第13話 偽彼氏の破壊者
「に……偽彼氏、ですか?」
「ああ、そうだ。私と付き合ったフリをしてほしいんだ」
「……な、なんでそんなことを?」
「あぁ……実はな」
そして藍沢先輩はこのようなお願いをするに至った経緯を話してくれた。
これまで恋愛感情を持ったことがないこと。
生徒会長として忙しくも楽しい時間を過ごしているし、受験もあるため、少なくとも今は恋愛をするつもりはないこと。
しかしここ最近、告白されるペースが激化していること。
全員断っているのだが、それも気を使うし辛い思いをしていること。
友達に相談して、彼氏を作れば解決できると言われたこと。
しかし本当に好きでもないのに彼氏を作る気にはなれないこと。
それならば、相手に事前に合意を得て付き合っているフリをすれば、告白されることもなくなるんじゃないかということ。
「はー、なるほど。たしかに、藍沢先輩が告白されまくってることは二年生の間でも有名ですからね」
「うっ……七海クンの耳にまで入ってるなんて……それは恥ずかしいな……」
「俺も友人から聞いただけなんですけどね。でも、なんで俺なんですか?三年生とかでもっと他に相手はいるんじゃ?」
「あぁ、それなんだけどな……噂で聞いたんだが、七海クンも結構な数告白されてるらしいじゃないか?」
「へ?あー……たしかに何度か告白されたことはありますけど……さすがに藍沢先輩とは比べ物にならないっすよ」
「いやいや、そう謙遜しなくてもいいよ。普通の高校生は『何度か』すら告白されることもないだろう。それに、先日はあの陽葵クンみたいな魅力的な女子からの告白も断っていると聞いたぞ?」
「え、もうそれ知ってるんですか?情報回るの早すぎますよ……」
「まぁ立場上、いろんな情報が入ってくるしな。そんな七海クンのその話を聞いて、君も私と同じように恋人を作るつもりはないのに、告白されて困っているんじゃないかと思ったんだ」
「それで俺にお願いした、ってことだったんですね」
「あぁ、そういうことだ」
「うーん、そうですか……ちなみに、付き合ったフリって具体的にどんなことするか、とかって考えてます?」
「いや、まだ検討中だし相談して決めようと思っていた。まぁ高校生のお付き合いだし、時間が合えば登下校する、くらいのものじゃないか?もし必要ないというなら、わざわざデートしたりなんかもしなくていいと思ってる」
「学校中に俺達が付き合ってるって事実を流す程度でいいってイメージですかね?」
「まぁ、そんな感じだろうな。状況に合わせて変えていってもいいだろう」
……ようやく話が見えてきた。
藍沢先輩は自分が告白されまくっている状況を何とかしたい、そして俺も黄瀬の告白を断っていたことなどから彼女を作りたくないのではないかと推測して、お互いに利益があると思ってこの偽彼氏作戦を提案してくれたようだ。
やはり藍沢先輩は俺に好意を持っていたわけではなかったようだし、正直この話をされた後なら納得感がある。
だけど。
「俺も今は恋愛とか好きとかよくわからないから恋人作るつもりないってのは合ってますよ。それに、告白を断る側の辛さとか申し訳ない気持ちも、一応は経験してるし知ってるつもりです。」
「おぉ、それなら——」
「——でもすみません。本当に申し訳ないんですけど、偽彼氏は断らせてください」
やっぱり、この話には乗れないと思った。
「そ、そうか……お互いのためになると思ったんだが……ちなみに、ダメな理由を聞いてもいいだろうか?」
「……」
いずれにせよこのお願いは断るつもりなので、ここでわざわざその理由を語る必要はないかもしれない。
単純に「嘘が嫌いだから」で済む話だし、実際それも理由としてある。
ただこの偽彼氏というのは、個人的にちょっとよろしくない予感的なものがあったので、少しでも藍沢先輩のためになればという思いから話すことにしてみた。
「うーん、そうですね……理由は色々とあるんですけど……俺の恋愛観的な話をしていいですか?」
「ほう、七海クンの恋愛観か。それはちょっと興味あるし、ぜひ聞かせてもらえないか?」
「ありがとうございます。……あと真面目で恥ずかしい話になるし、ちょっと長くなるかもですけど……」
「あぁ、別に構わないよ」
「じゃあ、まず結論的な話からしておくと……俺は、恋愛は『本物』とか『偽物』とかで割り切れないんじゃないかと思ってるんです」
「……なんだか難しそうな話だな。しかし、今私が提案しているような偽彼氏はまさに偽物だし、ちゃんと付き合っているカップルは『本物』だと思ったんだが、そういうことではないのかな?」
「たしかに直感的にはそう思えるかもしれないんですけど、その『本物』ってのを突き詰めていくとどういうことなんだろう?って俺はわからなくなっちゃうんですよ」
「ほう。と言うと?」
「うーん、これまた難しいんですけど……例えば、その周りから見たらちゃんと付き合ってるカップルも、実際には不仲だったり、相手の嫌なところが見えたらすぐ別れたり、別れた後に元恋人を悪く言いまくるとか、多分よくあることで。だから『本物』ってなんなんだろう?って。それを深堀りしてったら、最終的にそれは周りが判断するんじゃなくて、人それぞれの『主観』になるんじゃないかって気がするんですね」
「んー……なるほど……?でも結局、『主観』だと言うなら偽彼氏の関係はあくまで私たちが了承しておけばいいんだし、問題ないんじゃないだろうか?」
「たしかに、俺たち二人だけの『主観』で済むなら問題ないと思います。だけど恋人関係を世間に公表するってなると、その時点で俺たち二人の問題では済まなくなるんじゃないかな、と。周囲の人間関係にも多かれ少なかれ影響はあるでしょうし、それをまた周囲の『主観』で判断されるんじゃないかって。横恋慕するような人だっているでしょうしね」
「まぁたしかにそれはありえる話だろうな……」
「あとは、俺たちの感情も変わるってことも大事じゃないでしょうか。多分俺達はお互いに恋愛感情ってものを持ってないと思うんですけど、今後どうなるかはきっとわからないですよね。俺が藍沢先輩を本当に好きになってしまうとか、逆に嫌いになってしまうとか。他の誰かを好きになってしまう可能性だってありえるでしょう。そうなってしまった時に、『偽の恋人』という事実は俺たちにとって納得できないくらい大きな足枷になってしまうんじゃないかと思うんです」
「その時は偽彼氏の関係を解消するだけでいいんじゃないかな?」
「ええ、でももしそうなったら、やっぱりその時も二人の問題じゃなくなってませんかね?その好きになった相手が俺たちが付き合っていた事実をどう思うか、別れてすぐ他人と付き合おうとするのをどう思うか、偽彼氏だったと正直に伝えたとしてどう思うか、とか。それらが全て他人の感情で、他人基準の正解で判断されちゃうって、結構怖いことだと思うんですよ。全部都合よくいけばいいんですけど、現実はそうもいかないでしょうし。だから偽の恋人って結構リスキーな行為なんじゃないかって。……っと、すいません、思ったままにベラベラと喋っちゃいましたけど、伝わりますかね?」
長く語り過ぎたか、と少し後悔しながら藍沢先輩に問いかける。
それを受けて藍沢先輩は腕を組みながら少し考えた様子を見せて。
「……うーん、恋愛経験の無い私には少し難しい話だと思ったのが正直なところだ。でも言ってくれてることはなんとなくだが正しいように思えたよ。だから七海クン、今回の話は無かったことにしてくれ。いや、変なお願いをしてすまなかった」
「ありがとうございます。変な話をしちゃったのは俺もですし、今回はお役に立てそうになくてすみません。でも藍沢先輩が大変な状況にあるってのはわかったんで、他に俺に手伝えそうなことがあればまた言ってください」
「ああ、そう言ってもらえて助かるよ。こちらこそ、今日は本当にありがとうな」
お互いにそう告げて、藍沢先輩と別れて俺は帰路に着いた。
……まさか、藍沢先輩みたいな人が偽彼氏なんてものを提案してくるとは意外だった。
俺の言いたかったことは言えたと思うが、正直うまく説明できたかどうかわからないし、伝わっているかどうかわからない。こういうのって言葉にするの難しいんだよな。
もっと良い言い方があったかもしれないとか、変な話をしてしまったとか、少し反省してしまうのだった。
◆◇
それからしばらく経った頃。
昼休みに中庭で柊斗と昼飯を食っていたら、彼が少し興奮した様子で話を切り出した。
「なぁ、光。そういえばあの話知ってるか?」
「ん?あの話って?」
「藍沢会長のことだよ。オレもさっき知ったんだけどな」
「藍沢先輩?いや、俺は特に何も知らないが。どうかしたのか?」
「——藍沢会長さ、ついに彼氏ができたらしいんだよ」
「え?マジか」
「ああ、相手は三年生の先輩らしいんだけど、それがすごい意外な人らしくてさ」
「意外な人?」
「オレも全然知らない人なんだけどよ、とにかく目立たない人なんだって。見たことない先輩にこう言うのもアレなんだけど、どっちかって言うと陰キャ寄りで、明らかに藍沢会長と釣り合ってないらしい」
「へぇ。まぁでも人は見た目じゃないしな。中身とかで好きになったんじゃないか?」
「それもよくわかんないんだとか。そのお相手は普段友達も少なくて、どんな人かってのもみんなよく知らないらしい。だから藍沢会長がなんでその人を選んだのかマジで謎なんだと」
「藍沢先輩はどう言ってるんだ?」
「藍沢会長は自分の方から付き合ってほしくて告白したって言ってるみたいだな。でもやっぱり客観的に見てもおかしいから、何か事情があるんじゃないかってみんな勘繰ってるんだ」
「うーん、そんな高校生の恋愛に事情なんてあるか?」
「そうだな……例えば付き合ったフリしてるとか、藍沢会長が弱み握られて脅されてるとか?まぁオレもそのお相手先輩を見たこともないからわかんないんだけど、それくらい不自然な二人なんだってよ」
「……なるほどな。でもあんまり変な勘ぐりするのも二人に迷惑だろうし、放っておいてあげるのが一番じゃないか」
「まぁそうだけどさ。それでもやっぱり高校生は他人の恋愛を野次馬したくはなっちゃうんだよ。特に今回のカップルは『美人生徒会長と目立たない陰キャが付き合いました!』なんていう、どこのラノベだよって展開だし」
「たしかに、話題性はあるよな」
そんな会話をしながら弁当を食い終えて教室に戻ると、そこでも藍沢先輩カップルの話題で持ち切りになっていた。
噂が広まるペースがかなり早いようだが、どうも藍沢先輩本人が隠してる様子もなく、それどころか周りに言いふらしている節もあるらしい。
つい先日、俺に偽彼氏をお願いされていただけに、どうしても嫌な予感がよぎってしまう。
藍沢先輩がちゃんと想い合える相手を見つけたのであれば、それでいいのだが。
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