Episode10 1日の終わり、勘違いの始まり
「———というわけで、私達はこの世界に転移させられることになったの」
食事を終え、落ち着いたところで私はバスの事故で自分たちが死んでしまったこと、そして死んだ私達を神を名乗る者がこの世界に呼び寄せて自分たちの娯楽のために戦わせようとしていること、魔王に覚醒した者は同時に七大罪のどれかに覚醒して欲望を押さえられずに人類の脅威となる運命にあることを説明する。
正直、突然の事態に慌てることもなくいきなり食事を再開してはどうかと提案された時には芹川さんの正気を疑いもしたが、マイナーな漫画の主人公と同じようなセリフを告げながら混乱する私を冷静にさせてくれたことで、さらりとそんなセリフが出てくるところやこの異常な強さからやはり彼女はこの物語の主人公となるべき運命を背負っていて、【勇者】に選ばれた自分でさえ及ばないほどの特別な運命を持っているのだろうと改めて認識することができた。
はっきりと言って、私をトロールから助けてくれた時のカッコ良さはそれこそ物語の騎士、あるいは正義の味方といった出で立ちで、もし芹川さんが女性でなく男性だったら間違いなく落とされていた自信がある。(というか正直、あの時の事を思い出すとちょっとドキドキして芹川さんの顔をまっすぐに見れなくなってしまうので極力思い出さないようにしている。)
「………つまり、【魔王】のスキルを持つボクは他のクラスメイト、特に紫藤さんのように【勇者】のスキルを持つ人に狙われる可能性が高い、ってこと…ですよね?」
案の定【魔王】のスキルを持つことをあっさりと認め、そう尋ねる芹川さんに私は「ええ、そうなるわね」と返事を返した後、少しだけ言うべきか悩んだ末に意を決して言葉を続ける。
「ただ、あなたの場合は同じ【魔王】のスキルを持つ人達も積極的に狙ってくる可能性が高いと思うの」
「………それは、なぜですか?」
「芹川さんは明らかに七大罪のどの感情にも支配されていない。つまりは、七大罪の影響を無効化するスキル、【虚無】を所持しているからよね?」
私の問いに芹川さんはしばらく無表情で視線を向けた後、やがて静かに頷きを返した。
「そうなると、七大罪による精神汚染を無効化するためにも芹川さんから【虚無】を奪い取ろうと襲ってくる可能性が高いと思う。それに、【魔王】のスキルを持つ芹川さんは強制的にこの世界の人達から敵対されるから、人里でこっそり隠れて生活もできないだろうし……」
そこまで説明したところでふとあることに気付いた私は思わず言葉を止め、頭の中で疑問点をはっきりさせるために自問自答を開始する。
(そう言えば、【魔王】のスキルを持つ者はこの世界の人間から敵対される代わりに魔物を使役する力があると言ってたよね。そうなると、芹川さんのレベル上昇が異常に早かったのは魔物を操って無防備な状態にし、それを倒すことで経験値を得ていたから? いいや、その方法だと相手が戦闘態勢に入らないから楽に殺せたとしても経験値は入らないから無理なはず。それに今迄のレベル上げて分かったことだけど、魔物は【勇者】の称号を持つ者を排除しようとある程度離れた位置からでも寄って来る性質があるみたいだったのに、そんな私でもそこまで頻繁に魔物から襲われなかったことを考えるとそれほどこの世界での、もしくはこの森での魔物とのエンカウント率は高くないはず。その状態であれだけレベルが上がっているということは、それだけ経験値効率が良い相手、つまりはあのトロールのような強敵を難無く倒していたからとも考えられるわけで、それを可能とする何らかのスキルを持っている? それに、私を助ける時にわざわざ経験値が入らない不意打ちでトロールを討伐して【魔王】スキルでトロールを使役しなかったのはなぜ? もしかして、【虚無】によって七大罪の精神汚染を無効化できる代償に魔物を使役する力も失っている?)
一瞬でそこまで思考を巡らせた後、突然黙り込んでしまった私を待つように静かな視線を向ける芹川さんから自身の体、正確にはトロールに破かれたはずなのに何事もなく元に戻っている、どころか強力な防具へと変貌している制服に視線を落としてさらに思考を重ねる。
(そう言えばこの制服……形は全く同じだけど、よく見てみると生地とかが全然違う気がする。そうなると、これってこの世界の技術で作り直された新たな装備ってことで、さっき芹川さんが何もない所からハンバーガーセットを取り出したことと合わせて考えると彼女が持っているスキルは望みの物をどこかから召還する、もしくは作り出すスキルって考えた方が良さそう? そう考えると、魔物をおびき寄せる効果を持ったアイテムで集められるだけ周囲の魔物を一か所に集めて、アイテムで極限まで能力を強化したか爆弾みたいな高威力、広範囲に影響するアイテムで一気に魔物を倒すことで急激にレベルを上げた、って考えられないかな? そうすれば一気に大量の経験値を獲得して10レベルを通り越して13レベルまで到達した説明も付く! ただ、そんなスキルが無条件に使えるはずがないから、芹川さんのステータスで唯一確認できるMPが2レベルしか開きのない私と比べて4倍以上の開きがあること、それにほとんど残っていないことから考えるとMPを消費して使用できる可能性が高いと考えていいよね。そうなると、芹川さんは【魔王】だけど強力な装備や強化アイテムを召還、もしくは作り出すことでレベル以上の力を引き出して戦う生産職寄りのステータス、ってことなのかも! だったら—―)
――――――――――
突然言葉を切り、黙り込んでしまった紫藤さんを見つめながらボクは無の境地でひたすらに気まずい沈黙に耐える。
もしかして、この世界の人類から敵対される運命にある【魔王】のボクとは共闘できないと改め認識しているのだろうか?
ただ、ボクの場合は無条件でこの世界の住人から信頼、尊敬されると言う【勇者】のスキルも持っているのでお互いの効果が相殺して普通に接してもらえるのではないかと考えている。
なぜなら、ボクには紫藤さんが説明したような【魔王】の特権である魔物の使役などできないのでおそらく魔物の敵となる【勇者】のスキルがその特権を打ち消しているのではないかと推測しているのだ。
(でも、ここで【勇者】のスキルを持ってることを正直に話すと、一緒に【魔王覚醒者】を止めるのを手伝って欲しいとかお願いされそうで嫌なんだよね。正直、紫藤さんのステータスより圧倒的にボクの方が高かったけど、他のクラスメイトの中にはボクなんか目じゃないほどのステータスを持った人だっておるだろうし、そんな人たちの前に【虚無】とか【
そんなことを考えていると、不意に紫藤さんが決意を固めた表情を浮かべてこちらに視線を戻すと再び口を開いた。
「一つ確認したいのだけど、私が持つ【ポータル】のように芹川さんが初期に与えられた強力なスキルの中にアイテムや装備を別の場所から取り寄せる、もしくは作り出すような物があるんじゃないの?」
そう問われたボクは、流石に装備が変わってたり食事を用意したことで【
おそらくこのスキルも紫藤さんが持つ【ポータル】や【アイテムボックス】と同じようにSPを大量に消費すれば習得できるのだろうし、アイテムを取り出せるスキルで検索を掛けると紫藤さんが習得している【アイテムボックス】(習得に500のSPが必要)以上にSPが必要なスキルが出てこないのでここで誤魔化したところでいずれバレるのは避けようがないと考えたのだ。
「因みに取り寄せと生成、どちらのスキルか聞いても良い?」
たぶんだが、主人公のような属性を持った紫藤さんであれば当然ボクがどちらの系統のスキルを所持ているかなど理解した上のボクがどう答えるのかを試しているのだろうから、これ以上余計な情報に感づかれる前にある程度のところまでは正直に情報を開示した方が良いと判断して「生産系、です」と正直に答える。
「因みに、芹川さんが急激にレベルを上げた原因はそのスキルで作り出したアイテムで(大量の)魔物をおびき寄せたから、と推察したのだけど……どうかな?」
そう問われ、あのゴブリンたちを呼び寄せたカレーの事を思い出しながらボクは「正解、です。良くわかりましたね」と驚き混じりに返事を返した。
「そうなると、芹川さんは(アイテムで強化しないと前衛として戦うことができない)後衛職寄りのステータス、という推察も合っているかな?」
「(確かに攻撃力よりは魔攻力が高いのを思い出しながら)そうですね。ボクのステータスで一番低いのは(3,000を超えているけど)攻撃力、ですし」
「だったら、せっかくこうしてパーティーメンバーとなったのだし、私が前衛としてあなたを守るから後衛として私が強くなる手助けをしてくれないかな? そうすれば、(本来不得意な)前衛を無理にやる必要もないし、(苦手な部分を克服するアイテムを作るために)無駄なMP消費も抑えられることになるんじゃないかな?」
「えっ! ……(戦闘をサボっても)良いんですか? でも、(ボクだけ楽をしてステータスが低い)紫藤さんだけに任せるなんて、不公平なんじゃ……」
「気にしなくていいのよ。その代わり、余裕ができたMPである程度快適に過ごせる環境の整備や(芹川さんが前衛職と変わらない動きができるほどにステータスを強化していた)強化アイテムの提供をしてくれればお互いメリットになるんだから。というか、戦闘を全て私が請け負ったとしてもおつりがくるかもしれないレベルよ。それに幸運なことに私はどれだけだってアイテムを収納して持ち運べるスキル、【アイテムボックス】があるから保存と運搬に困ることも無いし」
「……正直、いきなり襲ってきたりしなかった紫藤さんと違って、問答無用でクラスの誰かが襲ってきた場合、(今の私と紫藤さんくらいステータス差があると殺さないように手加減するのが難しいし、コミュ障のボクじゃ説得して帰ってもらうのも厳しいし、万が一ボクより強い相手が襲ってきても紫藤さんの【ポータル】があればいつでも逃げ出せるから)紫藤さんがいてくれると心強い、です。なので、どの程度(紫藤さんの強化プランで)力になれるか分からないけど、よろしくお願いします」
そう告げながら差し出した右手を、紫藤さんは笑顔を浮かべながら「こちらこそ」と取る。
こうしてボク達は正式にパーティーメンバーとしてお互いを認め合う立場となるのだが、当然ながらその認識にはすれ違いが生じていることなど知る由もなかった。
〇―〇―〇―〇―〇―〇―〇―〇―〇―〇
優璃のステータスを確認する術を持たない亞梨子は優璃のステータスが全て自分の3倍くらいあり、亞梨子が考えているような前衛を苦手とする生産職でないことを当然知らない。
だからこそアイテムの生成でMPを使い切ったうえでアイテムでの強化が切れればあれだけの強さを見せた優璃もあっさりとやられてしまうのではないかと考え、その弱点を狙って大量の魔物を従えた他の【魔王】スキルを持つ好戦的なクラスメイトが襲撃を掛ければ彼女の持つ【虚無】か他の強力なスキルを奪われることになるかも知れないと危惧したのだ。
それに、もし一部の野心を持ったクラスメイトに強力な力が渡ればこの世界に最悪の未来が訪れる可能性も考え、主人公のような力と運命を与えられた優璃を守ることで2人で共に成長を重ね、それが結果的により良い未来を目指す近道になるのだと彼女は感じていたのだった。
そして同じく優璃も知らない。
彼女が持つ唯一無二のスキル、【
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