう意味では完全に横並びだ。


 だから、帰り道の足取りはこの前と違ってとても晴れやか。


 とりあえず、帰ったら東王大学のことをじっくり調べてみることにしよう。


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