第05話 黄瀬陽葵①
ウチがナナミンと最初に出会ったのは、高校一年生で同じクラスになったのがきっかけ。
初めて彼をちゃんと認識したのは、彼がクラス委員長になったときだった。
クラスメイトが一人ひとり順番に挨拶してたときもほとんど記憶になかったくらいで、それくらい印象薄かったしルックスも普通って思っていた。
それなのに、彼がじゃんけんで負けてクラス委員長として壇上に上がった姿を見て「なんか妙に雰囲気あるな」と感じたのをよく覚えている。
そうして高校生活が始まってから日が経つにつれて、不思議なことにナナミンの周りには男女問わずどんどん人が増えていった。
それを見てウチも彼に興味を持って、グループの女子たちと一緒に話しかけに行った。
そしたら、彼の周りに人が集まっていったのも理解できてしまったのだ。
距離を感じさせない言葉遣いと雰囲気、どんな話題もイジりも拾ってくれる器の広さ、会話を途切れさせず不快になりそうな流れに持っていかない場の空気を読む力、常に落ち着いた一定のテンションで何を話しても大丈夫と思わせてくれる安心感。
ナナミンと話してるとそのコミュニケーション力の高さを実感させられて、会話に夢中になってしまう。
そんなナナミンの周りには、男女問わずどころか、クラスカーストを問わず人が集まっていることにも気付いた。
ナナミンがカースト上位かと言われれば違う気がする。でもどこのカーストにいてもおかしくない雰囲気で、それでいて各カーストを繋ぎ合わせるような独特な存在感をクラスの中で放っていた。
それを彼は自覚無しでやってるっぽいのがまたすごい。「このクラス居心地よくていいよなー」なんてよく呑気に言ってたんだけど、ほとんどが彼の功績であることに本人が気付いてないみたい。
今まで学校のクラスカーストというのが常識だと思っていたウチにとって、これは本当に衝撃的なことだった。
そんなきっかけでナナミンを観察するようになったんだけど、彼の魅力はそれだけに収まらなかった。
カースト上位の男子たちみたいに制服を変に着崩したりせず、割とキッチリ校則通りに着こなしてる感じなんだけど、それがどこか上品に感じられて。
たぶん制服のホコリが全くついてないとか、シャツの襟の折り目がいつもパリッとしてるとか、そういう細かいところがケアされてる部分で彼の雰囲気を作っているんだと思う。
あと肌もいつもキレイだし、髪もバキバキにワックスつけたりしてる感じじゃなくて、ナチュラルセットなヘアスタイルも好印象。
何回か学校行事の打ち上げや長期休暇のイベントなどで彼の私服も見たことあるけど、チノパンにシャツという地味なアイテムチョイスながらも丈感とかでバランスを取りながらカジュアルさをうまく取り入れてて、彼のイメージに合ったファッションスタイルで思わず唸ってしまった。
それにキツすぎない柔軟剤の匂いがいつも彼の周りに漂ってるし、なんというか、全体的に清潔感がすごいんだよね。
そうして見てると、普通だと思ってたルックスが何割増しにも見えてきちゃって。
切れ長な一重の目の感じとかもマッシュ系ヘアスタイルにすごいマッチしてるし、塩顔の韓国アイドルっぽい雰囲気を思わせてくれて、自分の魅せ方をよく分かってる感じがする。身長だって平均以上で、ほとんどの女子よりは全然高いし。
しかもよくよく話を聞いていけば、自分でお弁当も料理も作るわ、掃除洗濯なども全部自分でやってるわ、部活こそやってないものの長期休暇には学校に許可をとってバイトしてるらしいわと、彼を知れば知るほどその優良物件っぷりを認識させられた。
あとたまーにだけど、どこか影のあるような雰囲気も見せるような気がして、なんというかちょっと危うげな魅力みたいなのもあってクラクラさせられてしまったり。
一年生の一学期が終わる頃には、ウチはもうナナミンに完全にノックアウトされてしまっていたのだ。
だけど、ナナミンに落とされたのは残念ながらウチだけじゃなかった。
まぁあんな優良物件、恋愛に飢えたJKたちが見逃すはずがないよね。
最初こそ目立っていなかったものの、ナナミンの良さは女子たちの間の口コミでどんどん広がっていって。
今では恋バナになると大抵ナナミンの名前は挙がる。
しかも彼の場合は、その名前の挙がり方もちょっと変というか。
うちの学年にも目立ったイケメンとか、いかにもカースト上位です!みたいな男子は他にいて、そういった男子は言ってしまえば雑に名前を出せてしまうし、ある意味で恋バナにおいて無難な選択肢とも言える。
でもその点、ナナミンはルックス自体は普通寄りだから、彼の名前を挙げちゃうとなんか生々しい感じになってしまうはずなのだ。
だけどほぼ全員が「あー、七海くんね。わかる……」としみじみ納得してしまうという、本当に独特のポジションを確立している男子だと思う。
生粋のイケメン好きな子たちには刺さらないみたいだけど、それでも「旦那さんにするなら最強」という評価をしていて、ナナミンを悪く言ってる女子は今のところ見たことがない。
ただ不思議なのは、ナナミン本人が色恋沙汰には疎そうで、恋人を作りそうな雰囲気が全くないってこと。
これまで何人かナナミンに告白したことがあるみたいだけど、全員が漏れなく玉砕。ラブレターを渡しても全然反応がなかった、なんて子もいたみたい。それはウチも面識ない子で、結局差出人の名前を書いてなかったとからしいけど。
男子は「誰が青島さんを攻略するのか?」みたいな話をよくしてるみたいだけど、女子では「誰が七海くんを攻略するのか?」っていう話題もたまに挙がって盛り上がる。
青島さんの美少女っぷりは女子のウチから見ても格が違うなって思うけど、それで対称になるのが特に飛び抜けたルックスじゃないナナミンっていうのがまた面白いし、彼の異質さをよく表してると思う。
その攻略候補には、嬉しいことにウチの名前が本命としてよく挙がるらしい。あとカエデとか、文系にいる彼の幼馴染のハヅキも本命扱い。そして次点でスミレとか生徒会長とか一緒に話題になってる青島さん。あと可愛い後輩ちゃんと仲良さげに話している姿がたびたび目撃されているという情報もあってそれも気になる。
カエデは多分ウチが見てる限りでは彼に好意を寄せてる気がする。ハヅキはカエデを通じてちょっとだけ話したことあるくらいの仲だけど、ナナミン自身が今は疎遠だって言ってたから正直わかんない。スミレは……あの子掴みどころないし恋バナにも反応薄いからなぁ。生徒会長とか青島さんとか後輩ちゃんに関しては完全に不明。
だから今のとこ一番のライバルはカエデかな。かなり情報不足な気がするけど……
てか、ここに挙がってるのがうちの学校の目立った美少女ばっかりってのもよく考えたらおかしいよね。
やっぱりその子たちに彼氏いないのってナナミンのせいもあるじゃないかって気がしてる。
だってあんな男子、ホントにいないんだもん。そりゃ彼を狙えるうちは彼氏作らないっての。
ウチはナナミンと付き合いたい。彼女にしてほしい。
コスメの話も一緒にしてみたいし、ファッションの話もしてみたいし、二人で一緒にお買い物行ってみたいし、料理を教えてもらって一緒に作ってみたいし、二人っきりで勉強教えてほしい。
それに、彼女になれば彼とのあの楽しい会話を平日休日昼夜問わずに毎日ずっと楽しめるなんて、考えただけでドキドキ胸が高鳴るしワクワクと妄想が止まらない。
こんな気持ちになったのは、生まれて初めてだった。
中学校の頃とか、男子全員ガキっぽくて全然トキめかなかったし、全員ウチの胸ばっかり見てきて下心丸見えでなんか嫌になっちゃったのだ。おかげで恋愛経験はゼロ。ギャルなのに。
その点、ナナミンはそういった下品さも感じさせない。
ぶっちゃけウチから見てうーん、と思っちゃうような女子相手でもナナミンは本当に平等に接している。容姿やキャラクターなどで全く差別しなくて、下心なんぞ微塵も見せないのだ。
それも彼の良いところ……なんだけど、ある意味では残酷だな、とも思っちゃう。あれで彼に沼らされてる女子がどれだけいるんだろうか。
ま、それはウチも人のこと言えないんだけどね。
ナナミンを攻略しようと頑張ってみてるけど、残念ながら今のところ全く手応えナシ。
恋愛経験の無さがここにきて仇になってしまってるのかもしれない。
この前も昼休みに二人っきりになって、GWの予定とかそれとなく聞いてみたり、ウチは予定ないからねーってそれとなく匂わせてみたけど、全然ダメだった。
結構二人っきりになったりするし、他の女子に比べてもウチはナナミンと仲いいと思うから、絶対ムリってこともなさそうなんだけど、ここまで手応えがないと女子としても自信が無くなってくる。ウチ今も結構告白されてるしモテるんだけどなー。
こっちからグイグイいっちゃえばいいのかもしれないけど、これまで玉砕してきた女子の話とか聞いてても、なんとなくそれじゃダメなんだろうなって思う。
何か決め手が必要な感じなんだけど、それが何なのかは残念ながらウチにはわからない。
お色気か?と二人っきりのときにいつもよりちょっとだけ制服を着崩してみてアピールしたりしてみたけど、それも効果ナシ。というか通りがかる他の男子の視線が増えちゃって最悪だったからもうやらない。
胸が大きいのは昔はイヤだったけど、ナナミンにならガッツリ見てほしいのに。むしろもっと……
っと、思考が変な方向に行っちゃいそうになった。顔が熱い。
こんな感じで今は自分の家のベッドでウンウンとナナミンのことを想いながら頭を悩ませている。
このまま何も進展がないままで他の人に先にナナミンを取られちゃったら、なんて考えると本当に怖い。例えばカエデとナナミンがデートしてる姿とか想像したら……その途端にゾッとしてしまうし、どうしようもない焦燥感と不安に駆られてしまう。
でもどれだけ一人で考えても答えが出るわけないし、気分転換になんとなくオタクくんたちが話していたラブコメアニメの話を思い出して、それをオマプラで流し見し始める。
ボーッとそれを眺めていたら、そこに中学生時代のグループからメッセージの通知が届いた。
……あ、そうだ。
アニメの内容を見ながら、一つ思いついた。
押してもダメなら、こういう手はどうだろう?
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