Episode8 落ち着ける場所を求めて

 救援に駆け付けてみれば予想外の展開になっていたので、驚いて敵が戦闘態勢に入る前に一撃で倒してしまったので結構強そうな魔物を倒したのに1も経験値が入らずちょっとだけガッカリする。


(と言うかこの世界、もしかして年齢制限がかかるようなゲームの世界だったりする? ……いや、ボク達にとっては今この世界が現実なわけだから、一歩間違えればどんな展開だってあり得るってだけか)


 そんなことを考えながらボクは先ほど倒した魔物(【能力看破】によるとジャイアントトロールLv.48らしい)の死骸に近づき、咽返るような血の臭いに顔をしかめながらその手に握られたまま気を失っている紫藤さんの側まで歩み寄る。

 そして、下着姿のままぐったりと気を失っている紫藤さんを救出すると、自分より背の高い彼女を何とか背負いながら(ステータスのおかげか、それとも紫藤さんの体重が予想以上に軽いのか背中から感じる彼女の体重を重いとは思わなかった)この場を離れようと足を動かしかけ、ジャイアントトロールの足元に一振りの剣が落ちていることに気付いて足を止めた。


(これって、大きさ的に間違いなくジャイアントトロールのじゃないし紫藤さんのだよね。だったら、一緒に持ってった方が良いよね)


 そう考えてボクがその剣に使づいた直後、突然剣が光を放ったかと思えばその光が紫藤さんの右腕に集まり、やがて剣が消えるのと同時に紫藤さんの右腕にボクと同じデザインのブレスレットが出現した。


(あれ? 自分で待機状態に移行させんでもこの武器って勝手に戻るんだ。それとも、特定の条件を満たせば戻るだけ? うーん、もしかしたらその条件次第では武器の持ち込みが禁止されとるとこにこっそり武器を持ち込む、なんてことも……あっ、ボクの場合はその場で適当な武器を創り出すだけでいいんだから、そんなシチュエーションを考えるだけ無駄か)


 そんなことを考えながら再びボクは歩き出そうと足を上げ、再びそこであることに気付いて足を止める。


(そう言えば、いくら人気のない森の中だと言っても紫藤さんを下着姿のままにしとくとはどうなんだろ? やっぱり、服くらいは着せてあげた方がよかよね)


 ボクはそう判断を下すと、【天地創造ジ・クリエイション】を発動して紫藤さんのサイズに合わせた制服(とついでにボロボロになっていたローファーも)を生成する。(その際、制服と同じデザインで作成できる防具の最低消費MPが3,000くらいだったのでちょっと悩みはしたが、下着姿のまま背負っていく羞恥心に比べればどうということは無いだろうと判断して泣く泣く3,000のMPを消費することになった。)

 そしていったん比較的平らな場所に紫藤さんを寝かせると、同性のボクでも思わず見とれてしまうようなスタイルの良い体に気後れしつつも見慣れた制服を着せていく。(その途中、頭の中で『紫藤亞梨子がパーティーに加わりました』という謎のアナウンスが響いた気がしたが、人に服を着せるという慣れない作業に悪戦苦闘していたボクはそのアナウンスに意識を割くほどの余裕が無かった。)

 そして、着替えが済んだところで一瞬だけ『このままここに置いて行っても大丈夫なのでは?』といった考えが浮かんだものの、いつ彼女が目を覚ますのか全く分からないのに加え、ジャイアントトロールのような危険な魔物が周囲にいないとは限らないので仕方なく彼女を背負いなおし、ボクはどこか落ち着ける場所は無いかと当てもなく森の中を彷徨い歩くこととなるのだった。


 それから結局どれだけの時間森を彷徨い続けたのか正確な時間は分からないが、数匹の魔物(キラーファング(Lv.48~51)というオオカミ型の魔物の群れに2回ほど遭遇し、戦闘中はなぜか紫藤さんを背負っての戦いでハンデがあったにもかかわらず先程までより調子が良い気がした)を討伐したことでレベルを2ほど上げたころ、ようやく手頃な洞窟を見つけることができた。

 そのころにはすっかりと空は朱色に染まっており、ここに未だ目を覚まさない紫藤さん一人を置いて立ち去るのも微妙な時間だったのでボクは諦めてここで一夜を明かし、途中で紫藤さんが目を覚ました場合は覚悟を決めて対話を試みるしかないと決意するのだった。


――――――――――


「—————ッ!!? …………ここ、は?」


 咄嗟に飛び起きた私は、自身がどこかの洞窟に移動していること、そして簡易的ながらもちゃんとベッドに寝かされていることに気付き状況が飲み込めずに困惑の表情を浮かべたまま周囲に視線を巡らせる。

 そして、この空間を照らしている光源(なんと、焚火などではなく明らかに電池式だと思われる蛍光ランプだった)の近くで見慣れたファストフード店のハンバーガーを頬張る黒髪の少女、芹川優璃さんの姿を見つけたことで私の中の混乱はさらに大きなものに変わる。


「え?」


 一瞬、芹川さんの落ち着き様や食べている食事、それにトロールに破かれたはずの制服が元通りになっている(というか新品同然に見える)ことから実はバスの事故で一命を取り留めたものの意識を失ってしまい、今迄異世界転移の夢を見ていただけというパターンが脳裏に浮かぶ。

 だが、自身の右腕に待機状態の『アテネ』戻っているのを確認し、私は慌ててここが変わらず異世界であることを確認するためにステータス画面を開いてみる。


【ステータス】

・紫藤亞梨子 Lv.13 EXP:2,947(次のレベルまで:583)

・SP :108/108

・MP :1,158/1,158

・攻撃力:690(+292)

・防御力:660(+684)

・魔攻力:261

・魔防力:556(+890)

・素早さ:668(+740)

【装備】

・戦女神の剣『アテネ』(攻撃力:+292、防御力:+164、魔防力:+249)

・白波高等学校の制服★(防御力:+520、魔防力:+890)

・ローファー★(素早さ:+740)

【獲得称号】

・勇者覚醒者

・姫騎士

・救われし姫君

【習得スキル】

(基礎能力向上系)

・なし

(ステータス補正値向上系)

・なし

(効果及び技能習得系)

・極光の賢者(獲得時消費SP:―) Lv.3(次のレベルまで:21回)

・騎乗の達人(獲得時消費SP:―) Lv.1(次のレベルまで:10回)

(特殊系)

・勇者(獲得時消費SP:―)

・純潔(獲得時消費SP:―)

・寛容(獲得時消費SP:―)

・分別(獲得時消費SP:―)

・アイテムボックス(獲得時消費SP:―)

・ポータル(獲得時消費SP:―)

【パーティーメンバー】

・芹川優璃★ Lv.15 MP:1,019/8,049


(ちょっと待って! なんでレベルが上がってるの!? というか、獲得経験値が3倍くらいになってない!!? それに、知らない称号やスキルも増えてるし、いつの間にか芹川さんとパーティーメンバーになってる??)


 訳の分からない状況に困惑しながら呆然とステータス画面を見つめたまま固まっていると、ふと視線を感じて私の思考は現実へと引き戻される。

 そして視線を感じる方向に目を向けると、案の定食事の手を止めて芹川さんがこちらへ視線を向けていた。


「ええと……あっ、ごめん。私、助けてもらったのにお礼も言ってなかったね!」


 慌ててベッドから起き上がると、すぐに芹川さんの側まで歩み寄って私は深々と頭を下げる。


「本当にありがとう。あなたが助けてくれなかったら今頃私はどうなっていたか……私ができることなんてたかが知れてると思うけど、どうせ失うはずの命を救ってもらったんだからこの借りを返すために何でもさせてもらうわ」


 今更ながらあの時の恐怖が思い出されて体が震え出しそうになるが、唇をギュッと噛んで無理やり震えを押さえながらこれから芹川さんにどのような命令を下されるのだろうかと身構える。

 正直、わざわざ危険を冒して助けてくれたのに加えて同性なので誰かを殺せとか体を要求するような命令は無いだろうという安易な考えが無かったわけでもないが、それでも『何でも』というのは言い過ぎただろうかという後悔もあった。

 だが、今更『やっぱり何でもは無し! 雑用とかそっち方面でお願い!』なんて言うのも格好がつかないので芹川さんの返事をただ黙って待つことにする。


「べつに、お礼が欲しくて助けたんじゃない、ので……。でも、強いて言えば…目を覚ましたら訳分かんない状態で、とりあえず成り行きに任せていろいろやってみたけど、未だにどういう状況なのか良く分からなくて……だから、何か知ってることがあれば教えて欲しい、です」


「そう言えば、芹川さんはあの狭間の世界でずっと気を失っていたんだっけ?」


「狭間の、世界?」


「そう。てか、芹川さんはどこら辺まで記憶があるの?」


「記憶……バスに、乗った時くらい?」


「てことは、そもそもどうして異世界に転生することになったのかもわかんない感じ?」


 私の問い掛けに芹川さんがこくりと頷いたのを確認して、これほど何も分からない状態でここまで異世界に順応している芹川さんの柔軟性と図太さに驚きつつ、これは初めに起こったバスの事故から説明しないとダメそうだと理解する。


「分かった。それじゃあバスが出発してから何があったか、順番に説明——」


 そこまで言葉にしたところで突然私のお腹が空腹を知らせる鳴き声を上げる。

 そのため、思わず赤面しながら言葉を切ってしまうと、突然芹川さんの左手に魔力の光が集まり、そこから見慣れたファストフード店のテイクアウト用の紙袋が現れた。


「さ…ひとまず、食べる?」


 そう問われ、『今の力は何なのか?』とか、『敵になるかも知れない私が食べても良いのか?』とかいろいろと聞きたいことはあったが、それよりも空腹に負けた私は素直に頷きを返して紙袋を受け取る。

 そして、『もしかしたら、このまま芹川さんの仲間として一緒に連れてってもらった方が良いのかも』なんて考えながらハンバーガーを口にした瞬間、突然そのアナウンスが頭に響いた。


『【勇者一行】、【魔王眷属】の称号を得ました。【忠義】のスキルを習得しました』


「「えっ!?」」


 2人の声が同時に響き、しばらくの沈黙を挟んで慌てて自分のステータスを確認すると確かに2つの称号と1つのスキルが増え、ステータスが大幅に上昇していた。


・SP :108/108

・MP :1,804/1,804

・攻撃力:1,180(+292)

・防御力:1,150(+684)

・魔攻力:608

・魔防力:1,020(+890)

・素早さ:1,210(+740)


(ど、どうなってるの!? 【勇者】なのに【魔王眷属】!? いや、【魔王眷属】は百歩譲って芹川さんの仲間になっても良いかも知れないって考えた結果と割り切れるけど、【勇者】の私が【勇者一行】の称号を得たのはなんで? まさか、【勇者】を取得した者がパーティーを組むと自動的に……いいえ、この称号を得る前からなぜか芹川さんとパーティーを組んでることになってたからそれが原因では無いはず! もーっ! いったいどうなってるのよ!!)


 そうして、しばらく混乱状態に陥った私は食事のことはおろか芹川さんと話すべきことが複数あるのも忘れてしばらくの間頭を抱えることとなるのだった。

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