Episode7 邂逅
(どうしよう! とりあえず、【ポータル】って何!?)
ボクがそう意識を向けると、SP200で習得可能なスキルとして【ポータル】が表示される。
(200…ってことは、一番レベルが高いボクでもSPがやっと200を超えたくらいだから、他の皆が覚えとるわけ……ダメだ! ボクが最初から【勇者】とか【魔王】とか【
そう判断したボクはすぐにこの場から逃げ出すことも考えたが、どうせ【ポータル】が文字通り指定の場所に転移するタイプのスキルであればどこに逃げようと結局無駄でしかない。
だったら、やって来る誰かよりボクのステータスが高いことを祈って1時間逃げ切れば、それ以上の追手はやって来ないと言うことではないだろうか。
そして、ボクの予想を裏付けるように突如として空から光の柱が舞い降りたかと思えば、光の中から一人の少女が姿を現す。
その少女は陽光に煌めく栗色のロングヘアを風になびかせながら、その美しい顔に決意の表情を浮かべてボクに鋭い視線を向けていた。
160中盤はあろうかと言う身長にモデルのようにスラリと伸びた手足や女性らしい体付き、それに半分外国の血が入っている影響かとても同じ年とは思えないような大人びた容姿は見間違いようもなく、クラスメイトの一人でわずか数日でクラスカーストのトップに君臨しているハーフギャル、紫藤亞梨子さんだ。
(無理! こぎゃん主人公のような人の相手とか無理!!)
一瞬でそう判断したボクはすぐさま後ろを振り返ると全力で逃走を開始した。
「あっ!? ちょ――」
後ろから呼び止める声が聞こえたが、そんなことはお構いなしにボクは全力で森の中へと駆け込む。
「待ちなさい!! ちょっと、話を—―」
(お、追ってきた!! でも、ボクの方が早いからこのまま逃げ切る!!)
もはや一切スピードを緩めることなく走るボクと紫藤さんとの距離はどんどんと開いて行き、ただの1度たりとも他の敵と会敵しなかったことも合わせて3分もすれば彼女の姿は完全に見えなくなる。
(やった! 逃げ切った! ……と言うか、これだけスピードに差があるってことはやっぱりボクのステータスって案外高いのかな? ……いや、もしかしたら紫藤さんが素早さが低い代わりに他のステータスが化け物じみてる、って可能性もあるから油断は……)
もはやこれだけ離れれば適当に曲がりながら走ったボクの居場所は分からないだろうと油断し、足を止めてそんな思考を巡らせていると離れた位置から何かを叫ぶ声と誰かがまっすぐこちらに向かって来るような音が微かに聞こえる。
幸い、レベルのおかげで強化されている聴力でようやく音が拾える程度の距離は離れているので追い付かれるまでにはまだ時間的余裕があるだろうが、もしも彼女にボクの位置を特定できる何らかのスキルがあるのならどれだけ逃げ回ったところで完全に逃げ切ることは不可能だと考えた方が良いだろう。
(どうしよう……大人しく会話に応じた方がよかとかなぁ。でも、ただでさえ人と話すのは苦手なのに、よりによって相手があのトップオブ陽キャみたいな紫藤さんだと陰の者であるボクはまともに会話できる気がせんのよね)
ボクは物心つくころに両親を亡くし、ずっとじいちゃんとばあちゃんに育てられて来たので自然と方言で会話するのが当たり前の環境で育ってきた。
だが、ボクぐらいの年齢で方言混じりどころかバリバリの方言で会話する子供なんていなかったため、そんなほとんど方言なんて使わない同級生にさんざんいじられることになり、その影響か人前では極端に口数が減る体質となってしまったのだ。
ただ、中学に上がってしばらくしたところでじいちゃんとばあちゃんが相次いでこの世を去り、一人になってしまったこともあって動画サイトなどである程度の標準語を身に付けることにはなったものの、それでも余裕がなくなると意図せず言葉に方言が混じる癖は治っていないので正直まだ人と会話することをどうしても避けてしまうのだ。
(でも、このまま追手の影に怯えながら暮らす生活なんて絶対耐えられんけん、だったらここできちんと事情を説明して追いかけるのを止めてもらうしかなかよね)
そんな決意を固めた直後だった。
「オオオォォォォォォォォォォォォ!!」
突如木々を揺らす音量で雄叫びが聞こえたかと思えば、先程紫藤さんの声が聞こえた方角から凄まじい轟音が響く。
(いったい、何が—―)
そして、状況を把握しようと巡らした思考を遮るようにボクの耳に微かな悲鳴が届く。
(まさか、強力な魔物に紫藤さんが襲われてる!?)
そう判断した直後、ボクの足は無意識に声の聞こえた方向に向かって全力で駆け出していた。
――――――――――
「はぁ、はぁ……っ! なんで、逃げるのよ!」
慣れない森の中を全量疾走したことで息を上げながら、私は【ポータル】によって表示される地図を頼りにしながら必死に逃げた芹川さんを追いかける。
正直、信じたくはなかったが芹川さんと対面した瞬間に【勇者】の加護によって体から一気に力が湧き上がる感覚を覚えたので、彼女が【魔王】に覚醒していることはほぼ間違いないと断言して良いだろう。
しかし、それだとなぜ私の姿を見た瞬間に逃げ出すのか分からない。
もしかすると七大罪によって増幅された感情が何らかの反応を示した、と言う可能性もゼロではないだろうが、【色欲】、【暴食】、【嫉妬】、【怠惰】、【憤怒】、【傲慢】、【強欲】のどの感情が増幅されたとしても私から逃げ出すという選択肢は取らないように思える。
(でも、これだけあっさり距離を離されたということは少なくとも素早さは圧倒的に向こうの方が上なのは間違いない! 【勇者】の加護で強化された素早さに魔法でバフを掛けてるのに全然追いつけないってことは、少なくとも千……下手すると二千近くあるんじゃないかな)
だが、それだけ素早さに圧倒的な差がある状態で逃げ出すということは素早さ重視の回避特化で他のステータスはそこまで無い、と見ても良いのだろうか?
それとも、スキルによる何らかの制約があって今戦闘を行えば不都合が生じると言った可能性も考えられる。
それに、わざわざ物理的に距離を取ることで私から逃げようとしているということは【ポータル】の性質を良く分かっていない証拠なので、逃げ切ったと油断してくれれば追いつける可能性も出てくるし、最悪10分のクールタイムさえ過ぎてしまえばいつでも【ポータル】の再使用で追いつくことができる。
(でも、追いついたところでまた逃げられると困るから、少しでも追いかけっこを続けて消耗してもらった方が良い、かも)
そう判断した私は、離れた位置で動きが止まった芹川さんに届くか微妙ながらも精一杯声を張り上げ、「待ちなさい! 私はあなたと話がしたいだけなの!!」と語り掛けてみる。
だが当然返事が返ってくることは無く、それどころか再び芹川さんの位置を示すポイントが動き出すことも無かったのでこちらの声が聞こえていないか逃げ回るのを諦めたのだと判断する。
(さて、後は追い付いたところで大人しく会話に応じてくれるかだけど……逃げ出してる以上、私に敵意が無いことを分かってもらえれば――)
しかし、そんな私の思惑はあっさりと瓦解することになる。
「オオオォォォォォォォォォォォォ!!」
空気がビリビリと振動するほどの雄叫びが響いたかと思えば、突然視界に私の数倍、予想が正しければ10メートル近い大きさを持った緑色の化物が現れる。
そして、咄嗟に剣を構え、全力で防御特化の強化魔法をかけることでガード体制を取る私など気にする素振りも見せず、私の身長よりも巨大なこん棒を振り回した。
(————ッ!!? 受け止め、きれない!!!)
おそらく瞬間的な防御力を数値にすれば普段の倍近い千は超えていたと思う。
だが、その風圧で地面を抉りながら轟音と共に振るわれたこん棒を止めることはできず、私の体はあっけなく宙を舞う。
(ダメ――勝て、ない)
気を抜けば意識を失いそうになりながらも、私は何とか気力を振り絞って意識を保つ。
そしてどうにか体制を立て直そうと空中で体を動かしたのだが、その巨体からは信じられない速度で近づいていた、おそらくトロールだと思われる魔物は宙を舞う私の体を左手で掴み取った。
「うっ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
もはやMPが尽きて魔力による肉体保護が切れたのか、体を締め付けられる痛みに自然と叫び声が喉から漏れ出す。
そして、痛みと恐怖で思わず右手に握っていた剣を手放しそうになってしまうが、ここで武器を失えば完全に逆転の目が潰えてしまうと判断した私は何とか気力を振り絞って右手の剣を強く握りしめる。
(このまま捕まったままはまずい! どうにか、抜け出さないと!!)
気力を振り絞り、辛うじて動く右腕を動かして精一杯の力で剣先をトロールの腕に突き立てる。
だが、まるで鉄の棒で石を叩いたような固い感触に阻まれ、私の必死の抵抗はトロールの皮膚に傷一つ付けることすらできずに終わり、そんな私を嘲笑うかのように醜悪な笑みを浮かべたトロールはまるで人形の装飾品でも奪うように私から剣を奪い取り、そのまま足元に投げ捨ててしまった。
「か…えせ。わ、たし…の――」
精一杯の勇気を振り絞り、トロールを睨みつけながらそう声を絞り出すが、再び私を握る手に力を込められたことで声にならない悲鳴と同時に瞳から涙が零れ落ち、全身の力が抜ける。
そして、大人しくなった私に満足したのか下卑た笑いを浮かべながら右手に持っていたこん棒を手放すと、まるで人形でも弄るように私の体を触り、やがて服を邪魔だと思ったのか乱暴に破いて下着姿にされてしまう。
(ああ、勇者だなんだと浮かれて、自分の実力も冷静に判断できずに突っ込んだ結果がこれ、ってことだよね。でも、もしかしたら私が来なければこいつにやられてたのは芹川さんだったかも知れないと思えば、事故であっけなく終わるはずだった人生に比べて勇者らしく人のために死ねるんだから上々の人生だった、のかな?)
トロールの布を巻いただけの下半身が一部盛り上がっているのを見て、手に入れた丁度良い人形をこいつがどう使おうとしているのか理解して私はいっそのこと意識を手放してしまおうかと力なく空に視線を向ける。
そして、そんな私の視界に映ったのは自身の身長とさほど変わらない大きさの鎌を振り上げながら宙を舞い、普段教室で見かけていたのと同じ無表情を崩さないままトロールを見下ろす芹川さんの姿だった。
「—————!」
咄嗟にトロールの驚異的な硬さを忠告しようと口を開くが、結局私の口から言葉が紡がれることは無かった。
なぜなら、目で追うのもやっとと言った速度で彼女が振り下ろした大鎌の一閃は、まるで包丁で豆腐でも切るかの如くすんなりとトロールの首を貫通したからだ。
そして彼女は何事もなかったかのようにその黒髪を揺らしながら地面に着地すると、あまりの速度に血液の一滴すらも付着していない大鎌を待機状態へと戻し、そして変わらぬ無表情のまま私の方に視線を向けながら一言、「これで、大丈夫」と告げた。
直後、時間差で切られたことを思い出したように下卑た笑みを浮かべたままトロールの頭が地面へと落下し、それと同時に緊張の糸が切れた私は意識を失うのだった。
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