第16話 幼馴染

「「……」」


 こうやって緑川と二人で並んで歩くのは、もう2年以上ぶりのことだ。


 その間、ずっと会話は愚か連絡することもなかった。というか同じ常陽高校に行くということすら俺は知らず、入学式でその顔を見かけてかなり驚いたくらいだ。


 色々と話せることはあるのだろうが、ずっと疎遠で避けていた相手だったということもあり、妙な沈黙が続いてしまう。


 気付けば駅に着いており、改札を抜けていた。


 次の電車が来るまでにもう少しかかるようで、気まずい時間は続く。


 俺はなんとなくこういった空気が苦手なので、どう声をかけたもんかと頭を悩ませていたら。


「……改めてだけど、久しぶりだね。七海くん」


 そうやって緑川が切り出してくれた。


「そうだな、2年ぶりくらいか?」


「そっか、もうそんなに時間経っちゃったんだ……前はあんなに一緒だったのにね。って、あ、ごめん……」


「いや、いいよ。それよりあの時の話はもういいのか?こうやって二人きりでいるのもまずいんじゃ」


「……ううん。もうあれは終わったことだから、大丈夫だよ」


「そっか、それならいいんだが。というか、まさか緑川が常陽高校にいるとは思ってなかったよ。入学式のときに見かけたときはビックリしたわ」


「ふふ、そうだよね。運が良かったみたい」


「それでも本当にすごいって。しっかし通学大変だよなー、これから1時間かかるし。てか、部活まで入ってて帰る時間とか大丈夫なのか?」


「あ、うん。手芸部ってかなりユルくて、別に毎日参加するのも必須じゃないし、帰る時間も自由なんだ。定例会とかで制作物出すだけでもいいから、ちょうどよかったの」


「へぇー。そういえば赤羽も超ユルいって言ってたわ。緑川って裁縫得意だったからぴったりだな」


「そうそう。覚えててくれたんだね」


「そりゃな。昔ぬいぐるみ作ってくれたりしたじゃん?あれまだ家にあるし」


「……そっか、あれ、取っててくれてるんだ」


「もちろん。せっかく作ってくれたものをわざわざ捨てたりしないだろ」


「いや、あれってわたし的にはかなり出来が悪いから、全然捨ててもらっててもよかったんだけどね。でもやっぱり、まだ持っててもらえてるって分かると嬉しいよ。ありがとう」


「はは、別にお礼言われるようなことじゃないって。こっちこそ作ってくれてありがとうだし。でもそっか、アレで出来悪いのか。赤羽と橙山が緑川の腕前褒めてたし、あれからまた裁縫うまくなったんだな」


「え、二人ともそんなこと言ってくれてたの?」


「ああ、緑川は手芸部のエースだって言ってたよ」


「手芸部にエースってあるの?」


「俺にもわからん。橙山が自称手芸部のエースって言ってたのが始まりだな」


「ふふ、柑奈ちゃんらしいかも。——あ、そういえば今日思ったんだけどさ、七海くんが柑奈ちゃんと面識あるの驚いたんだけど、どんな知り合いなの?」


「ああ、入学前の案内会に俺も委員会として参加してたんだけど、同じグループだったんだよ。それきっかけで話すようになった感じだな」


「へ?接点ってそれだけだったの?それにしては親しげな雰囲気だったけど……」


「いや、最初のきっかけは本当にそれだけだよ。でもその後学校で会うたびに声かけられるし、なんかやけに懐かれてはいるかもな」


「へー、そうなんだ。でも柑奈ちゃん人懐っこそうだから、不思議な話でもない、のかも?……あ。あと、ついでというか、ちょっと聞いてみたいことがあったんだけど、いいかな?」


「ん?なんだ?」


「うん、もし嫌だったら全然答えてくれなくてもいいんだけどね?……その、……水澪ちゃんのことが好きって本当なの?」


「え!?い、いやいや、青島とはほとんど接点もないし、そんな風に思ったこともないけど……なんでそんな質問?」


「やっぱりそうだよね。友達から『七海くんが水澪ちゃんを攻略しようとしてるってホント?』って、ここ最近よく聞かれるようになってさ……わたしたちずっと話してなかったから、なんて答えたらいいのか困っちゃって。とりあえず『わからない』って答えてたんだけど」


「あー、なんか噂が色々ねじ曲がって伝わってるっぽいな。うん、さっきも言ったけどそんな事実はないよ。なんか知らないところで迷惑かけてたみたいだな、すまん」


「全然!みんな恋バナ好きだしさ、こういうのももう慣れっこだから。わたしと水澪ちゃんが同じクラスで二人と接点あるから、余計聞かれちゃってたのかも。じゃあ今度からそう聞かれたら否定しておくけど、それでいいかな?」


「ああ、それで頼む。でも自分のことで緑川に話がいくってのはなんか申し訳なくなるよ」


「ううん、だってこんなの、七海くんにはどうしようもできないもんね。仕方ないよ。それにわたしも、七海くんだったら水澪ちゃんみたいな綺麗な子の隣にいても不自然じゃないかも、って思っちゃってたし……」


「いやいや、さすがにそれは恐れ多すぎるし、ありえないよ」


「そうかな?七海くんって女子の間でよく名前聞くから……って、あ、ごめん。こんな話しちゃって」


「ん?いや、全然構わないぞ。なんかそういう話友達に普段からよくされてるし」


「そっか、七海くん友達すごく多いもんね。いつもたくさんの人に囲まれててすごいなーって思ってたよ」


「俺も友達には恵まれてると思うよ。緑川はどうだ?学校生活楽しめてるか?」


「あはは、なんか父親みたいな質問だね。うん、七海くんほどじゃないと思うけど、楓ちゃんとか柑奈ちゃんとか手芸部の友達もいるし、クラスの友達も結構いるし、楽しいよ」


「そっか、それは何よりだ」


「やっぱりなんか父親目線になってるじゃん。もうっ、わたし高校生で大人になったんだからね」


「ははっ、俺はいつきさんとは似ても似つかないだろ」


 つい先ほどまでは気まずい空気だったのだが、一度会話が始まってしまえば話題は尽きなかった。


 やはりそこは、赤ちゃんの頃から約15年付き合いがあった幼馴染ということかもしれない。


 そうやって話していると、いつの間にか最寄り駅に到着。


 緑川の家は俺の家から徒歩5分も離れていないので、改札を出てからも引き続き緑川と二人の帰り道。


 今日は父親がご飯を買って帰ってきてくれるとのことなので、スーパーには寄らず一直線に我が家を目指す。


「あの、七海くん」


 俺たちの家の分かれ道である十字路に差し掛かったところで、緑川が改めてといった様子で俺に問いかけた。


「ん、どうした?」


「ちょっとお願いがあるんだけど……いいかな?」


「あぁ、俺にできることなら」


「ありがとう……今日さ、勉強見てもらってわかったと思うけど、わたし高校に上がってから勉強に結構苦労しちゃっててね……」


「あー……まぁそんな感じかもなーとは思ったよ」


「うっ、そうだよね……それでね、よかったらなんだけど……またわたしに勉強教えてくれないかな?自分でも頑張ってるんだけど、わたし一人じゃ難しそうで困ってたの」


「今日みたいに手芸部のみんなと、ってことか?」


「いや、今日ってほとんど七海くんわたしに付きっきりだったでしょ?だから楓ちゃんとか柑奈ちゃん誘うと二人に付き合わせちゃう感じになりそうだから……できたら二人とかがいいんだけど、ダメ、かな……?」


「……」


 勉強が追いついていない自覚は、さすがに緑川にもあったらしい。


 今日の帰り道はうまいこと話せたが、これからも緑川と二人きりとなると、なんとなく気が引けてしまう気持ちもほんの少しはある。


 しかし、俺の目の前にいるのは、最下位近くという順位で勉強に苦しんでいる幼馴染。


 彼女とは曲りなりにも15年という付き合いがあり、その中で彼女に対する恩もたくさんあった。


 だからこうやって頼られては、断るという気持ちには決してなれなかった。


「あぁ、いいよ。勉強する日とか場所はまた決めようか」


「ほ、本当!?ありがとう!あ、場所はわたしの家とかでもいいけど……」


「うーん、俺達ももういい年だし、お互いの家ってのはどうかな……他にいい場所がないか探してみるから、またこっちから連絡するよ」


「あ、そ、そうだよね。気が付かなくてごめん……じゃあ連絡待ってるね。七海くん、本当にありがとう」


「うん、どういたしまして」


 それから俺たちはお互いに「またね」と告げて、今日のところはお別れとなった。




 ◆◇




 今日は父親の帰りが少し遅めの日で、帰って来るまでにまだ時間があったので洗濯機を回しながらお風呂掃除をしていたら。


 ピンポーン


 と我が家のチャイムが鳴った。


 この時間に来客とは珍しい。通販で何か買った覚えもないし、誰だろうか。


 インターホンに反応しようとするも、お風呂掃除中で泡や水まみれ。なんかこういうタイミング悪いときに限って来客があったりするんだよな。


 手についていた泡を急いで落とし、濡れた手足を拭いて、インターホンのモニターを覗く。


 そこには、緑川の母親である菜月なつきさんの姿があった。


 これまた珍しい相手。菜月さん相手ならマイク越しにやり取りする必要はないと考え、そのまま玄関に向かい扉を開けて顔を出す。


「こんばんは、菜月さん。お久しぶりです」


「こんばんは、光くん。もうっ、菜月さんなんて畏まった呼び方しちゃって。昔みたいになっちゃんって呼んでくれないのかな?」


「い、いやいや、さすがにもう俺も高校生だし、そんな呼び方できないですよ……」


「あはは、そっか。光くんももう大人になっちゃったんだねー」


「まぁまだ高校生ではありますけどね、それでもなっちゃん呼びはさすがにもう躊躇いますって……あ、今日はどんな用件だったでしょう?」


「あ、ごめんごめん。今日来たのはコレ、ご飯のおかず作ったから持ってきたの。よかったら雪也くんと食べてね」


「おぉ、わざわざありがとうございます。——わ、筑前煮ですか、これ俺大好きなんですよ。父さんも好きだし、喜んでくれると思います」


「そう言ってくれて嬉しいわ。あ、あとあたしからも光くんにお礼を言いたかったの」


「へ?お礼ですか?」


「今日、葉月ちゃんにお勉強教えてくれたんでしょ?だからありがとうを言いたくて。あの子、帰って来るなり『ひーくんが勉強教えてくれた!』って大はしゃぎだったのよ」


「あぁ、そのことですか。そんなの全然構わないですよ。今日は他の友達もいた勉強会だったし、ついでというかそんな感じだったんで」


「それでもよ。あの子常陽高校なんてすごいところに受かっちゃって、ずっとお勉強には苦労してたみたいなの。一応夜に自分で頑張ってはいるみたいなんだけどね」


「……そうだったんですね」


「うん。それにね、葉月ちゃんと光くんしばらくずっと話してなかったんでしょ?子供たちの事情に親が突っ込むのも悪いし、何があったのかあたしは聞いてないんだけど」


「……」


「また二人がこうやってお話してくれて、あたしも嬉しくなっちゃって、思わず来ちゃった。おかずはどっちかって言うとそのついでって感じだったの。だから光くん、本当にありがとう」


「そ、そんな、深々とお辞儀されるようなことじゃ……今日はほんとに俺も大したこと教えられてないんで」


「ううん、本当に感謝してるのよ。あんな嬉しそうな葉月ちゃん、久しぶりに見たから」


「そ、そうですか……」


「うん、そう。……あとはそうね、母親からこんなお願いするのも忍びないんだけど、よかったらまた、これを機にまた葉月ちゃんと仲良くしてくれたら嬉しいわ。せっかく同じ学校に通ってるんだし。もちろん、二人に何があったのか知らないから、無理にとは言わないけど」


「……いえ、大丈夫ですよ。それにみど……葉月さんとはまた今度勉強教えるってことになってるんで。勉強に苦労してそうなのは今日で分かったから、フォローしたいなとは思います」


「あら、本当!?それは良かった……でも『葉月さん』なんてよそよそしい呼び方、やっぱりこれも大人になっちゃったからなのかな?」


「い、いえ、そうですね、そこは大人としての礼儀というかなんというか……」


「……そうね、子供はこうやって成長していくものなのかしら。ごめんね光くん、変なこと言っちゃって。じゃあ、これからも葉月ちゃんのことよろしくね」


「はい、わかりました。こちらこそよろしくお願いします」


 そう挨拶して、菜月さんは帰っていった。


 菜月さんと会話したのも本当に久しぶりだ。


 ここ最近は緑川と疎遠だったことや、俺の父親が忙しくなったこともあって、菜月さんが我が家にやってくることは全くと言っていいほど無くなっていた。


 緑川家とは家族ぐるみの付き合いだったので、昔は菜月さんのことをもう一人の母親くらいに思っていた。それは緑川の父親である樹さんも同様。


 そんな相手に久しぶりに会って、頭を下げながらお礼を言われるなんて思ってもいなかったし、軽く勉強を教えただけで大したことはしていないつもりなのだが、やはりああやって感謝を伝えてもらえると胸の内側が温かくなる。


 ……『嬉しそうだった』、か。


 自分でも単純だなと思ってしまうが、今度緑川に勉強を教える時はちょっと気合を入れようか、なんて思ってしまうのだった。




 ◆◇




 そして次の日。


 緑川に勉強会の件で話をしに行くため、休み時間中に文系のクラスへ向かった。


 すると緑川は廊下にいたのですぐに発見、白河と二人で何やら話していた。


 この二人って接点あったのか。


「おう、緑川に白河、お疲れ。なんか珍しい組み合わせだな」


「あ、ひー……っとと」


「ん?どうした?」


「う、ううん、何でもないの」


「そうそう〜。はづきちとは街で会ってさ〜。学校で見かけたことあったし、すごいオシャレで可愛かったから、すーがナンパしちゃったんだよね。それで仲良くなったの〜」


「そうなの。いきなり声掛けられちゃったから、びっくりしちゃったよ」


「……?そうなのか?白河もたまにはそんなアクティブなことするんだな」


「えへへ。すーもやるときはやるんだよ〜」


「勉強もその調子でやってくれればいいのにな」


「あ!今すーのことバカにしたな〜!このこの〜!」


「ひ、ひぇっ。そのツインテールでペシペシするやつ地味に痛いからやめてっ」


「あー!菫ちゃん!暴力はダメだよー」


「ふぎゃ!?はづきち、そう言いながらツインテール両手で引っ張らないで〜」


「はー、助かった。そういえば緑川って意外とわんぱくなところあったよな」


「んも〜。ツインテールがすっぽ抜けるかと思ったよ〜」


「ご、ごめんね、つい。痛くなかった?」


「えへへ、全然だいじょぶだよ〜。あ、そういえば次移動教室だった。すーはそろそろ教室戻るね〜」


「おう、またな」


「またね、菫ちゃん」


「……それで、緑川。昨日言ってた勉強会の件だけど、今時間大丈夫か?」


「あ、うん。予鈴鳴るまでなら」


「ああ、すぐ済むよ。早速今週末やろうかと思ってるんだけどさ、俺問題集も買いに行きたいんだよ。だから買い物ついでに街の方の図書館でやろうかと思ったんだけど、どうかな?」


「うん、わたしはそれで大丈夫。ごめんね、わたしのためにそんな時間もらっちゃって」


「全然いいって。俺はもうテスト範囲カバーできてるしさ。それに昨日菜月さんが家に来て、『葉月ちゃんをよろしく』って言われたから」


「え!昨日お母さんどっかに出かけてったと思ったら、七海くんの家に行ってたんだね……もうっ、お母さんたら……」


「はは、でも俺はご飯ももらえたし美味しかったから。よかったら菜月さんに筑前煮美味しかったって伝えといてくれ。あとタッパーも今度洗って返しに行くって」


「あ、わかった。それは伝えとくね」


「さんきゅ。じゃあ今週末よろしくな」


「うん、ありがとう。よろしくね」


 そうして俺と緑川は、今週末に二人で勉強会をすることになった。


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