第11話 藍沢瑠璃①
私はこれまで恋愛とは無縁の人生を送ってきた。
実家が剣道の道場を構えていて、伝統を重んじる厳格な家庭で育ったこともあり、恋愛イベントのようなものと縁遠かったのも原因の一つだろう。
両親から恋愛に関してうるさく言われたことなどはないのだが、小学生の時は剣道をやらされていたし、中学生からは剣道は辞めたものの生徒会活動などに精を入れるようになったこともあり、恋愛などに割ける時間も無かったのだ。
ただそれを苦に思うようなことはなかったし、むしろ生徒会活動などはやりがいを感じていたし、交友関係にも恵まれているし、この学校生活には大変満足していると言える。
それなのに、私は男子から恋愛感情を持たれることが多かった。
生徒会長という人前に出がちな役職に就いている以上、身だしなみには気を付けていたし、元々の容姿に恵まれていたこともあり、それらがある意味裏目にも出たとも言えるのかしれない。
しかし私は誰かに対して恋愛感情を持ったこともないから、それに応えるということもなかった。
それでも私に対して告白する男子は跡を絶たず、私は悪くないはずなのに断る度に申し訳ない気持ちにもなってしまう。
それがここ最近の私の大きな悩みだった。
「はぁ……」
「どうしたの瑠璃?ため息なんかついちゃって」
「なんか悩みでもあるー?」
今は友人たちと昼休みに食事中。
そういえば彼女たちは全員彼氏がいるか、過去に彼氏がいたことがあるらしい。
これまで恋愛をしてこなかった私にとって、恋愛というのは本当に未知の領域だ。
普段はあまりこういった話はしないのだが、少し参っていたこともあり、彼女たちに恋愛相談してみることにした。
「いや、ここ最近男子たちからの告白が過熱しててな……」
「あー、さすが瑠璃だね」
「え〜、何?モテ自慢?」
「いやいや、そういうわけじゃないんだ。好意を抱いてもらって告白されること自体はありがたいんだが……正直、ここまでの数になると……断るのにもエネルギー使うしな……」
「あー……たしかに。あたしも告白断ったことあるけど、なんか罪悪感あるもんね」
「モテ女にはモテ女なりの悩みがあるってわけね」
「言い方はアレだが……まぁそうなるのかもしれないな。どうにかできればいいのだが……人の恋心をコントロールなんてできないから難しい」
「えー、そんなの簡単じゃん」
「え?簡単?」
「瑠璃が彼氏を作れば良いんだよ」
「そうそう、そしたら誰も寄り付かなくなるし」
「え、私には好きな人なんていないからそれは無理だろう。そんな隠れ蓑的に告白するというのもできないし」
「いやいや、彼氏作るとかもっと気楽に考えていいと思うけどね」
「そうそう、瑠璃はお堅すぎだよー」
「そ、そうなのか……?そういうものなのか?」
「んー、じゃあさ、瑠璃の好みの男子ってどういう人なの?」
「好みの男子……?そんなの、これまで考えたことも無かったな」
「マジ?じゃあ強いて言うなら!どんな人と一緒にいたいとかも無いの?」
「うーん………………あぁ、そうだな。完全に思いつきだが、強いて言うなら『尊敬できる人』だろうか。一緒にいてお互い成長できるような間柄の人がいいかもしれない」
「へー、なんか瑠璃らしい答えで納得」
「いやいや、でもさ、瑠璃レベルで尊敬できる人なんてそうそういなくない?ほとんどの男子がリタイアしちゃうよ」
「そ、そうなのか……?」
「そうだよ。容姿端麗、勉強も学年トップ、運動神経抜群、生徒会長でバリバリ仕事もできる……こんな完璧超人に尊敬される男子なんて、ねぇ……?」
「じゃあもうさ、告ってきた男子の中からちょっとでもイイと思ったら付き合ってみたら?」
「えぇ……?さすがにそれはどうなんだろうか……?」
「だってさ、付き合ってみたら好きになっちゃったみたいなことだってよくあるんだよ。それにあたしの今の彼氏も、最初は『ちょっと良いな』くらいで付き合ったけど、実際に付き合ってみたらちゃんと好きになったし。今じゃこの人以外居ないって感じだもんねー」
「なるほど、そういうパターンもあるのか……それは考えてもいなかったな」
「だからとりあえずさ、お試し感覚でもいいからとりあえず付き合っちゃえばいいじゃん。高校生の恋愛なんて長続きする方が珍しいんだし」
「うーん……しかし、やっぱり私は付き合うなら私の価値観では結婚前提になってしまうな。結婚しないのに付き合うなんて意味がなくないか?」
「おぉ、瑠璃って結構重いんだねー」
「お、重い……?のか?それが普通じゃないのか?」
「今時にしては珍しいんじゃない?やっぱお家が厳しいからかな?」
「たしかに私の家は他よりも厳しいとは思うが……恋愛に関しては特に制限されていたりすることはないから、家のせいではないと思うな」
「へー、そっか。じゃあ尚更恋愛してみればいいのに」
「何事も経験だってー」
「そうは言っても……やっぱり抵抗感があるのが正直なところ……かな」
私としては、そんな簡単に人と付き合うなんて方が信じられない、というのが今までの感覚だった。
だから彼女たちの言うことに抵抗感があるのは間違いない。
しかし、恋愛経験がある彼女たちにこうまで言われてしまうと、「その方が正しいのではないか?恋愛経験がない私の意見は間違ってるのではないか?」という考えに囚われて揺らいでしまうになる。
「んー……じゃーさ、もう付き合ってるフリとかすればいいんじゃない?」
「フリ?」
「そうそう、なんか最近よく聞くじゃん。偽彼氏ってやつだよ」
「彼氏に偽物なんてあるのか……?それは好きでもないのに付き合うのと同じで、相手にも悪いだろう」
「いやいや、お互い事前に合意しとけばいいじゃん。先に瑠璃の事情を説明しといてさ、高校卒業したら別れたことにすればいいんだし」
「な……なるほど?」
最初に聞いた瞬間はそんな提案呑めるものかなどと考えていたのだが、彼女たちの話をずっと聞いてる内に、実は良い案なんじゃないかと思い直した。
場の空気感や流れもあったのだろうが、好きでもないのに隠れ蓑的な目的で好意を受け入れたりするのと比べれば抵抗感が少ないのはたしかだ。
「ふーむ……それはアリかもしれないな……」
「お!いいじゃんいいじゃん、瑠璃もいい加減作っちゃいなよ彼氏」
「いやいや、あくまで偽彼氏な。さすがに付き合う時には事情を説明するぞ」
「でもそんな都合のいい人いる?」
「瑠璃は誰か心当たりあるの?」
「心当たりか……うーん…………あ」
「お、誰か思いついた?」
偽とはいえ、彼氏にするという前提で、私が知っている男子の中で真っ先に思い浮かんだ人物。
七海光。
委員会活動などで話すようになった仲の、一個下の後輩男子だ。
最初に彼を見た印象は、大変申し訳ないことに実は覚えていない。そのくらい私の中で彼は地味なイメージだった。
しかし時間が経つにつれて、私の中で彼の存在感はどんどんと大きくなっていくのを感じた。
クラス委員長にはじゃんけんで負けたのがきっかけで選ばれたらしく、決してガンガン前に出てくるようなタイプではないのだが、彼の発言にはどこか納得させられてしまうような不思議な力がある。
委員会活動の中で何かちょっとしたトラブルがあれば、フラッと顔を出して、サラッと何事も無かったかのように解決していく。
私はそんな彼の問題解決能力を高く評価している。
つい先日だって、私だけでは到底解決できそうになかった問題を、AIという最先端技術を使って事も無げに解決してくれた。
また、彼のそんな博識さを支えているのは、交友関係の広さだとも言う。
彼の周囲にはいつも誰かがいて、男女問わず友人が多いように見える。
学生の間には、いわゆるクラスカーストと呼ばれる暗黙の了解があるものだと思うが、彼に関してはそれを全く思わせないくらい様々な人と絡んでいる姿を見せてくれる。
廊下などで彼の姿を見つけると、いつも違う人と話していて、「その繋がりもあったのか?」と何度思わされたかわからない。
彼は会話もうまいし、相手が気持ちよく話せるポイントを知っているように思う。
それで相手の良いところや知識を引き出して、それも自身のものとして吸収しているんだろう。
そんな性分のおかげなのか、彼は学業の成績も非常に優秀だと聞く。
常に学年10位以内はキープしているというし、周囲の友人によく勉強を教えたりもしているらしい。
運動面に関しては部活に所属しておらず苦手だとも言っていたのだが、半袖の体操服姿を見た時は意外に筋肉がついているのを見て驚いた記憶がある。
何もしなければあんな風にはならないだろうし、恐らく自身で筋トレなどを続けているのではないだろうか。
また、身だしなみに関してもかなりキッチリしていて、制服にはシワやホコリ、黄ばみなどがいつも付いておらず、彼の周囲はいつもフワッといい香りが漂っていて、非常に清潔感がある。
そういった点からも彼は影での努力を怠らない人間であることが伺えるだろう。
そして彼はそれを決してひけらかすことはない。
自身のその能力の高さを以て奢り高ぶるようなこともないし、無知な者に対して尊大な態度を取ることがないのも大変好印象だ。
なので私もついつい彼には頼ってしまうし、それに応えてくれる彼をとても信頼している。
これまで見てきた男子とは全く異なるタイプだというのはずっと感じていたことだった。
私が今「尊敬できる男子を挙げろ」と言われたら、真っ先に彼の名前を出すことになるだろう。
だから私は七海クンが偽彼氏の候補として思い当たったのだが、それ以外にももう一つ、彼が偽彼氏として適任かもしれないという大きな理由がある。
それは、彼はモテているのになぜか恋人を作る様子がないということだ。
色恋沙汰にはあまり興味の無い私でも、周囲の恋愛事情というのは嫌でも耳に入ってくる。
そしてその中で「二年生でモテている男子がいる」といった内容を聞く機会は多かった。
よくよく聞いてみれば、その人物はまさかの七海クンだと言うではないか。
彼に対して非常に申し訳ないのだが、ルックスだけなら一見してみると飛び抜けてモテるようには見えないし、目立つ男子は他にたくさん思い当たる。
実際七海クンは三年生女子からの人気はそれほどでもないし、噂を聞いて彼を見に行った女子からは「思っていたのと違った」だとか「意外と普通」と評価されているのが常だ。それに彼は部活動にも入っておらず他の学年と交流する機会も少ないから、認識すらしていない三年生女子も多いだろう。
しかし、彼は同学年の女子からの人気は異様に高く、これまで何人かの女子にも告白されてきているらしい。
これらの一連の話を聞いて私は、一定の納得感を持ってしまった。
彼の良さは決してパッと見でわかるようなものではない。しかし一度関わりを持ってしまえば、その魅力というのを思う存分知らされることになるからだ。
だから七海クンには同学年に多くの隠れファンがいるようなのだが、不思議なことに彼はこれまでの告白を全て断っているという。
そしてその告白の様子などを聞いても、全く意に介すようなこともないのだとも。
二年生の中でも特に目立つような女子、例えば黄瀬陽葵、赤羽楓、緑川葉月、白河菫といった女子が攻略候補として挙げられるほどになっており、彼女たちとも交流が深いようなのだが、そんな魅力的な女子たちでも彼に届く様子はないそうだ。
そんな噂がエスカレートしていった結果なのか、今ではその攻略難易度はあの青島水澪と比べられるほどになっているのだという。
それを聞いたときにはさすがに大袈裟だと思ったが、よくよく彼のことを思い出していけば、たしかにそれだけの魅力があるかもしれないと思わされるのが、彼の本当にすごいところだと思う。
だからこそ私は、「七海クンは彼女を作らない事情があるのではないか?」と考えた。
彼だって告白を断るのには苦労を強いられているはず。
ならば私と利害関係は一致しているし、偽恋人の関係になることで、お互いの利益になるのではないかと思い至ったのだ。
そうであれば恋人役を受け入れてもらえる可能性もある。
考えれば考えるほど、魅力的な内容に思えてきてしまった。
「そうだな……一人だけ偽彼氏に適任そうな男子がいるかもしれない」
「えー?誰だれ?」
「いや、とりあえず今は言わないでおくよ。断られたら相手に迷惑だからね」
「えー、瑠璃が選ぶ男ってどんな人か知りたかったなー」
「まぁ成功すればわかるでしょ。偽彼氏の話、受けてもらえるといいねー」
「あぁ……とりあえず今度その男子に話してみるよ」
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