第22話 ボクっ娘後輩

「え?橙山?」


「はい!ボクですよ!こんなとこで会うとは、ですねー」


「ああ、たしかにな。今日は一人なのか?」


 橙山は見たところ、その場に一人だった。


 しかし今の彼女は浴衣姿で結構気合が入っているから、たまたまだろうか。


 オレンジ色に花火の柄がデザインされた浴衣に、薄いグリーンの帯を合わせている。


 編み込みのショートカットというヘアスタイルも合わさって、元気で明るい彼女のキャラクターにぴったりだ。


「まさか!クラスの女の子たちと一緒に来てるんですけど、ついさっきみんなとはぐれちゃったんですよー」


「まじで?お前もか。俺も全く同じ状況で一人になってたとこなんだよ」


「え!?先輩も!?そんなとこまで一緒なんて、本当すごい偶然ですねー!」


「さっきの人混みすごかったからな。ちょっと離れたら全員の姿が見えなくなってたわ」


「いやー、そうなんですよ。あんなギュウギュウになるとは……あ、先輩はこれからどうするんですか?」


「俺はあっちの広場の方で集合することにしたから、そこに向かうところだったよ」


「あ、そうなんですね!実はボクたちもそこで集合にしようって話してたんで、そこまで一緒に行きませんか?」


「おう、いいぞ。じゃあ行こうか」


「はーい!」


そう言って俺たちは二人並んで歩き始めた。


「そういえば先輩は今日は誰と来てるんです?」


「ん?ああ、俺もクラスの男子たちと来てるよ」


「へー、なんか意外ですね?七海先輩っていつも女の子と一緒にいるから、今日もてっきりハーレムしてるのかと思いました!」


「いやいや、俺のイメージおかしくないか?」


「そんなことないですよ!だってこの前の手芸部での勉強会だってハーレムだったし、七海先輩の女性関係の噂って一年生まで届いてますからねー」


「え、マジかよ。誰だそんな噂広めてるやつ」


「ボクです!」


「お前か!変な噂広めてないだろうな!?」


「えへへ、冗談ですよ。でも噂が広まってるのは事実です。なんかやけにモテてる先輩がいるって」


「いやいや、全然そんな事実はないけど」


「でも、あの陽葵先輩をフったってのは本当なんでしょ?あんな可愛いギャルの先輩フるとか、そりゃあ噂の的になりますよ」


「あー……まぁそうなんだけど。思ったより黄瀬の件の影響大きいんだな……」


「そりゃもちろん。みんな恋バナ好きですし、特にあんな目立って可愛い人の噂ですから。でも七海先輩は一年生女子からの人気はイマイチなんですけどね」


「それ本人に言っちゃうのかよ。無駄にダメージ受けたわ」


「ぷくく。でも七海先輩の魅力はボクがたくさん知ってますから!それで十分でしょ?」


「はいはい。そりゃありがとうございますね」


「あらら、拗ねちゃった。すいませんってー」


「拗ねてないもん」


「ぷぷっ!なんですかそのキャラ、似合わなすぎですよ!笑っちゃいますってー!」


「はは、つくづく失礼なやつだな」


「はー、面白かった。……あ、なんか今ふと思ったんですけど」


「ん、どうした?」


「いえ、なんかこうやって二人で歩いてると、あの時を思い出すなーって」


「あの時……?ああ、あれか」




 ◆◇




 俺と橙山の最初の出会いは、今年の三月末に行われた入学前案内会の日だった。


 その名の通り、保護者と生徒に向けて入学前の案内をするというものだったのだが、オリエンテーションの一環として先輩生徒と交流する時間が設けられていた。


 その先輩役として各クラス委員長の中で参加者が募られ、俺はそこに参加していたのだ。


 ただ実際の橙山との本当の初対面は、そのオリエンテーションではなかった。


 俺が出席するオリエンテーションまでに時間があったので、空き時間でたまたま自販機に飲み物を買いに行った時のこと。


 うちの高校のものではない制服の女子が、困った様子で廊下をウロウロしていたのを見かけた。


 背格好的や雰囲気的にもおそらく中学生で、案内会の参加者だろうと判断した俺は彼女に声を掛けた。


「あの、すみません。何かお困りですか?」


「……へ?……あっ!!?」


 俺の顔を見てやけに驚いた様子だったが、突然年上の男性に声を掛けられたということで怖がらせてしまったのかもしれない。


「あ、ああ、驚かせてすみません。俺この高校の生徒なんですけど、何か困ってそうだったんで声かけちゃいました」


「……いや、あ、す、すいません……ボク、今日の案内会に参加してたんですけど、トイレに行ったら元の場所が分からなくなっちゃって……」


「ああ、そうだったんですね。俺も今日その案内会の手伝いに参加してるんで、よければ場所案内しますよ」


「ほ、本当ですか!?ありがとうございます!助かります!!」


 そうして俺は彼女の案内を始めた。


 この時の女の子こそが、橙山だったのだ。


「本当助かりました……トイレから出た瞬間にもう方向が分からなくなっちゃって焦ってたので……」


「うちの高校、結構複雑ですからねー。最初は俺も迷いましたよ」


「あはは、ですよね。あ、ここの高校の方ってことは先輩ですよね?三年生さんですか?」


「あ、いえ。俺は今度二年生になりますね」


「そうなんですね。それならやっぱりボク後輩ですし、全然タメ語でいいですよ!」


「ああ、たしかに。じゃあお言葉に甘えて。……あ、もう着いたな。ここの教室の後ろの扉から、静かに入れば大丈夫だから」


「あ、意外と近くだったんですね……先輩、わざわざありがとうございました!またお会いすることあればよろしくお願いします!」


「いえいえ、とんでもない。じゃあそのときはよろしくな」


 そしてその後のオリエンテーションでも同じ班になり、彼女とは妙な縁を感じることになった。


「あ、先輩!早速またお会いしましたね!」


「ん?おお、同じ班だったのか。そういや名前聞いてなかったな」


「はい!ボク、橙山柑奈っていいます!よろしくお願いします!」


「橙山ね。七海光です、こちらこそよろしく」


 それからのオリエンテーションでは、俺が送っている学校生活の様子などを後輩たちに向けて説明していった。


 橙山は物怖じせず快活な性格で、俺ともウマが合ったようで彼女との会話は盛り上がった。


 そして入学式当日での再会に至り、それから校内で顔を見かける度に会話する仲になったのだ。




 ◆◇




「そんなことあったなー、なんかすでに懐かしいわ。そう考えると橙山っていつも迷子になってるな」


「む、今回ははぐれただけで迷子じゃないですー!それ言ったら七海先輩だって迷子になってるじゃないですか!」


「はは、たしかにそうなっちゃうか」


「そうですよー!……って、あ!あそこにいるのが私の友達です!」


「おお、いつの間にか着いてたな。俺も友達見つけたわ。ここまで一緒してくれてありがとな」


「いえいえ、こちらこそ!ではまた!」


「ああ、またな。次は夏休み明けかな?」


「……んふふー。多分もっと早くお会いすることになると思いますよ?」


「へ?なんだその含みを持たせた言い方」


「いいえー?じゃあ七海先輩、その時をお楽しみに♪それではー」


「ふーん。まぁいいか、じゃあなー」



 そう言って俺は橙山と別れ、すでに揃っていた男子組と合流。


「すまんすまん、お待たせ……」


「「「「「おい」」」」」


 なんかそんな予感してたわ。


「七海、今の子誰だよ!!」


「まーた新しい女の子に手出しやがったのか!!」


「なんで一瞬目を離しただけで新しい女の子連れ回すことになるのさ!?」


「こんなの、ラブコメ主人公でもなかなかないでござるよ」


「ただの学校の後輩だよ。たまたま会っただけだって」


「後輩?お前が接点ある後輩って誰だ?」


「ああ、橙山柑奈って子。手芸部の一年だよ」


「「「「「え!?橙山さん!?」」」」」


「うお、ビックリした。そんな反応するか?」


「橙山さんって言ったらアレじゃねーか!一年女子の中でも一、二位を争う超人気株!」


「暗くてちょっと遠目だったから顔わかんなかったね。浴衣で全然雰囲気も違ったし」


「その整った容姿で、この一学期だけで急激に校内人気うなぎのぼり。明るくて愛嬌もあり、その小動物感も相まってあっち方面の好事家の間では絶大な支持を得ているという、あの橙山さんとはな……」


「詳し過ぎるだろ。てかあっち方面て……なんかわかるのが余計嫌だわ」


「実は拙者……橙山ちゃん好き好き侍でござる……」


「嫁がスマホにいるんじゃなかったのか?」


「ていうか七海くん、今思えば体育祭で橙山さんに借り物競争連れられてたんだね」


「あー、そういえばあれ橙山さんだったか。あの時はまだ知名度そんなだったし橙山さんのこと知らなかったんだよな」


「ということは、あの時から既に橙山ちゃんは七海殿ハーレムの毒牙に……ぐぬぬ」


「ハーレムとかじゃねーよ。ただの友達だって」


「いや、七海殿なら無自覚に『俺またなんかやっちゃいました?』で惚れさせてそうでござる」


「そうだそうだ!お前のそれはもう信じねー!!ギルティだギルティ!!」


「屋台でなんか奢れ!役得罪だ!!」


「なんでだ!ぜってーやだ!」


 そうして男子たちでギャーギャーと騒ぎまくり、花火大会を楽しく過ごした。奢りはなんとか阻止した。




 ◆◇




 海、花火大会と夏休みらしいイベントを順調に消化しているが、一転して本日はアルバイトのシフト。


 俺はチェーンのコーヒーショップ『キメダ珈琲』で働いている。


 学校寄りの駅近くに位置していて、多少距離はあるが高校生OKかつ長期休暇のみシフトOKという条件で良さそうなところがここだったのだ。交通費は出るしな。


 父の助けになりたいというのもそうだが、単純に休暇中に時間を持て余すから、という理由もあり俺はバイトをしている。


 実際バイトをしてみて、やって良かったと既に思っているところだ。


 自分でお金を稼ぐことの大変さ、それにより身につく金銭感覚、実際に社会に出ることで広がる価値観や視野、飲食特有のピーク時の忙しいマルチタスクを捌く力などなど、学べたことが非常に多かった。


 そのぶん入りたての頃は色々とミスしてへこんだり、大変なこともあったが、それでもやりがいを持って働けている。


 というわけで、今日もえっさほいさと労働に励む。


 カランカランと扉の鈴が鳴り、新規客の入店の合図。


「いらっしゃいませー、何名様ですか?」


「はーい、三名様でーす!」


「おー、本当に七海ここで働いてるのね」


「え、えへへ……七海くん、やっほー……」


「……………………は!?」


 そこにいたのは、橙山、赤羽、緑川の手芸部三人組。


 まさかの人物らの登場に、勤務中でありながらしばらく思考が停止してしまった。


「お、お、お前ら、なんでここに!?」


「あ、今日この三人で柑奈ちゃん家で遊んでたんだけどね、柑奈ちゃんが『七海先輩が働いてるカフェが近くにある』って。だからみんなで遊びに来たの」


「七海がバイトしてるのは知ってたけど、まさかここだったとはねー」


「ね?葉月先輩、楓先輩、ボクの言った通りでしょー?」


「……」


 長期休暇中にカフェでバイトをしていることは周囲のヤツらには話をしたことがあるが、具体的にどこの店舗でバイトしているかというのは話したことがない。単純に見られたら恥ずかしいから。


 しかし先ほどの緑川の話ぶりだと、橙山は俺のバイト先を予め知っているようだった。


 花火大会での別れ際の意味深な言葉はこういうことだったのか。


 なぜ橙山が俺のバイト先を知っていたのかは全くわからないが、まぁバレてしまったものは仕方ない。


 労働人としてキッチリ仕事することにしよう。


「気になることはたくさんあるが……三人ともよく来たな。ちょっとまだ席空いてないから、申し訳ないけどそこの受付票に名前書いて待っててくれ」


「「「はーい」」」


 この時間帯はカフェのピーク時である。


 すぐに案内したいのは山々なのだが、やはり身内だからと贔屓もできず。待機席に案内してしばらく待ってもらう。


 しかし後ろの方から、橙山と赤羽がニヤニヤと、緑川が温かく見守るような目線を向けてきやがる。やりづらいことこの上ない。


 それからしばらくしたら席が空いたので、彼女たちを案内し、オーダーを取る。


「ボクはクリームソーダで!」


「アタシはアイスのカフェオレにするわ」


「んー……じゃあわたしは、からあげとクロノワールとアイスティーで!」


「え"……!?葉月、結構食べるのね……さっきご飯食べたばかりじゃない」


「ここってかなり量多いですけど大丈夫ですか……?」


「うん、大丈夫。これくらいなら全然入るよー」


「……緑川、他所でも相変わらずなんだな」


「わ、七海先輩がなんか後方腕組み幼馴染面してるー」


「なんじゃそりゃ、そんなつもり全くなかったが」


「でもアタシ、アンタたちの幼馴染エピソードとか聞いてみたいわね」


「俺は仕事中だから、それは緑川頼めるか?」


「え、え!?それはわたしも恥ずかしいよー!」


「はは、まぁ手加減はしてやってくれ。じゃあ、注文は以上かな?」


「ええ、それで大丈夫よ」


「了解。それでは少々お待ち下さい」


 そうして俺は仕事に戻る。


 社員さんやパートさんたちから「お友達?」「可愛い子ばっかりね」「誰が本命?」などとイジられてしまったが。


 それから彼女たちの料理を届け、あとは普通に労働タイム。


 いくら知り合いが来ているとはいえ、実際に働いてるとゆっくり話すなんてこともできないからな。


 せいぜいできるのは、知り合いに情けないところを見られないように変なミスをしないことだ。


 しかし多少は意識がそちら側に持っていかれるようで、彼女たちの近くのテーブルをバッシングしている最中などは彼女たちの会話の内容が耳に入ってくることになった。


「この前みんなで海行ったんだけどさ、七海がホントに酷かったのよ」


「え、楓ちゃん、何があったの?」


「灰原と陽葵と七海とでビーチバレーしたんだけど、七海のヤツがずーっと陽葵の胸に釘付けだったの」


「えー?七海先輩ってあんな『女に興味ありません』みたいな顔しといて、実はムッツリなんですねー!」


「陽葵と菫の水着姿とかは眼福だったんだけどねー。でも海であの二人の間に挟まれるアタシの気持ちよ。アタシも全く無いってわけじゃないと思うんだけど……その点このメンバーは安心感あるわねー」


「あはは、あの二人はねー。そういう意味だったら、わたしも陽葵ちゃんと菫ちゃんには挟まれたくないかも」


「むむ!聞き捨てならんですね!ボクはまだまだ成長途中なんですー!」


「アタシが一年生のときにはもう今くらいあったから、柑奈はもう望み薄よ」


「あー!楓先輩ひどい!セクハラ&パワハラで訴えますよ!」


「まぁまぁ、柑奈ちゃん。いっぱい食べたらもっと大きくなるから。クロノワール少し分けてあげるー」


「うっ、もうアイスは食べたので遠慮しますぅ……」


 ……なんか俺への新たな風評被害が生まれていて、一部わざと俺にも聞こえるように言っていた気がするが、まぁ楽しそうで何よりだ。


 そんなこんなで時間は過ぎ、三人のお会計。


「ごちそうさまでしたー!シェフの方に美味しかったって伝えといてください!」


「ああ、パートの主婦の方に伝えとくよ」


「七海くん、バイト頑張ってね」


「また遊びに来るわね」


「おう、ありがとな。いつでも来てくれ」


 そう告げて彼女たちは退店していった。


 働く姿を見られるのは小っ恥ずかしいが、わざわざ来てくれたものを無下に扱うなんてことはしない。


 その日のバイト終わりは、いつもより疲労感は少なかった気がする。




 ◆◇




「七海せんぱーい!また来ましたよー」


「お、いらっしゃい。今日は橙山一人か」


「はい!今日は一名様でーす」


 手芸部三人組が来店してから数日後、早速橙山がやってきた。


 ただし前回とは違って、今日は一人で来たようだ。


「いやー、家で夏休みの宿題やってたんですけど、全然集中できなくって……それでここを使わせてもらおうと思った次第なのです」


「ああ、そういうお客さんいっぱいいるし、全然いいよ。ゆっくりしてってくれ」


「はーい!……あ、七海先輩。今日シフトって何時までですか?17時?」


「え?17時だけど……なんで知ってんの?」


「い、いいえー?たまたま当たっただけですよー?」


「ていうかこの前も、俺がここで働いてること知ってたような感じだったよな。何でお前が知ってたんだ?」


「——ふふふ、そうですね。ここまで来ると秘密にしておくのもアレですし、後でお教えしますよ。だから今日バイト終わったら、一緒に帰りませんか?」


「ああ、いいよ。じゃあ終わったら声かけるわ」


「はーい!」


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