第24話 試し行動

「え?去年の夏休みにバイト先来てたのか?」


 バイトが終わってから、約束通り橙山と一緒の帰り道。


 橙山の家はここから割と近いというので、彼女を送っているところである。


 そこでなぜ俺のバイト先を知っているのかを教えてくれているのだが、以前に客として来ていたことがあったからとのことだった。


「そっか、それなら納得だわ。俺もお客さんの顔とかほとんど覚えてないし。でも橙山はよく俺のこと覚えてたな?」


「あー、そうですね。七海先輩去年の夏、お客さんのクレーム処理してたでしょ?あのときのことがすごい印象に残ってて覚えてたんですよ」


「クレーム処理?」


「ほら、あの若い女性の店員さんがおじさんに怒られてたやつです。めっちゃ華麗にクレーム捌いててスゴい!って」


「……あー、そういえばあったなぁ。いやいや、アレ全然大したこと無かったよ」


「そんなご謙遜を!あんな年上の怖そうなおじさんに対してスッと解決してて、めっちゃカッコよかったですからー」


 実際、そんなに褒められるようなことでもなかったんだよな。


 あの時は俺もまだバイトに入ってすぐのド新人だったのだが、その件の若い女性店員さんも入りたての新人大学生さんだった。


 彼女は慣れない業務の中でオーダーを取り違えるというミスを犯すも、テンパりまくって謝罪すらままならなくなってしまい、それが癇に障ったお客さんから怒鳴られてしまったという経緯だ。


 社員さんや他のパートさんは忙しそうで手が空いてなかったため、俺がフォロー。


 すぐに謝罪して、それで女性店員さんも我を取り戻し謝罪、正しいオーダーの料理をすぐに持ってくる旨を伝えたという、本当にただそれだけのこと。


 飲食のバイトあるあるだと思うのだが、本当に忙しいときに一個でもミスしてしまうと、「次の注文持ってかないといけないのに」「オーダーのベルが鳴ってるのに」「新しいお客さん来てるのに」「レジ会計並んでるのに」など様々なことが頭の中を巡って、本当にテンパっちゃうんだよな。


 でも第三者目線では冷静でいられたりするから、新人の俺でも対応できたというだけなのだが、橙山の目には大袈裟に映ってしまってたようだった。


「でもそれ一回見ただけで俺の顔覚えてるとか、橙山って記憶力いいんだな」


「いえ、普通にその後何度も夏休みとか冬休みに通ってましたよ?あそこでずっと受験勉強してましたし」


「え?まじで?さすがに長時間いる常連さんとかはなんとなく顔覚えるけど、お前みたいなお客さん見たことない気がするけどなぁ」


「あー、あの時のボク、髪が黒くて長かったしメガネ掛けてましたから、それで気付けなかったんですかね」


「黒髪ロングのメガネ……?受験勉強……?」


 そう言われ記憶を必至に辿ると、橙山くらいの背格好でほぼ毎日のように来て勉強していた女の子に思い当たった。


「あ、ああー!いたいた!!いたわ!!あれ橙山だったのか!!」


「わ、急にリアクションでかっ。そうですよ!気付くの遅すぎますよー!!」


「すまんすまん。なんか色々繋がって、テンションあがっちゃってさ。面白い偶然もあるもんだなーって」


「そうですよー?もう、ボクはずっと気付いてたのに……」


「いやぁ、髪型も色も全然違うしさ、普段会う時はメガネ無しのお前しか見てないじゃん。なかなか難易度高いって」


「それでも、なんとなくわかりませんかねー?ホント男の人って女性の変化に疎いですよねー……あ!ていうか!この前の勉強会でボクがメガネかけてるの見てたでしょー!?そこで気付けし!」


「あれ?そうだったっけ?」


「ですよ!ホント鈍チンなんだから……」


「はは。それでもやっぱ、髪型と髪色変わってたらなかなか厳しくないか?ていうか教えてくれてばよかったのに」


「自分が言う前に気付いてほしいってのが乙女心ですよ!こうやって教えたのも苦渋の決断なんですからね」


「出た、乙女心。この前他の女子にもわかってないって言われたわ」


「え、他の女子にも言われてるってことは相当じゃないですか。七海先輩は乙女心の勉強が必要ですね!」


「はい、善処します……」


「ふふ、頑張ってくださいね。——あ、もうここから家近いので、ここまでで大丈夫ですよ!」


「おう、そうか。じゃあまたな」


「はーい!失礼します!」


 そう言って橙山と別れて、駅に向かい歩き始める。


 しかし橙山がまさかあのお客さんだったとは。


 それなら入学当初から親しげだった彼女のあの態度も腑に落ちた気がする。本当に面白い偶然もあるもんだ。




 ◆◇




 そして翌日、バイトは休み。


 なので柊斗を含めた暇な男子たちと、みんなで宿題をやるためファミレスに集合。


 ……とはいえ宿題を名目に集まっているだけで、結局やるのはダラダラと駄弁ることだ。


 取り留めなく話すこの時間が楽しいんだよな。


「灰原さ、今日彼女はいいのか?」


「おう、今日は向こうも女子グループで集まってるらしいからな」


「灰原くんとこのカップル安定してるよねー。もう1年以上経つんだっけ?」


「そういえばそうだな。一年生の5月からだから普通にそれくらい経ってるわ」


「1年以上続かないカップルの方が多いけどな。灰原んとこはそんな気配もなさそうで羨ましいぜ」


「こうやって別行動しててもお互い信頼してそうなのが良いでござるな」


「まぁな。オレもアイツとは仲いいと思うよ」


「花火大会も二人で行ってたもんね」


「ああ、そうだな。——あ、花火大会と言えば」


「ん?どうした灰原」


「光が藍沢会長と橙山ちゃんを侍らせてたって聞いたけどホントか?」


「ああ、ホントだよ」


「おい、ナチュラルに嘘つくな。侍らせてないし、ただ偶然会ったから話しただけだよ」


「はは、マジでお前話題に事欠かないよなー。あの藍沢会長ってのも驚きだし、橙山ちゃんまでとはな。あの子、中学のときから結構有名だったぜ」


「そういえば柊斗、いつかもそんなこと言ってたな。アイツどう有名だったんだ?」


「あの子中学のときはバスケ部でさ、市内でも可愛いで有名だったんだよ。その時は結構大人しめな見た目で、今と結構違ってたけどな」


「へー、そうなんか。そういや橙山も中学にバスケやってたって言ってた気がするわ」


「で、光的にはどうなん?橙山ちゃんは」


「どうって、橙山もただの友達だよ」


「ま、光はそう言うよな。しっかしオレも藍沢会長と橙山ちゃんの浴衣見てみたかったわー」


「あ、浴衣といえばさ。青島さんの浴衣見れなかったのは残念だね」


「え!?青島さんいたのか!?」


「いや、生徒会長とか他の生徒会メンバーはいたんだけど、青島さんだけいなかったんだよ」


「なんだ、そういうことね。まぁ青島さんがああいう場にいるイメージないしな」


「青島さんの浴衣とか、マジでアートみたいに綺麗なんだろうね……一度でもいいから人生で拝んでみたいよ……」


「伊達に学校一の美少女じゃないよな」


「たしかに、青島殿の美少女っぷりは桁外れでござるな。二次元から出てきたと言われても不思議じゃないでござる」


「——なぁ。ちょっと思ったんだけどよ」


「ん?どうかした?」


「七海と青島さんがくっ付くのって、めちゃくちゃ理想的じゃないか?」


「は?なんでいきなり俺の名前が出るんだ?」


「いやぁ、青島さんってさ、あまりに綺麗過ぎて誰も近寄れてないじゃん。告白したってヤツの話も聞かないし。そんな青島さんと七海が付き合えば、他のカップルもうまく回りだすんじゃないかなーって」


「なるほど、学年のイケメンたちすら気後れするくらいの美少女な青島さんと七海くんがくっ付けば、他の人たちの恋路にもあんまり影響しなさそうだもんね」


「おいおい、勝手に話進めるなよ。そもそも俺と青島はほとんど接点ないし、数回話したことがあるだけだからな」


「いや、おれたちなんか数回も話したこと無いって」


「近付くだけで緊張するレベルだもんね」


「拙者なんか、すれ違う時は毎回呼吸できなくなるでござる……」


「そこまでか?俺が青島と話した時は別に普通の人って感じだったけど」


「それは光のコミュ力があるからこそだろ。オレも青島さん相手は話しかけるのも躊躇するわ」


「で、七海。青島さんはどうだ?」


「学校一の美少女だよ、どう?」


「……んー、まぁ単純にそんなに知らない相手と付き合うつもりはないんだが……どっちかって言うと俺が気になるのは、その呼び方かなぁ」


「ん?『学校一の美少女』ってやつか?」


「青島さんが『学校一の美少女』ってのは誰も異論ないと思うけどね」


「あー……いや、そうじゃなくってさ。あくまで俺の感覚の話なんだけど、その呼び方ってなんか失礼なんじゃないかって思っちゃうんだよ」


「ええ?そうか?」


「『学校一の美少女』なんて普通に名誉なことじゃない?」


「うーん……ちょっと言い方が難しいんだけど……まず、青島本人がどう思ってるかってのもわからんよな。本人がそう思ってなかったら、『学校一の美少女』なんて影で言われ続けてたらすげぇプレッシャーじゃないか?」


「……あー、なるほど……」


「たしかに、絶対あり得ないでござるが、拙者が『学校一の美男子』なんて言われてたらメチャクチャ嫌でござる……」


「あと、本人以外にも。青島がどれだけ美人だとしてもさ、男子がそんな持て囃してたらいい気分しない女子とかいそうだし。女子がその言葉使っても嫌味っぽく聞こえちゃいそうだし。あと校内に彼女いる男子とかも、自分の彼女がけなされてる感覚になったりせんかなーとか」


「んー……それに関しては、自分よりイケメンなやつが『学校一の美男子』って言われててもおれは気にせんけどなぁ」


「でもそれはぼくたちの感覚ってだけで、それが気になるって人もいるってことじゃない?」


「そうそう。あとそれで、自分の好きな女子が他人に『学校一の美男子』とか言ってたら、少しは気分悪くなったりしないか?」


「……それはちょっとイヤかも」


「それで『学校一の美男子』にヘイトが向く、とかもありそうだよね」


「もしかしたら青島の周りで、知らない内にそういうこと起こってるんじゃないかなーって。……でもあくまで全部俺の意見だし、もし青島本人が『学校一の美少女』って言われて喜んでるなら、俺が言ってることってただのお節介だしな。そんときはスルーしてくれ」


「まぁ青島さんが別格に綺麗ってことはぶっちゃけ変わらんのだけど……一理あるかもなぁ」


「たしかに、あんま大っぴらに『学校一』とか言うのはやめた方がいいかもしれないね。七海くんごめんね」


「いやいや、謝るのは俺じゃないよ。ていうか俺もこんなしんみりな感じにさせるつもりなかったわ、こっちこそすまん」


「そうだな!せっかく集まってるんだし、明るい話しようぜ!」


「おう、じゃあ宿題の話するか」


「どこが明るい話題だ!そんな無粋な話するな!」


「今日そのために集まったんじゃないっけ?」


 俺がそう言うと全員がやっぱりギャハハと笑い出す。


 長ったらしい上に説教臭い話をしてしまい、場を盛り下げてしまったのは少し反省かもしれない。


 しかしそれでも、こうやってすぐに気にせず切り替えてくれるのがコイツらの好きなとこだ。




 ◆◇




「七海せんぱーい。今日も来ましたよー」


「おう、いらっしゃい。すっかり常連さんだな」


「何をおっしゃいますやら!もともと常連ですよー!」


「はは、そういえばそうだったか。今日は席空いてるから、好きなとこ選んで座ってくれ」


「はーい!あ、今日もシフト終わったらよろしくお願いしますね!」


「はいはい、了解」


 ここ最近、橙山が頻繁にバイト先に現れるようになっていた。


 もともと家では勉強できない性分とのことで、さっさとカフェで宿題を終わらせたいんだとか。


 それに加えて直近は、帰りに送るだけでなく、俺のバイト終わりに橙山と同席して宿題を教えるというフェイズも発生している。


 まぁそれほど長い時間教えるわけでもないし、ついで感覚なので別に構わないのだが。


 ただ、それで社員さんやパートさんたちに「本命はあの子だったか」「ああいう感じの子が趣味なのね」なんて余計イジられてしまっていた。まぁこういうのはスルーに限る。


 というわけで今日もバイト終わりにそのまま橙山と同席し、アイスコーヒーを注文して、宿題を教える。と言いつつ、結局雑談が7割くらいになるのだが。


 そして、定番となりつつある二人の帰り道。


 いつもは、最近楽しかったことだとか手芸部の話だとか俺のバイト先の話だとか、取り留めのない話をして、二人の分かれ道になるところでお別れの挨拶をして解散している。


 が、今日に限ってはいつもと違って。


「——あ、七海先輩。ちょっといいですか?」


 橙山がそうやって、ちょっとだけ改まって俺に声を掛けてきた。


「ん?どうした?」


「あの、ちょっと七海先輩に相談したいことがあるんですけど」


「ああ、いいよ。とりあえず内容聞こうか」


「ありがとうございます!じゃあ、この近くに公園があるんで、そこで話聞いてもらっていいですか?」


 橙山にそう言われ、そのまま案内された公園のベンチに二人で腰掛ける。


「——それで、相談って?」


「はい、それなんですけど……まずボクって、七海先輩もご存知の通り美少女じゃないですか?」


「『じゃないですか?』って聞かれても答え辛すぎるだろ。まぁ『うん』と答えておこう」


「えへへ、ですよねー。……でですね、そうなると男子から好意を寄せられることも結構あるんです」


「まぁそういうこともあるだろうな」


「それでこの前ですね。同じクラスの男子に告白されてしまったわけですよ」


「へぇ、そうなのか」


「……はい。そいつが結構仲良いヤツで、まぁまぁ身長もあってイケメンですし、ボクも憎からず思ってるような相手なのです」


「ほう、なるほどな」


「で、ここからが相談の本題なんですけど……」


「おう、何だ?」





「——七海先輩はこの告白、受けたほうがいいと思います?それとも、断ったほうがいいと思います?」


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