Episode10.5

「クッ…ククッ。クハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」


 狂ったような男の笑い声が薄暗い部屋の中に木霊する。

 黒髪に金のメッシュを入れた180を超える長身の男が纏う衣服はこの世界で作られたものではなく、血溜まりの中に倒れる三人の男達とこの男が異なる世界の住人であることを如実に表していた。


 男の名前は武藤蓮斗むとうれんと

 白波高等学校に通っていた15歳の少年は今、その両手を真っ赤な鮮血に染めながら死体が転がる部屋の中央でひたすら狂ったように笑い続けていた。


 そして、ひとしきり笑い終えた彼はがっくりと肩を落とすと今度は苛立たし気に舌打ちを漏らし、一番近くにあった男の亡骸を乱暴に蹴り飛ばした。


「あぁ。クソッ! 弱えぇくせに…弱えぇくせに!! ……クソがっ!」


 もう一つの亡骸も同じように蹴とばしながらそう言葉を吐くと、深いため息と共にいったん自身の激情を押さえるように天を仰ぎ、やがてその視線を部屋の隅に転がる3人、正確には一人の生者と二人の死骸の方へ向けた。

 2つの死骸はそれぞれ普通の人間とは異なる細長い耳が特徴の男と女の物で、男の方はボロボロの服や体に残る痣、それに判別がつかないほど変形している顔から酷い暴行を受けていたことが想像できる。

 そして、女の方は年齢を感じさせない若々しくも美しい女性であることは分かるのだが、一糸まとわぬ姿で露出している肌のあちらこちらが黒く変色し、まだ乾ききっていない体液で濡れた肢体からこれまでどのような仕打ちを受けて来たのかを容易に察することができた。


「あー、あー、あーっ! ったく、せっかく何者に縛られないこの異世界での生活を満喫できそうだったのによぉ。余計な邪魔をしやがって!! てかなんでこんなにあっさり死んでんだよ、クソどもが!」


 彼はもはや声の届かない死体にそう愚痴を吐き捨てた後、この場で唯一彼以外の生者である少女に視線を向ける。

 それは薄紫色をしたウェーブ掛かったセミロング髪に隣に横たわる女性を多少幼くしたような整った顔立ち、2人の死骸と同じく尖った耳にボロボロの衣服越しにもわかるほど女性らしい特徴を感じ取れる美しい少女だった。

 ただその瞳には一切の生気が宿っておらず、呆然とした表情のまま彼女は力ない視線を蓮斗へ向けたまま一言も言葉を発することは無かった。


「……どうした? 自分をこの絶望的な状況から救い出してくれる白馬の王子様が来てくれるとでも思ってたのか? ハッ! どんだけ頭お花畑のお嬢ちゃんだよ、間抜けが。こんなクソみたいな世界で、そんな都合の良い救いなんかあるわきゃねえだろ!」


 軽くしゃがみ、少女の髪を掴んで頭を持ち上げながら彼はそう吐き捨て、嘲笑を浮かべながら言葉を続ける。


「それにしても、せっかく母親が自分を犠牲にしてまでお前の貞操を守ってたってのに、結局最後は娘残してあっさり死んじまうなんて哀れなもんだなぁ。まあ、おかげでこのクソみたいな世界に一人残されたその大事な娘が酷い目に会う姿を見らずに済んだのは幸運なのか? なぁ、お前はどう思うよ?」


「………して?」


「あ?」


「どう、して?」


 力なくそう尋ねる彼女に、彼は白けたような表情を浮かべると一言「知るかよ」と返事を返す。

 そして、大きくため息を吐いた後にあと一歩で唇が重なるほど顔を近づけると、獰猛な笑みを浮かべながら「まあ、運が悪かったと思うしかねえんじゃないか?」と言葉を続けた。


「そ、う……」


 虚ろな瞳で少女は一言だけ言葉を返すと、全てを諦めたように全身の力を抜く。

 そして、そんな態度が気に入らないのか蓮斗は舌打ちを漏らすと再び口を開いた。


「おい、女。死ぬよりも悲惨な目に遭いたくなけりゃ、あまり俺をイライラさせんじゃねぁ。ああ、ってかこれが【憤怒】の精神汚染ってやつなのか? 心の奥底から怒りが湧いて来て全然治まりやしねぇ!」


 少女の髪を握る手に力が入った影響か、苦悶の表情を浮かべた彼女の口から苦痛の呻き声が漏れ出す。

 そして、蓮斗は突然右手を離してそのまま少女から離れると獰猛な笑みを浮かべたまま彼女の方を振り返りながら再び口を開く。


「よし、決めたぞ! こんなクソみたない連中しかいないこのゴミみたいな世界は全て俺がぶち壊してやろうじゃねえか! そんで喜べ! 特別にお前は俺の隣、特等席でこの怒りの業火がクソみたいな世界の全てを焼き尽くす瞬間を見せてやるよ!」


 そう告げた後、再び蓮斗はしゃがんで少女と視線を近づけると言葉を続ける。


「さて、それじゃあ改めて自己紹介でもするか? 俺の名は武藤蓮人。いずれこの世界の全てをこの怒りの業火で焼き尽くする魔王の名だ! 女。お前の名は?」


「………ティナ。……ティナ・エメラルダ」


 もはや全てを諦めたような生気の欠けた表情を浮かべたまま、促さされるままにその少女、ティナは自身の名を告げる。

 そして、もはや逆らう気力も残っていない従順な態度を示す少女に蓮斗は獰猛な笑みを浮かべたまま、「そんじゃあティナ。これから最高の景色をお前に見せてやるから、せいぜい楽しみにしてるんだな」と告げるのだった。


 これは彼らがこの世界に転移してきて2日目の記憶。

 2人の少女が知らぬところでこの世界の行く末を左右する戦いの運命、その第一幕が幕を開けようとしていた。

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