体育祭 編

第09話 体育祭

 黄瀬に告白されてから少し時間が経ち、一学期の中盤に差し掛かった頃。


 我が校ではこの時期に体育祭が開催される。


 新学年になって初めての学校行事ということで、クラスメイトたちとの結束を深めるという意味でも重要なイベントだ。


 そして現在、クラスメイトたちがそれぞれ出場する種目をHRで決めようとしているところである。


 司会進行役はクラス委員長である俺と赤羽。


 うちの学校では、体育祭や文化祭といったイベントの実行委員は基本的にクラス委員長が兼任するようになっている。


 クラス委員長の仕事なんてたまに行われるHRの進行をしたり、数ヶ月に一回くらいの集まりに出席するくらいだからな。


 改めてイベントの実行委員を選出する手間を掛けるよりも、委員長が兼任したほうが良いということでこのような慣例になっているようだ。


 たがそうなると一人だけでは負担が大きく、各クラスで男女一人ずつ委員長を選出するようにもなっているため、このクラスでは俺と赤羽が務めている。


 一年生の時にもこの組み合わせで、その際にはじゃんけんで負けて選出されただけだったのだが、今年は完全に流れで任されてしまった。


「委員長なんてお前しかいないだろ」みたいにクラス中から言われてちょっとだけ、ほんのちょっとだけ浮かれてしまった俺は、なかなかチョロいのかもしれない。


 赤羽に関してはどうかわからないが、去年から俺と赤羽はクラス委員長としてセットみたいに扱われていたし、彼女も流されるままに引き受けてしまったんだろう。


「はい、ではこれから各種目の分担を決めていこうと思います」


 そんな赤羽が教壇に立ち、クラスメイト達に呼びかけた。


 基本的に進行は赤羽が進めて、俺が板書やサポートなどするスタイル。


 一年生の頃からずっと二人でクラス委員長を務めていたし、阿吽の呼吸とまではいかないだろうが言葉を交わすことなくそれぞれ役割につく。


「事前にアンケート取らせてもらったけど、それで人数が溢れた競技から希望を募りながら細かいところを決めていくわね」


 うちの高校の種目は、借り物競走・障害物競走・二人三脚・綱引き・玉入れ・クラス対抗リレー・ダンス&応援合戦・騎馬戦などなど、目新しいものは特にない、一般的な体育祭だ。


 賞品などもないので勝利したとしても得られるのはその喜びだけ。ただそれを目指してクラス一致団結するというのも学生のうちにしか味わえない、体育祭の醍醐味だろう。


 俺は運動に関してはあまり得意ではないので、団体競技などでお茶を濁しながら影に隠れて足を引っ張らないよう頑張るだけだ。


 アンケートの結果は俺が黒板にチョークで書き終えてある。


「……さて、アンケートの結果はこんな感じ。見たところ、借り物競走とか二人三脚が少ないから、ちょっと他の競技から移ってもらおうかしら。移動希望者はいますか?」


「あー、あたし移ってもいいよー」


「拙者も移動して構わないでござる」


「はい、二人とも協力ありがとね。じゃあこの調子で進めていって、あとは運動部のメンバーのバランスとか見ていきましょうか」


 ありがたいことに、俺が所属している2-6は新学期になってからまだ日が経ってないにも関わらず男女問わず全員が仲良くて、誰もが発言しやすい雰囲気になっている。


 クラスによっては生徒だけでのHRでも発言しにくい雰囲気になったりするのだが、このクラスはそのようなことがないので委員長という立場からしてもかなり助かっている。


 また、赤羽も委員長という立場が板についてきたようで、話し合いの進行も淀みない。



 そんなこんなで種目と出場者が決定。


 集計結果は生徒会側で集めるとのことだったので、俺と赤羽は放課後に残って集計結果を提出しに行く。


「よし、じゃあ生徒会室行こうか」


「あ、そっちアタシが持つわよ」


「お、さんきゅ。割とすんなり決まって良かったな」


「ええ、去年のクラスも楽しかったけど、今年も楽しくなりそうで嬉しいわね」


「だな。ちなみに、赤羽って体育祭はどの競技に出るんだっけ?」


「アタシは玉入れとか綱引きとか借り物競争とか、できるだけ足の速さが影響しない競技にさせてもらったわ。手芸部に運動は荷が重いわよ」


「なるほどな。ていうか今更だけど、赤羽が手芸部ってのもなんか意外だよな」


「む?アタシには手芸部みたいな女らしい部活は似合わないってこと?」


「そ、そんなこと言ってないって!なんか赤羽ってしっかり者で明るくて社交的だしさ、どっちかって言うとチーム組むような運動部が似合いそうだなーって思ってたんだよ」


「ふーん、モノは言いようって感じね。まぁいいわ、今はそれで許してあげましょう」


「ははー、御慈悲に感謝します」


「ふふ、調子良いんだから。そう言う七海は何に出るの?」


「俺も赤羽と似たような感じだよ。玉入れとか応援合戦とか。帰宅部だって運動はそんな得意じゃないからな」


「あー、そっか。七海も意外と運動できる感じじゃないのよね。なんか七海って何でもそつなくこなせるイメージがあるから忘れてたわ」


「さすがにそんなことはないって。運動音痴とまではいかないと思うけど、まぁよくて普通ってところだと思う」


「へー、そう。七海も人間らしいところがあるって思うと安心するわね」


「俺のこと何だと思ってるの?」


「んー……冷徹万能コミュ強ガリ勉マシーン?」


「ハチャメチャ過ぎるだろ。さっきの慈悲はどこ行ったんですかね?」


 俺がそう言うと赤羽はクスクスと笑っている。満足してもらえているようで何よりだ。



 そうやって赤羽と二人廊下で談笑しながら歩いていると。


「あ!七海せんぱーい!!」


 後方から俺を呼ぶ大きな声。


 それに振り返ると、タタッと小さな後輩が駆け寄ってきた。


「おう、橙山。お疲れ。そんな大きな声出さなくても聞こえるぞ」


「えへへ、元気いっぱいでいいでしょ!」


「それは良いことだけどな。俺がちょっと恥ずかしいの」


「えー、こんな美少女に呼ばれてるんだから、そのくらい我慢してくださいよー。……って、あ!楓先輩もご一緒だったんですね!お疲れ様です!」


「ええ、お疲れ様。七海のついででごめんなさいねー?」


「つつつ、ついでだなんてそんなそんな!!当然気付いてましたって〜」


「あれ?橙山と赤羽って知り合いなんだっけ?」


「そりゃもちろん。だって柑奈は手芸部の後輩だし」


「へー、橙山って手芸部に入ったのか」


「はい!ボクは手芸部のエースですよ!」


「手芸部にエースってあるのか?」


「アタシは初めて聞いたわ」


「ボクが史上初のエースですからね」


「そうなのか。しかしこれまた意外だなー。橙山も運動部っぽい雰囲気だと思ってたから」


「あー、それで言うと中学校のときはバスケやってましたよ。でももう運動部はいいかなーって思っちゃって。それでユルい部活に入ろうと思った次第なのです」


「そうね、うちの学校の手芸部は超ユルいから」


「厳しい手芸部ってのも想像つかないけどな。実際はどんな活動してるんだ?」


「基本的に部室でお菓子食べながら駄弁るだけよ。あとは定例会でそれぞれの制作物を持ち寄ったりとか。あ、文化祭シーズンは衣装とか色々手伝ったりするから結構忙しいかもね」


「ああ、そういえば去年の文化祭は赤羽も忙しそうにしてたっけ。じゃあ橙山もその時期は活躍しまくりだな」


「ボクはお裁縫全然できないんで、それまでに勉強する予定です!」


「エースじゃなかったのかよ」


「心意気だけはありますから!」


「それなら俺でもエースになれるってこと?」


「先輩にはその心意気が無いのでムリです!」


「どんな根拠で言われてるの?」


「アハハ。手芸部は今女子しかいないけど、過去には男子がいなかったわけでもないし、七海も入部してエース目指してみる?」


「いやー、それはさすがに辞めとくわ……二年生になってから入るのもそうだし、色々とハードルが高すぎるぜ」


「ま、そうよね。……あ、でも手芸部のエースって言うなら、多分葉月が一番じゃないかしら」


「あー、そういえば緑川も手芸部だったか」


「そうそう!葉月先輩の腕前めっちゃすごいんですよ!この前作ってた衣装とかボク感動しちゃいましたよ〜」


「もはや史上初のエースって話はなんだったんだよ」


「えへへ。でもそういえば、七海先輩ってたしか葉月先輩ともお知り合いですよね?知ってる人多いから七海先輩なら手芸部入りやすいでしょ!」


「まぁな。でも緑川とは高校になってから一回も話してないし疎遠だからなぁ」


「あれ?そうなんですか?そんなの葉月先輩きっと寂しがってますよー。話しかけてあげればいいのに」


「ああ、機会があればな。でもやっぱり、俺には手芸部は無理だよ。そもそも裁縫すっげぇ苦手だし」


「むー、それは残念です」




 ◆◇




 そうやってやいのやいの話してると、いつの間にか生徒会室の前に到着していた。


「あ、じゃあボクはこれで失礼します。楓先輩、先に部室行ってますねー」


「ええ、じゃまた後でね」


「おう、じゃあなー」


 その場で橙山と別れ、俺と赤羽は生徒会室の扉をノックしてから中へと入っていった。


「「失礼しまーす」」


「お、七海クンに楓クンじゃないか。いらっしゃい」


 生徒会室には、生徒会長である藍沢先輩が一人だけだった。


「あれ、今日は瑠璃会長お一人ですか?」


「ああ、そうだね。他のメンバーは今外に出てたり、部活だったりでいないよ」


「あー、じゃあ今日は水澪いないんですねー。残念」


「赤羽って青島とも知り合いなのか?顔広いな」


「水澪とは中学が一緒だったのよ。今でも顔合わせたらたまに話すわ」


「楓クンは水澪クンに何か用だったかな?」


「あ、いえ。単にいるかなーってだけでした。あの子見ると目の保養になるので」


「女子が女子を見て目の保養なのか?」


「当たり前でしょ!あれだけの美少女、なっかなかお目にかかれないんだから!視界に入れる時間が多ければ多いほど健康にいいのよ!」


「熱入り過ぎで鼻息フゴフゴ言ってるし。ただの厄介ファンみたいになってるぞ」


「はは、しかし私から見ても水澪クンは美しさのレベルが違う気がするよ。残念ながら彼女は不在だから、今日のところは私で我慢してくれ」


「我慢だなんてそんな!瑠璃会長もアタシの目の保養対象なんで、存分に拝ませていただきます!」


「赤羽って普段しっかりしてるのに、たまに変になるよな」


「美少女に目が無いだけよ」


「それが変だっつーの」


「ははは。やっぱり二人は仲が良いね。そういえば用件は何だったかな?」


「ああ、すみません。体育祭の出場競技の集計してきたんで持ってきました」


「お、ありがとう、受け取るよ。ちなみにどうかな?君たちのクラスは。体育祭で勝てそうかい?」


「んー、どうでしょう。正直ちょっと運動部メンバーの頭数が足りないんでそこが不安要素ですけど、俺達のクラスは仲が良いからそこでカバーする感じですかね」


「おお、それはいいね。団結力も特に大事だし、そんなクラスが運動部だらけのクラスに勝つのも見てみたいな。期待してるよ」


「はは、たしかにそれは爽快感ありそうですね。期待に応えられるよう頑張りますよ」


 そして俺達は用を終え、生徒会室を後にする。


 赤羽は部活に向かうとのことだったのでその場で別れて、俺は帰るために玄関に向かう——


 ——と、その時。


「あ、すまん七海クン、ちょっといいかな?」


 生徒会室の扉から顔を出した藍沢先輩に声を掛けられた。


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