第25話 試し行動の破壊者

「え……?……いや、それはお前が決めることなんじゃ?」


「いえ、ボクは七海先輩の意見が聞きたいんです!」


「うーん……そう言われてもな……」


「強いて!強いて言えば、でいいですから!」


 ……そんなの、「自分で決めろ」としか言えないんだよなぁ。


 たまにラブコメとか少女漫画でもこの手の質問してるヒロインがいたけど、いまいち理解できなかったし。


 告白の可否を異性の他人に聞くとか委ねるとかどういう感覚なんだろうか。


 ——それに、俺の直感なのだが、恐らく橙山は俺のことが好きなんだろうと思う。


 好きでもない異性の先輩に、学校で事あるごとに絡もうとしないだろう。

 夏休みの午後にわざわざ異性の先輩のバイト先に会いに来ないだろう。

 バイト終わりに合わせて残りその後一緒に帰ったりしないだろう。


 正直、ここ最近の橙山との距離感にはなんとなく思うところはあった。


 しかしこちらからわざわざ距離を置くのも変だし、俺は橙山のことも『好き』だし、無理に断りたいほど居心地が悪いわけでもないのでズルズルいってた感はあるが。


 もちろん、単純に橙山が異性との距離感がバグっているという可能性も考えられる。


 しかし先の質問は、どうにも俺の好意を確かめる意図なんじゃないかと思えてならない。


 そうでもなければ異性に告白をどうするべきかなんて聞かないだろう。特に今回の場合、俺はその相手のことを知らないからろくなアドバイスもできないしな。


 結局は「自分で決めろ」で終わる話なのだが……


 ……ぶっちゃけ相手の気持ちを試すようなことには思うところがあるので、言いたいことは言ってみるか。


「なぁ、橙山。ちょっと聞きたいんだがいいか?」


「え?あ、なんでしょう」


「いや、俺の自意識過剰とかだったらすっげー恥ずかしいんだけどさ……」


「は、はい」




「——橙山って、俺のこと好きだったりする?」




「……っ!?……な、なんで、そんなことを……?」


「ああ、いや。そうだったらさっきの質問の答え方に困るなー……ってちょっと思ってさ」


「……と、言いますと?」


「これはあくまで仮定の話なんだけど……俺が橙山のことを異性として好きだとしてさ、その場合俺の立場だとその質問ってどうにも答えにくくなっちゃうんだよな。『OKすればいいじゃん』なんて当然言えないし、逆に『断れよ』なんてのもどの立場で言ってるんだ?って感じだし」


「……」


「あとは例えば、もし俺が告白するタイミングとか狙ってたりしたらそれも狂っちゃうし、この場で勢いで告白を強制されるのもなんか違うし。ワンチャン気の迷いで『OKすればいいじゃん』なんて答えちゃってそれを鵜呑みにされたら、全員不幸になるしな。だからその質問された時点で結構困っちゃうというか……」


「……な、なるほど……」


「だからもしかして、そういう俺の気持ちが知りたくてさっきみたいな質問されたのかなーって考えちゃったんだけど……どうだろ?俺、自意識過剰だった?」


 俺はそうやって橙山に問いかける。


「……あ、え、えっと……」


 橙山は目をしばらく泳がせながら困惑した後。





「——い、いやだなー七海先輩!そんなことあるわけないじゃないですか!ボ、ボクみたいな美少女に好かれてるなんて、勘違いされちゃ困りますよー!」


「あ、マジで?うわー!めちゃくちゃ恥ずかしいヤツになっちゃってるじゃん……!」


 俺は顔を両手で覆いながらうずくまる。実際自分から始めたこととはいえ、恥ずかしいしな。


「あはは、もう、困った先輩だなぁ」


「いや、すまんすまん。……でも、俺が言いたいのは最初に言った通りで、告白の返事はやっぱり自分で決めた方がいいよ。そうしないと、その相手にも失礼だし、何より橙山自身の気持ちにも失礼だと思うしな」


「……ボクの気持ちに?」


「ああ。俺の答え次第で告白をどうするかなんて決めちゃったとしてさ、それでその後うまくいかなかったら、その結果も他の人のせいにしちゃう可能性もあるだろ?やっぱり他責ってあんまいい結果にならなそうだし」


「な、なるほど……」


「だから橙山には誰かにそんな質問するんじゃなくて、自分の気持ちで後悔しない判断をして欲しいって思うよ。俺が相手のこと知ってたらもうちょっと具体的なこと言えたかもしれんけど、そうだったとしても最終的な判断は橙山に委ねるかな。まぁ、どこまで参考になるかわからないけど、俺の意見としてはこんな感じ」


「……いえ、正直めちゃくちゃ参考になりました!今日は七海先輩に話聞いてもらって良かったです!」


「そっか、それなら良かったよ」


「はい!…………あ、結構良い時間になっちゃいましたね。それじゃあ先輩、改めて今日はありがとうございました!ではまた!」


「ああ、またな」


 そう言って橙山はスタタと彼女の自宅があるであろう方向へ駆けて行った。


 ……結局は、俺も橙山と全く同じことをやり返したというだけだろう。


 ちょっと言い過ぎたかなんて少しの後悔はあるし、自分の性格が嫌になる気持ちもあるが、それでも本当に伝えたいことは最後に言えたと思う。


 今後橙山との関係もどうなるんだろうな、なんてことをぼんやりと考えながら、駅を目指して歩き始めた。




 ◆◇




 それから数日が経ち、そろそろ夏休みも残り少なくなって終わりを意識し始めてきた頃。


 あれから橙山は俺のバイト先に現れることはなくなっていた。


 宿題のために来ていたということだったし、宿題を終わらせて来る名目が無くなったのかも知れないが、あとは単純に俺と会うのが気まずくなってしまったという可能性もある。


 俺としては橙山とは友達でいれたらいいとは思っているが、それも全部彼女次第。


 まぁどうなるかは次に顔を合わせる新学期か、などと考えていた。


 ……のだが。


「——七海せんぱーい!また来ましたよー!今日も一名様でーす」


 そんな元気いっぱいな声とともに、橙山は再び俺のバイト先にやってきた。


「お、いらっしゃい。なんか久しぶりだな」


「たしかにそんな感覚ですね!数えてみればそんなでもないかもですけど」


「はは、たしかに。まだ宿題が残ってるのか?」


「いえ、宿題はもう終わってます!でも七海先輩に会いたかったので来ました!


「そっか。まぁ今日もゆっくりしてってくれ」


「むー、反応薄いですねー。ちなみに今日も17時終わりですか?」


「ああ、そうだよ」


「それなら今日もその時間まで待ってるんで、一緒に帰りましょう!」


「おう、いいぞ。じゃあまた終わったら声かけるわ」


 橙山は前回会ったときのことなど無かったかのような、以前と変わらぬ態度だった。


 そうして17時、俺のバイトが終わり、橙山に声をかけて俺達は以前と同じように帰路に着く。


「夏休みももうすぐ終わりですねー」


「そうだなー。俺は来年には受験漬けだろうから、思いっきり遊べる夏休みはこれで最後なんだよなー」


「あー、そっか。来年受験ですもんねー。ちなみに七海先輩は大学どこに行くか決めてるんですか?」


「ああ、俺は東王を目指してるよ」


「えっ!?マジですか!?東王を真面目に目指してるって人って初めて見ました……けど、常陽トップクラスの七海先輩なら圏内なんですねー」


「いや、全然まだまだだな。だから今後もマジで頑張らないとって感じ。そう言う橙山は志望校とか決めてるのか?」


「いやいや、全く何も考えてないですよー。ボクこの前常陽に入ったばっかりですし」


「まぁそっか。一年生ならもっと色々考えてからだな」


「はい!……あ、七海先輩、ちょっと今日また公園寄ってきませんか?お話したいことがありまして」


「え?いいけど……話したいこと?」


「ええ、この前言ってた、告白された件の続報ですね!相談相手になってもらった七海先輩には報告しとこうかと思いまして」


「ああ、あの件か。時間あるしいいよ」


 そうして俺たちは公園に再び足を運び、あの時と同じようにベンチに座る。


「で、クラスの友達に告白された、って話だったよな」


「はい、そうですね。その件なんですけど……あれはやっぱりお断りしました」


「そっか。それが橙山の選択ならそれでいいんじゃないか」


「ありがとうございます。七海先輩に言われたことを自分でもじっくり考えてみて、その結果の答えなので。……それで、ですね……」


「ん?」


「実は、七海先輩に改めてお伝えしたいことがありまして……」


「おう、何だ?」





「——実はボク、七海先輩のことが男の人として好きなんです!!」





「…………え!?でもこの前は……」


「はい!嘘つきました!ボクは七海先輩のことが大好きですし、それにあの質問は、七海先輩の気持ちを試す意図もありました!!ごめんなさい!!」


 そう言って橙山はガバッと勢い良く頭を下げた。


 ……ここまでストレートに謝罪されるとこちらとしても毒気を抜かれてしまうな。それにあれは俺も悪いとこあったと思うし。


「おお、マジか……別にいいんだけど……まさかこう来るとは思ってなくてちょっとビックリしたよ。それに、あのときはある意味俺も橙山を試してた感じになってたし、それは悪かったと思う。こっちもごめんな」


「え?そうなる、んですかね……?ボクは全くそんなこと思ってなかったですけど……でもそれなら両成敗ですかね!」


「そっか、そう言ってもらえると俺も助かるよ」


「はい!……それで、よければお返事などいただきたいんですが、いかがでしょう?」


「ああ……そうだな。好きだって言ってくれるのは嬉しいよ。だけど俺には好きとか恋愛とかよくわからないから、彼女を作るつもりがないんだ。だから橙山とは恋人とかにはなれない。ごめんな」


 そうやって俺が言うと。


「——ですよね!そう言われると思ってました!」


 何も気にする様子もなく、橙山はニパッと笑った。


「わかってたのか?」


「はい。だってさっきの話とかからしても、ボクが七海先輩を好きなこととか、気持ちを試そうとしたこととか、多分あのときに全部お見通しでしたよね?」


「……まぁ、俺からは言いにくいけど、そうなんじゃないかとは思ってたよ」


「やっぱり。それも自分だけでは気付けなくて、友達に相談してやっと気付けたんですけど……多分悪い印象持たれちゃったと思うし、それならいっそ告白しちゃえって。あのままだとボクの好意をずっと伝えられそうになかったんで……だからこの結果はわかりきってました」


「そ、そっか……」


「それに、今回断られた理由ってボクのことが嫌いとかじゃなくて、『好きがわからないから』、ですもんね?きっと陽葵先輩とかにも同じこと伝えて断ってるんでしょうし、ならこれから好きになってもらえる可能性も少しはあるんじゃないかなーって」


 そう言いながらニシシと笑う橙山。


「……それに関してはあんまり期待しないでもらえると嬉しいかな。ただ俺としては今後橙山と距離置くとかは考えてないから、断っておいてアレなんだけど、そこは今まで通りって感じでいいか?」


「はい!もちろんです!改めてよろしくお願いしますね!じゃあ今日はお話聞いてくれてありがとうございました!また学校で会いましょう」


「ああ、そうだな。また」


 そうして橙山はペコリと頭を下げてから、スタタと駆けて行った。


 その後ろ姿は、前回とは違って晴れ晴れとしているように見える。


 ……まさか、あれからストレートに告白してくるとは。


 予想外な行動ではあったが、こちらとしてはこれから橙山との変なわだかまりを感じずに済むので、そこは彼女に感謝といったところかもしれない。


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