Episode1 よくある異世界チートのような始まり

「—————う…うーん」


 頬に感じる冷たく固い感触に違和感を覚えつつも、ボクは微睡の淵から次第に意識を覚醒させていく。

 確か今日は宿泊研修の1日目で、未だクラスメイトの誰ともまともな会話を交わしたことが無いスーパーボッチなボクがよりによってクラスカースト上位に君臨するハーフギャルと隣の席になってしまったので、誰よりも早く集合場所に到着してやって来たバスに一番乗りで乗り込み、余計な会話を交わさずに済むよう速攻で爆睡モードに移行したはずだ。


(でもこの感覚……絶対バスの中じゃない。もしかして、あまりにも目を覚まさんけん無理やり降ろされて部屋に運ばれた? ……昔っから、一度熟睡するとなかなか目を覚まさんし、起こそうとすると反撃してくるけん中学の時には『眠れる獅子』とか変なあだ名を付けられとったなぁ)


 まあ、ボクがそんなあだ名で呼ばれるようになった原因は小学6年の修学旅行でなかなか起きないボクを担任の先生が力尽くで起こそうとしたらしいのだが、寝ぼけながら反撃を繰り出したボクがその先生を締め落とした(らしい)エピソードが広まって中学でそのあだ名が定着した、と言う流れが正しいのだが。


(それにしても……なんかちょっと肌寒い? それにこの床、まるで石みたいに固い気が—―)


 重い瞼をようやく持ち上げながら、ぼんやりと霞む視界に飛び込んできた光景が間違いなければ今寝かされているのは苔が生えた石畳の上だった。

 そして、どうやらそこはどこかの部屋と言うわけでもなく木々の隙間から木漏れ日があふれるような自然の中、つまり野晒しの状態で放置されているようだった。


「……………………ああ、夢?」


 そう呟きながら軽く右手で石畳に触れているのとは逆の頬を摘まんでみるが、やはりどう考えても痛みがあるのでこれは紛れもない現実の出来事であるようだった。


「……………とりあえず、起きよ」


 冷静さを取り戻すため、あえてそう口にしながらボクは今迄うつ伏せに倒れていた状態から体を起こしてその場に正座で座る。

 すると自分が大自然に囲まれた、テレビなんかで出てくるどこかの国の古代の遺跡にあるような生贄を捧げる祭壇のみたいな物に寝かされていたことを理解し、一度深呼吸をした後で冷静に頭の中で呟いた。


(どうしよ。寝ている間にどこかの森に捨てられちゃった)


 周囲を見回すがどこにもクラスメイトの姿はなく、それどころか獣道程度のろくに舗装されていない道が辛うじて1本続いているくらいでどうやれば文明の利器にあふれた現代社会に復帰できるのか皆目見当もつかない。


(もしかして、寝ぼけてそんなひどい暴れ方をしたとかなぁ。……でも、小学校の頃でさえ有段者のじいちゃんが二度とボクを起こしてあげないと断言しとったくらいだし、あの修学旅行の時みたいにまたやらかした可能性は否定でけんとよなぁ)


 そんなことを考えながら、どうしていいか全く分からないボクは呆然と周囲に視線を巡らせる。

 そして、分かったことと言えばここがボクが見知った景色ではないことと太陽の位置から今が昼前後であると言うだけで、更に困った事態に陥っていることに気付くことになる。


「どうしよう……トイレ行きたくなってきた」


 今が12時前にしろ後にしろ、最後にボクがトイレに行ったのは家を出る前なので5時間以上前のことになる。

 そして、今迄どれほどの時間ここで寝ていたのかは知らないが涼しい風を長時間浴び続けたボクの体はすっかり冷え切っており、その影響か我慢できないほどでは無いものの尿意を感じるのも仕方のないことだろう。


(いくら人目が無いと言っても、こんな外でするのはちょっと……。それに、スマホはおろか財布やハンカチ、ポケットティッシュなんかのポケットに入れとった物まで全部なくなっとるし、終わった後に拭かずにそのまましとくのもちょっとねぇ……)


 最悪、そこらへんでちょうど良いサイズの葉っぱを利用すると言う手段も考えたが、それはどうしても我慢できない場合の最終手段としたいのでボクはどうにか状況を打破する何かが転がっていないかと再度周囲に視線を巡らせる。

 だが、残念ながらこんな森の中に公衆トイレはおろか仮設トイレさえあるわけもなく、最悪外で用を足すにしても終わった後に拭くためのアイテムが無いのでどうしても躊躇してしまうのだ。


(あーあ、こんな時に魔法でも使えればパパっとトイレや紙を取り出したり、何なら転移魔法とかで家に帰るとになぁ)


 そんな考えが頭に浮かんだ直後だった。


『MPを消費して、【天地創造ジ・クリエイション】を発動しますか?』


「!!?」


 突然頭の中に響いた声に驚いたボクは、びっくりして思わず漏らしそうになりながらも周囲に素早く視線を巡らせる。

 だが、当然ながら先ほどと変わらず周囲に人影など全くなく、いくら待てども次の言葉が聞こえてくることは無かったのでボクは先ほど聞こえた声は幻聴だったのだと思うことする。


(まあ、あり得るはずなかよね。そんな、突然姿が見えない何者かが話掛けてくるなんて、マンガやゲームじゃなかとだし……。いや、そんな………有り得、無いよね?)


 この不自然な状況に突拍子もない仮説が浮かんだボクは、思わず何度目になるかも分からない視線を周囲に巡らせ、これがドッキリか何かで誰かに見られていないことを確認する。

 そして、間違いなく自分一人だけで周りには誰もいないことを確認すると、再度頭の中で(魔法を使ってトイレとか紙をゲットできたらなぁ)と念じてみる。


『MPを消費して、【天地創造ジ・クリエイション】を発動しますか?』


(やっぱり気のせいじゃなかった!)


 そう確信したボクは何も考えずに「はい! お願いします!」とどこにいるかも分からない声の主に返事を返す。

 すると、突然周囲の風景が薄暗くなるような、そして突然自分だけが隔絶された空間にいるかのような静けさを感じると共に頭の中にいくつかの候補が浮かび上がる。


・トイレットペーパー(消費MP40)

・簡易トイレ(消費MP350)

・仮設トイレ(消費MP960)

・公衆トイレ(汲み取り式)(消費MP1,420)

・公衆トイレ(水洗式)(消費MP4,260)


(ええと……とりあえず、ボクのMPっていくつなんだろ?)


 そう意識した直後、ボクの視界の端に緑色のゲージが浮かび上がり、その下に413/413と言う数字が表示される。


(つまり、これがボクのMPってことよね? ……これ、信じられんけど間違いなく異世界転移とかに巻き込まれてるパターンよね? だったら、この先に魔物とかに襲われる危険性を考えるとやっぱり簡易トイレでMPをほとんど使うのは避けたがよかかなぁ? でも、ここでトイレットペーパーをゲットしてもバックとかないから邪魔になるかもしれんし、そう考えるとポケットティッシュくらいがよかとだろうか?)


 案の定、ボクの思考に反応するように選択肢へ【・ポケットティッシュ(消費MP50)】と言う選択肢が追加される。

 そのためボクはしばらく悩みに悩んだ結果ポケットティッシュを選択すると、突然目の前に光と共にポケットティッシュが出現した。

 そしてそれを取ったボクは先ほど見まわした時にちょうど大きな木の根に囲まれて隠れやすい場所を見つけていたのでそこへ移動し、手早く用を済ませると残りのポケットティッシュをポケットに入れて先ほどまでいた祭壇にとりあえず戻る。


(うん、これは間違いなく何らかの理由で異世界に来とると考えてよかみたいね。そうなると、あんな便利な魔法を最初から使えることから考えてよくある異世界チート物の世界、って線が濃厚じゃなかかな? そして、MPとかの概念もあるみたいだけんゲーム系って線も確実だろうし、そうなるとステータスとかもあってそれを確認する方法があると考えるのが—―)


 そこまで思考を巡らせたところで『ステータス』とか『確認』と言ったボクの思考に反応したのか目の前に半透明のモニターのような物が浮かび上がり、そこにボクが知りたい情報を表示してくれる。


【ステータス】

・芹川優璃 Lv.1 EXP:0(次のレベルまで:30)

・SP :80/80

・MP :364/413

・攻撃力:194(+116)

・防御力:202(+5)

・魔攻力:238(+180)

・魔防力:224

・素早さ:209(+109)

【装備】

・殲滅の大鎌『タナトス』(覚醒)(攻撃力:+126、魔攻力:+180、素早さ:+104)

・白波高等学校の制服(防御力:+5)

・ローファー(素早さ:+5)

【獲得称号】

・神に叛きし者

・勇者覚醒者

・魔王覚醒者

・七元徳

・七大罪

【習得スキル】

(基礎能力向上系)

・なし

(ステータス補正値向上系)

・なし

(効果及び技能習得系)

・極光の賢者(獲得時消費SP:―) Lv.1(次のレベルまで:10回)

・漆黒の賢者(獲得時消費SP:―) Lv.1(次のレベルまで:10回)

(特殊系)

・勇者(獲得時消費SP:―)

・魔王(獲得時消費SP:―)

・純潔(獲得時消費SP:―)

・寛容(獲得時消費SP:―)

・節制(獲得時消費SP:―)

・慈愛(獲得時消費SP:―)

・勤勉(獲得時消費SP:―)

・忠義(獲得時消費SP:―)

・分別(獲得時消費SP:―)

・色欲(獲得時消費SP:―)

・憤怒(獲得時消費SP:―)

・暴食(獲得時消費SP:―)

・嫉妬(獲得時消費SP:―)

・怠惰(獲得時消費SP:―)

・傲慢(獲得時消費SP:―)

・強欲(獲得時消費SP:―)

・虚無(獲得時消費SP:―)

天地創造ジ・クリエイション(獲得時消費SP:―)


 一通り自分のステータスに目を通し、レベル1でほとんどのステータス(と言うかSP以外)が200近いと言うのが低いのか高いのか判断に迷う。

 それに、なんで勇者と魔王の称号と七元徳とか七大罪と言う大層な名前のスキルがこれでもかと詰め込まれており、そもそも自分はどんな立ち位置でこの世界に呼ばれたのか判断しづらいラインナップとなっている。


さしよりとりあえず、どっから手を付ければよかとかなぁ……)


 しばらくの間、ボクは呆然とステータス画面を眺めながら途方に暮れるしかなかったが、この世界にボクを呼んだやつにこれだけは言わせて欲しい。


 いくら異世界チート物と言えど、正義の象徴(悪役の場合も多いが)と悪の象徴(いい奴だったり主人公のパターンも多いが)を同時にプレゼントされてもどうすればよいのか判断に困るだけだ、と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る