第10話 生徒会長
「七海クン、帰るところだったのにごめんね」
「いえいえ、今日は時間あるんで大丈夫ですよ、ちなみにご用件は何でしょう?」
「あぁ、ちょっとこれを見て欲しいんだが……」
そう言って彼女が俺に見せたのは、表計算ソフトが開かれているノートパソコンの画面だった。
「実はこのソフトで今体育祭に関する情報をプリントから集計してるんだが……どうも私はこういったデジタルなものに疎くてな。いつもは詳しいメンバーに任せてるんだが、その子が今いない上に、これは期限的に今日中に作っておきたいんだ」
「ああ、そうだったんですね。それで俺に見て欲しいって感じですかね?」
「その通りだ。外部の人間に頼むのは忍びないんだが……もし知ってたらというレベルでいいから、何かあれば教えて欲しい」
「全然いいですよ……なるほど、手打ち入力されたデータを集計していくって感じなんですね」
「そう。しかし私にはこのソフトの使い方もわからないし、集計するのも電卓でやろうかと思っていたんだ。けど……」
「それだと下校時刻には絶対に終わらないですね……」
「そうなんだよ……だからちょっと残ってでもやろうかと思ってたんだが、七海クンはこういうの詳しかったよな?だから何か良い方法がないかと思ってな……」
「んー……これは関数だとちょっと面倒そうだし……ちょっと待ってくださいね……うん、これなら大丈夫そうかな。藍沢先輩、なんか生徒会で持ってて受信できるメールアドレスとかあったりしますかね?セキュリティ的に問題ないやつで」
「私が権限を持ってるSNSアカウントならあるが……それは使えるか?」
「あ、それで大丈夫だと思います。今からメッセージで俺からテキスト送るんで、それを俺が指示する通りに貼り付けてほしいんです」
「ああわかった。——ん、これは?アルファベットと記号の羅列で暗号みたいな……英文でもないし……」
「ええ、これはこの表計算ソフトで使えるプログラミング言語って感じですね。じゃあこのテキストを、表計算ソフトのメニューから開いたこの画面で貼り付けてみてください」
「なるほど、プログラミングか。それは私にも読めないはずだ。——うん、これでいいかな?」
「ありがとうございます。——はい、じゃあこれでここの実行ボタンを押してみてください」
「ああ、わかった。……おお!?一瞬でデータが埋まったぞ!?」
「おお、うまくいったみたいですね、良かった」
「いや、これはすごいな……一体何をしたんだ?今七海クンはちょっとスマホを弄ってただけのように見えたんだが……プログラミングって手元でこんな一瞬で作れるようなものなのか?」
「ああ、これはAIに聞いただけですよ」
「え、えーあい?」
「はい、最近流行ってるんですけど、チャット型のAIですね。自分がやりたいことをそのまま質問すれば人間みたいに返答してくれるんですよ」
「そういえばニュースで聞いたことがあるな。実際に使ってるところを見たのは初めてだ」
「このAIって本当にすごくて、さっきみたいに自分がやりたい処理を聞けばそのままプログラムコードを出力してくれるんで、そのまま藍沢先輩に送信しただけですね」
「ほー、AIはプログラミングまでやってくれるんだな。そんなの初めて知ったし、周囲でそんなことを言ってる人も見たことがなかったよ。……しかしこういう知識は、七海クンはどこで学んだんだ?」
「このAIに関しては、一年生の時友人に教えてもらいました。こういうのがすごい好きなヤツがいて、色々話を聞かせてもらってから、自分でも色々試して勉強した感じです」
「なるほど。君は友人が多いからその恩恵もあるんだな。しかしこんなに簡単で便利なら、私も使ってみたいな。これって私でもすぐに使えるものなのか?」
「はい、アカウント作れば無料で使えますよ。ただ使い方によっては結構危なかったりするんで、色々注意が必要だと思います」
「ほう?危ないとは?」
「ええ、このAIって質問によっては結構間違ったことを回答しちゃうことがあるんですよ。今回みたいなプログラミングは特になんですけど、変なコードを全部鵜呑みにして実行しちゃったら、データぶっ壊れちゃったりとかもっとすごいことが起きかねないので。ある程度回答を精査できるようにならないと結構危ないんです」
「おお……それは怖いな……私はプログラミングなんてできないからそういう使い方は辞めたほうがいいってことか」
「うーん、そうですね……たしかに何も判断できないうちはその方が無難だと思います。俺はこの言語だったらある程度読めるんで大丈夫って判断できましたし。あとは今回の集計って一回限りで今後使わないだろうとか、セキュリティ的にも問題なさそうとか、そういうのも考慮したうえで使いましたね」
「な、なるほど……本当に色々考えてくれてたんだな。ある程度プログラミングが読めるって言うが、君はこういう方面も元々勉強してるのか?」
「そうですね。なんとなく将来はこういうデジタルを活かせる職に就きたいと思ってるんで、時間がある時に勉強したりはしてます。と言っても隙間の時間にやったりするくらいですけど」
「いや、大変立派なことだよ。高校生で将来の方向性を見据えてる人も少ないだろうに、しかもそれに向かって既に勉強しているなんて、本当に大したものだ」
「いやー、藍沢先輩にそこまで言われるのは畏れ多いですけど嬉しいですね」
「いやいや、とんでもない。やはり君は生徒会に欲しい人材だな。つくづくもったいないと思うよ」
「そう言っていただけるのは嬉しいんですけどね……家の事情とかあるんで残念ながら……」
「そう言われてしまうと弱いなぁ……いや、こうなったら生徒会長としての強権を発動してでも……」
「え゛、そ、そんなのあるんですか……!?」
「あはは、冗談だよ、そんなものあるわけないだろう。たかが高校の生徒会なんぞに大した権力なんてないからね。生徒会長ジョークさ」
「で、ですよねー……一瞬真に受けちゃいました。ていうか今の生徒会には優秀な人いっぱいいますし、俺なんていなくても大丈夫ですよ」
「まぁたしかに、現状すでにうまく回っているんだけどな。もうちょっと先の話だが、恐らく次期会長も水澪クンで安泰だろうし」
「あ、次の生徒会長はもう青島なんですね」
「いや、完全に決まってるわけではないよ。だが能力や周囲からの評判などを考えでも恐らく彼女になるだろう」
「そうですね、俺は本人とほぼ関わりないんですけど、青島が生徒会長は客観的にもかなり納得感強い気がします」
「ただ彼女も彼女で苦労してるみたいだがな……」
「あー……俺も周りでの評判聞いてるとそんな感じありますね……」
「だからこそ君みたいな人が生徒会にいてくれれば……っと、これ以上はしつこくなってしまうな、忘れてくれ。それにこんな遅くまで引き止めてしまってすまない。今日は本当に助かったよ、ありがとう」
そう言うと藍沢先輩は俺に向かって深々と頭を下げた。
誰からも信頼される生徒会長という立場でありながら、こういった時には俺のような目下の者にもちゃんと頭を下げることができる。彼女がここまで周囲から信頼を得ている理由が垣間見えた気がする。
「いえいえ、お役に立てたようで何よりです。俺に手伝える範囲のことだったらまたいつでも言ってください。俺も藍沢先輩や生徒会の人たちにはお世話になってるんで」
「ああ、そう言ってくれるとこちらも嬉しいよ。改めて今日は本当にありがとうな」
そうして俺は生徒会室を後にした。
思っていたよりも長く居残りすることになってしまったが、やはり人助けをした後は気分がいい。
時間的に父親が帰るまでにご飯が間に合うか微妙だったので、一言だけ父にメッセージを入れながら、夕日差し込む校舎を一人歩き始めた。
◆◇
体育祭が今週末に近づいてきたということで、実行委員である俺と赤羽は準備の手伝い中。
石灰でラインを引いたり、テントを組み立てたり、機材を整えたり。
「コレ重いから俺が持ってくよ」
「アタシも手伝うわ」
「さんきゅ。あ、でもあっちの細かいモノがまだ片付いてないから、先にそっちを手分けしてやった方が早く終わりそうだし、赤羽お願いできるか?」
「あぁ、それもそうね。じゃアタシあっちやっとくわね」
「おう、よろしく」
こんな感じで分担しながら作業し、キリのいいところで全体点呼して解散。
あとは帰るだけ——と、いうところで、隠れて見えにくい場所に片付け忘れていた荷物があるのを見つけた。
しょうがない。面倒だが片付けておくか。
そうして一人で裏の体育倉庫に荷物を持っていく途中。
校舎裏に差し掛かったところで、誰かが会話している声が聞こえてきた。
それは男女の声で、思わず反応して身を潜める。
「——藍沢、急に呼び出してごめん」
「ああ、構わないよ。何の用だったかな?」
「……おれさ、ずっと藍沢のことが好きだったんだよ。だから、良かったらおれと付き合ってくれないか?」
……おぉ、これは。
藍沢先輩と、その相手は恐らく三年生の男子生徒のようだ。
他人の告白シーンに出会ったのは生まれて初めてだった。
さすがにこの現場に姿を出すわけにもいかず、かと言って動くと足音など聞かれそうなので、盗み聞きみたいな形になって申し訳ないが、このままいさせてもらおう。
「……ありがとう。——だけどすまないが、その気持ちには応えられない」
「っ……理由を聞いてもいいか?」
「そうだな、単純に君のことをそういう目で見たことがないというのもあるんだが、今私は生徒会長という立場で忙しくさせてもらってるし、これから受験も本格化する。だから恋愛に時間を割いてる暇がないってのが一番の理由だ」
「そっか……そうだよな。おれとしては最後の一年をお前と恋人として過ごせたらって思ったけど……すまん、こんなこと言って。話聞いてくれてありがとな」
そう言って、男子の方はその場から立ち去っていった。
険悪な空気にはならず、ひとまず安堵といったところか。
藍沢先輩は少しの間その場に立ったままで、ため息を一つついて。
それからスタスタと歩き去った。
……藍沢先輩は異性からの告白が多いとは聞いていた。
柊斗からの情報なのだが、一個上の三年生は俺たちの学年のように女子の人気が分散しているということがなく、藍沢先輩一人に人気が集中しているとのことで、その告白の数はとんでもないことになっているんだとか。
それによる苦悩も、きっと彼女にはあるのだろう。
とはいえ、そこに関しては俺も役に立てそうもない。
藍沢先輩の姿が見えなくなったのを確認して、俺は体育倉庫に向けて再び歩き出した。
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