第08話 黄瀬陽葵②

 ウチが思いついた作戦は、ナナミンの嫉妬を煽ることだった。


 ウチがカエデとナナミンがデートしている姿を想像したら焦りを感じたので、それを逆手に取れば効果あるんじゃないか!?なんて思ったのだ。


 だから中学の時の男友達を誘って、一緒にいるところをナナミンに見せつけることにした。


 そいつはウチに告白してきたようなこともないし変な視線を向けてきたこともないし、安全でいい男友達だと思ってる。


 同じ高校の男子とかだとさすがに色々面倒そうだし、人選としてもちょうどいいと考えた。


 ウチは結構モテるんだし、ナナミンが焦ってくれたら何かしらのアクションをしてくれるかもしれない。


 そんな期待を抱えながら、中学生の時によく話していた男子に連絡する。


「もしもーし、黄瀬さん?急にどうしたん?」


「あ、あのさ、お願いがあるんだけど」


「え、お願い?」


「うん、GWに遊びに行きたいんだけど、空いてる?」


「……それって二人で、ってこと?」


「そうそう、二人で。どう?」


「おう。全然大丈夫だけど」


「さんきゅー!あ、それでね、その前に知っておいてほしいことがあるのね」


「ん?何だ?」


「実はさ、今ウチさ、付き合いたい男子がいるんよ」


「…………へー、そうなんだ。で?」


「その男子がさ、全然ウチに振り向いてくれんくてさ。だから他の男子といるとこ見せつけよっかなーって。だから協力してほしいの」


「あー、嫉妬を煽るってことか。でもそれってうまくいくんか?」


「んー、わかんない!でもとりあえずやってみて反応見よっかなーって」


「ふーん。……あーあ、おれは当て馬ってことかよ。さすがにそれ聞くとなー……」


「いやーそう言わないで!お願い!ご飯とか奢るからー!」


「……分かったよ、それならいいぜ。その代わり腹いっぱい食わせてもらうからな」


「ほんと!?ありがとー!!じゃあ詳しい日付とかはまた連絡するねー」


 そうして、ウチは男友達とお出かけする約束を取り付けられた。


 それから学校でナナミンたちのお出かけの予定も確認。


 これで準備は万端だ。




 ◆◇




 そして当日。


 ナナミンたちはお昼前に行くって行ってたし、ウチらはお昼すぎぐらいに集合。


 男友達とは結構グループで遊んだことはあるけど、こうやって二人きりで遊ぶのは初めてだった。


 だからなのか、服装とか髪型もいつもより少し気合を入れてきてくれてるみたいだった。うん、ナナミンを嫉妬させるためにはこの方がいいよね。


 まずは彼にご飯を奢るためにハンバーグ屋さんへ。ちょっとでも高いものを食いたいからだとか。コイツ。


 そしてちょっと自分としても意外だったのは、中学校時代によく話していた男友達だったのに、こうして二人きりになってみると何とも言えないむず痒くて気まずい雰囲気になったこと。


 好きでもない男子と二人きりになるとこうなるのか、なんて思ったけど、今はガマン。


 本当は初デートはナナミンとしたかったけど……まぁこれはただ遊びに行ってるだけで、お互い事情を知ってるんだからデートではないのでノーカンと思うことにする。


 ご飯を食べ終えたら、とりあえずブラブラ。


 ナナミンたちは服を見に行くって言ってたから、その辺りを中心に歩き回る。


「あのさ」


 そうしていたら男友達が話しかけてきた。


「ん?なに?」


「今日ってさ、狙ってる男子を嫉妬させたいんだろ?」


「うん、そうだけど」


「じゃあさ、手繋いどこうぜ。その方が他の男に盗られる感出て効果ありそうじゃね?」


「え、手?」


 ここで彼からの思わぬ提案。


 手かー……


 正直、好きでもない男と手を繋ぐのはかなり抵抗感ある。


 でもウチから誘って来てもらってるし、その方が嫉妬煽れるのはそうだと思うし……


 もうここまで来たらとことん、ということで乗ることにした。


「わかった、じゃあ繋ごっか」


「お、そう来なくちゃな」


 そして二人でそっと手を繋ぐ。


 ……うーん。


 男子と手を繋ぐのは初めてだったけど、なんかゾワゾワするというのが最初の感想。


 どっちの汗かわからないじんわりとした感触に、羞恥心か嫌悪感か分からないような気持ちが湧き上がる。


 しかしここで手を振りほどくわけにもいかない。


 ガマン、ガマンだ。


 そうして二人でショッピングモール内を練り歩いていたら、遠く前方にナナミンたちを発見。


「あ!いた!あれあれ」


「ああ、あの二人組?どっち?」


「んーとね、色白のマッシュヘアっぽい方の男子!」


「……え?あんな感じのがいいの?」


「むふふ、初見だと彼の良さはわからないだろうねー」


「何その謎マウント」


「もう、そんなの良いから仲よさげなところ見せつけて!」


 そう話しながら、ナナミンたちがウチらを見つけやすいようにポジションを移動。


 そしてついに二人がウチらを見つけてくれたようだ。


 どう?ナナミン。早くウチをモノにしないと、こうやって他の男のモノになっちゃうんだよ?だからさっさとウチを捕まえてよ?


 なんてウキウキで考えるも。


 ナナミンは何事も無かったように、灰ちゃんを連れて逆方向へとスタスタ歩いていった。


 ……んー、今のってどうなの?


 あのリアクションがどんな意味だったのか、恋愛経験ゼロのウチにはわからない。


 とりあえず、本日の目的は達成できた。


 繋いでいた手をサッと振りほどき、あとはテキトーに時間を潰して、その日は終了した。




 ◆◇




 そしてGW明け。


 いよいよ嫉妬煽り作戦の効果をチェックするときだ。


 早速朝からナナミンに挨拶したけど、ウチの期待とは裏腹に。


「ま、程々にな」


 なんて、いつもと変わらぬ、平然とした様子で淡々とそう伝えられてしまった。


 その時点で、「あ、これは失敗したかも」なんて直感で察してしまった。


 その後もナナミンと接していたんだけど、あまりにいつも通り。


 結局ウチがやったことは意味が無かったようだ。


 それで「男友達には悪いことしたなー」とか「次はどんな手を使ってみようかなー」なんて呑気に考えていたんだけど。


 ウチはすぐに自分の行いを後悔することになる。


 GW明けから数日が経過していつも通りの一日を終え、ベッドでダラダラしていたら。


 中学の女友達からの電話でスマホがブルブルと震えた。


 この子とは普段メッセージでしかやりとりしてなかったから、ちょっとだけ不思議に思いながら応答ボタンをタップ。


「もしもし?電話なんて珍しいね、どうしたの?」


「アンタさ、どういうつもり?」


 挨拶も抜きで、刺々しい口調でウチを責めるような言葉。


 突然のことで何のことかも理解できず、激しく困惑してしまった。


「え、え?な、何が?いきなりどうしたの?」


「とぼけないでよ。アンタさ、アイツと二人でデート行ったんでしょ?」


 アイツとは恐らくこの前一緒に遊びに行った男友達のことだろう。


「う、うん。行ったけど、デートじゃないよ。ただ遊びに行っただけ」


「いやいや、男女二人で遊びに行ったらデートでしょ。ていうかさ、好きな男の嫉妬を煽るため、みたいな感じで誘ったんだよね?」


「え?そうだけど……誰に聞いたの?」


「本人から聞いたよ。ていうかさ、アンタに言ってなかったけど、あたしアイツのこと狙ってたんだよね」


「え…………そ、そうなの?知らなかった、ごめん……」


「別に言ってなかったからいいんだけど、それでも好きな人をそんな変なことで利用されたらいい気しないでしょ。アンタがやってることって、全員に対して失礼なのよ。アイツにも、その好きって言ってるヤツにも、あたしみたいにそんな男たちに惚れてる人にも」


「……」


「それにさ、あんたも自分がモテるって自覚さすがにあるでしょ?それで男と手繋いだりしたらさすがに勘違いさせるかもしれないじゃん。マジでやってることサイテーだよ」


「……ごめん、ウチ、そこまで考えてなかった」


「そんなのいいから、もうこんなこと絶対にしないで」


 彼女はそう言い捨てるとガチャリと通話を切った。


 ……今言われたことを改めて考え直しても、ほとんど正論だったと思う。


 そこで初めてウチは、自分がやらかしたことの浅ましさを自覚することになった。


 ……これ、ナナミンにめちゃくちゃ悪い印象持たれちゃってるのでは?


 それに気付いた瞬間、全身から汗がブワッと吹き出す。


 とにかく焦りが止まらない。


 だからその次の日、すぐにナナミンを呼び出して、放課後二人きりで話すことにしたんだ。




 ◆◇




「——単刀直入に聞くけど……この前ウチが男友達と一緒にいたとこ見て、ナナミンはどう思った?」


「どうって……普通に『彼氏できたんだなー』って思ったけど」


「……そ、それだけ……?」


 変な風には取られていないようで安心したけど……いや、そうだったとしてもここでそのまま言うことはないか……


 とりあえず、ウチに彼氏ができても、ナナミンはこんな反応しかしてくれないんだって。


 それを知って、なんだかガックリしちゃって。


 ……もう、こうなったらここで好意を伝える方がいいかもしれない。


 ウチは咄嗟にそう判断して、思い切ってナナミンに告白したのだ。


「——ウチ、ナナミンのことが好きなの!だから、ウチと付き合ってください!」


 ウチの、人生初の告白。


 言ってしまった。


 ウチの気持ちを、この人に伝えてしまった。


 もう後には引き返せない。

 心臓のバクバクが止まらない。

 手足の震えの震えも止まらない。


 告白ってこんなに怖いことなのか。


 これまで何度も男子たちから告白されてきたけど、いざ自分がその立場になってみて、彼らの気持ちを思い知ることになった。


 彼はちょっとだけ驚いた表情をした後。


「……ありがとう。好きだって言ってくれて嬉しいよ。でも申し訳ないけど、俺には好きとか恋愛とかよくわからないから、彼女を作るつもりがないんだ。ごめんな」


 とても冷静に、そう告げられてしまった。


 まるで事前に決めていたかのような断り文句。


 これまでナナミンとは仲良くやってきた自信があったのに、それを全て無かったことにされたような錯覚に陥って、すごく悲しくなって。


 だから、その場ですごいテンパってしまって。


「——あれは、ナナミンの嫉妬を煽りたくてわざとやってたの!」


 なんてことをバカ正直に伝えてしまったのだ。


 ナナミンが一瞬顔をしかめたのを、ウチは見逃せなかった。


 やらかした、なんて思ってももう手遅れで。


 先ほどの表情は見せず、いつも通りのテンションではあったけど、ナナミンはウチがいかに愚かな行いをしたのかを淡々と教えてくれた。


 怒鳴ったりせず、感情を露わにしないのは彼の優しさでありいいところだと思う。


 だけどこの時ばかりは、それがすごく残酷に感じられた。


 どうせならバッサリと断罪してくれた方がスッキリできたかもしれないけど、きっとそれすらもウチにとってはワガママな願いなんだろう、なんて思ってしまうのだった。


 こうして、ウチの恋心は終わりを迎えた。




 ◆◇




 その後はどうやって帰ってきたかも覚えてない。


 そしてベッドの上で自己嫌悪していたら、あの男友達からも電話がかかってきた。


 タイミング最悪。


 ……それに、なんか嫌な予感がする。


「も、もしもし」


「もしもーし。今電話大丈夫?」


「うん、大丈夫」


「あのさ、この前言ってた好きな男、あれから結局どうなった?」


「あ……えーと……」


「あれ?その感じ、もしかしてフラれた?」


「………………うん」


「あ、マジで?残念だったなー」


「…………」


「すまんすまん、そんな落ち込むなってー。……じゃあさ、おれから一個提案なんだけど」


「提案?」


「ああ。——お前さ、おれと付き合わね?」


「…………え?」


「だってさ、この前二人で出かけてもいい感じだったし。お前はフラれたばっかりで、おれもフリーだしちょうどいいじゃん」


 ……コイツ的には、前のお出かけはいい感じだったらしい。


 ウチはどっちかって言うと気まずくて居心地悪く感じていたのだが、その認識と全く違っていてビックリした。


 そして、このタイミングでまさかの告白。


 いくら想い人にフラれたばかりとは言え、ナナミンに告白した時に言われたことや、女友達がコイツを好きなことを考えると、この告白を受けるという気にはなれない。


 そもそもコイツをそんな目で見たことがないし。


「……ごめん、たしかにフラれたんだけど、ウチはあんたのことそういう目で見れないの。お出かけ付き合ってもらって本当に悪いんだけど、ごめんなさい」


「……うわー、まじ最悪じゃん。二人きりで誘ってくるし、手繋ぐのもオッケーだったし、いけると思ったんだけどな。全部おれの勘違いってこと?」


「ご、ごめん……ウチは本当にそんなつもりはなくて……」


「まぁいいわ。お前がそういう思わせぶりな女ってことがよく分かったし。そんなやつこっちから願い下げだわ。じゃーな」


 いつかのデジャヴのようにガチャ切り。


 ……ナナミンや女友達の言う通りだった。


 ウチは色々と軽く考えてしまっていたのかもしれない。


 後で中学の女友達と男友達の二人に謝罪のメッセージを送ってみたけど、返信はなかった。


 ウチの考えなしの行動で、恋心も失って、中学生時代の友情にも大きな亀裂が入ってしまった。




 ◆◇




 どうも悪いことは続くものらしく、ウチが男友達と手を繋いでいたところが学校の人にも見られていたらしい。


 何人かにどんな関係なのかと尋ねられたけど、ただの男友達だと説明した。


 だけど友達とはいえ異性を手を繋ぐような女子は軽く見られるようで、どことなく居心地の悪さを感じ続けている。ウチの見た目が軽いせいもあるかもしれない。


 実際ウチはナナミンのことが好きというようなことを周りに匂わせてたし、それなのに他の男と手を繋いでいたのは余計に印象が良くないのだろう。


 もしかしたらその空気感はウチの思い過ごしっていう可能性もあるけど、それでもこれまでずっと学校でうまく立ち回ってきたウチにとってはそれだけでも堪えた。


 朝登校したらクラスの女子たちと話したりするのが普段の過ごし方なんだけど、今日はさすがにそんな気にもなれず、自分の席でボーッとスマホを眺める。


 そんないつもと違うようなことしてたら周りからは余計変に見えちゃうんだろうけど、それくらい気分は落ち込んでた。


 しかし、そんなところに。


「——よう、おはよう。黄瀬」


 いつもと変わらないトーンで、ナナミンはそうやって声をかけてくれたんだ。


 ウチとナナミンの席は少し離れてるから、わざわざここまで来てくれたみたい。


「え、……お、おはよ」


 その意図を汲みかねて困惑してしまい、歯切れの悪い返事になってしまった。


「ん?どうした?なんか元気ないな」


 この前のことなんて何も無かったような振る舞い。


 告白を無かったことにされるのは悲しいけれど、この空気感の中で傷心していたウチにはそれが本当にありがたくて、安心できて、嬉しくて。


 だから、空元気でもいいからとウチも返事する。


「い、いやいや、全然元気だよ!なんでもないって!」


「あ、もしかして便秘とか?」


「!?」


 ……な、なっ!?


 この男、お年頃の乙女に向かってなんてことを……!


「ち、違うし!そんなわけ無いじゃん!本っ当サイテー!」


「はは、すまんすまん。でもそうやって突っ込めるなら大丈夫そうだな。まぁ、色々気にし過ぎるなよ」


 ナナミンは軽く笑いながらそう言って自分の席へと戻って行った。


 そんな彼の周りにはすぐに人が集まって来て、談笑を始める。


「ねぇねぇ、なんか便秘がどうとかって聞こえたんだけど、七海くん便秘なのー?」


「え?ああ、今日俺が起きてすぐすっごいの出たって話。気持ちのいい朝だな」


「アハハ、もうサイテー」


 そうやってクラスメイトの女子と和気藹々話している彼。


 話の内容は置いといて、大きい声で喋ったからか、先程までの変な空気感は全て霧散していったような気がする。


 もしかしたらナナミンはウチや周囲の雰囲気を感じ取って、わざとあんなデリカシーの無いことを言ったのかもしれない。


 言ってることは確かにサイテーだったけど、今までもあんな冗談は言い合ってきたし、あのくらいの方がウチとしては思いっきりつっこめるから。


 いや、それら全てがウチの思い込みなのかもしれないけど。


 ——うん、やっぱり好きだなぁ。


 ウチの軽率過ぎる行動で、彼の信頼を失ってしまったし、他に取り返しのつかなくなったものはいくつもあるだろう。


 他のライバルからもう何周遅れにもなってしまっていると思うし、それどころかウチのゴールはもう閉ざされてしまったような気もする。


 でも、それでも、あなたを好きで居続けることはできるはず。


 また色んなものを積み上げていくことになると思うけど。


 そのために、今度は間違えないよう真っ直ぐ突き進みながら、この恋心をまだ大切にしていこうと決めた。


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