よくある異世界チートのような

赤葉響谷

Episode0 プロローグ

「紫藤! お前で最後だぞ! 早く走れ!」


 集合場所である学校横にある大きな公園の駐車場に着くと、担任の鮫島さめじまがこちらに向かってそう声を掛けて来たので私、紫藤亞梨子しどうありすは「すみませーん」と一応謝罪の言葉を継げながらも少しだけ小走りになる。

 そもそも、集合時間は8時で今は7時57分なのでまだギリギリセーフなはずだ。

 と言うか、思いの外他のクラスメイトは真面目に5分前行動を守って集まっていたことに驚きつつも、家が遠い私はバスの時間的にギリギリになるのは仕方ないことなので、遅刻したのならまだしも時間内なのだからそこまで大声を出して煽らなくても良い気がするのだが。


「自分の席は分かるか?」


 バスに乗り込む直前、鮫島にそう尋ねられた私は「右側の3列目、通路側ですよね?」と、先日もらった資料に記載されていた自分の座席を告げる。


「ちゃんと資料は読んできたみたいだな。それじゃあ早く席に着け」


「はーい」


 私はそう返事を返した後、前の席に座っていた涼子りょうこたちと一言程度の簡単な挨拶を交わしながら自分の席に着く。

 そして、隣の席に座るクラス内の女子で唯一未だに会話したことのない女子、芹川優璃せりがわゆうりが早々にアイマスクを装着して爆睡しているのを見て若干引きつつも、せっかく隣の席になったのだからこの機会に仲良くなろうと思っていた私は多少残念な気持ちになる。

 そもそもこの数日、彼女が誰かと親しく話している姿はおろか常に無表情なポーカーフェイスを崩している姿を一度たりとも見たことはない。

 150前半の小柄な体躯に綺麗な黒髪のセミロング、それにクラスでもかなり上位の方だと思われる整った顔立ちなのでそれなりに身なりに気を使って愛想よくすればかなりモテそうなのにとても勿体ないと思う。

 そもそも、一番初めの自己紹介でみんなが出身中学や中学でやっていた部活、自分の好きなことを思い思いに話す中で『芹川優璃です。……よろしくです。』と言う自己紹介で終わったほどなのでよっぽど人付き合いが苦手なのだろうが。


 それから数分後、何事もなくバスが発車すると鮫島による宿泊研修の注意事項などの説明があり、その後は前の席に座る彩子あやこ綺蘭々きららと昨日配信があった有名配信者のゲーム実況についての話をしながら研修所へ着くまでの退屈な移動時間を潰していく。

 そして、バスがいよいよ宿泊所まであと20分程度の山道に入り込んだところで事件は起こった。


「「キャァァァ!!」」


 突然一番前の席に座る涼子と紗栄子さえこが悲鳴を上げたかと思うと、突然ぐらりとバスが不自然な揺れ方をし、その後強烈な振動を感じると同時に高い所から落ちる時のゾクリとする感覚に襲われる。

 そして、それが運転手が急死したことにより制御を失ったバスがガードレールを突き破り、高さ十数メートルの高さから転落した衝撃だと理解できたのは少し時間が経ってからだった。


――――――――――


 死を覚悟し、襲い来る衝撃と痛みに怯えながら目を閉じていた私はいつまでも終わりの時が訪れない状態を疑問に感じ、恐る恐る目を開けてみることにする。

 すると、私の目に飛び込んできたのは上下も分からないのに確かに地面の感覚があると言う常識では考えられない真っ白な空間と、私と同じように状況が飲み込めずに混乱しながら周囲に視線を巡らせるクラスメイト達の姿だった。


(もしかしてこれ……よくマンガとかアニメで見る異世界転移とかのヤツ!!?)


 一瞬、そういったマンガとかアニメが好きでよく見る私は予想外の事態にテンションが上がりかけるが、よく考えるとまだこれがどういったタイプの異世界転移、もしくは転生であるかも不明だし、主人公ポジションとなる人物が自分じゃなかった場合は酷い目に会う可能性があることに気付いて冷静さを取り戻す。


(とりあえず、冷静にみんなの状況を観察してみよう)


 そう考えた私は改めて周囲に視線を巡らし、男子の中に7人、女子に4人ほど私と同じように冷静に状況を把握しようとしているメンバーがいること、男子の3人、女子の6人ほどが冷静さを失って泣いていること、男女3人ずつがパニックに陥って何か叫んでいること、それとキレてる男子が1人いる他は状況がつかめずどうしてよいのか迷っている感じで、鮫島は私達に落ち着くよう声を掛けながらも必死に冷静さを保とうとしている感じだった。

 そして、あまりのショックで気を失っているのか(さすがにこの状況で寝ているということはないだろう)一人うつ伏せに倒れている黒髪の女生徒、と言うか芹川さんが少し離れた位置にいるので全部だろうか。


『やあやあ、白波高等学校1年1組の諸君。この狭間の世界へようこそ』


 ちょうど確認が終わったタイミングで響くその声に、私達の視線は自然と声の聞こえた自分たちの頭上に集まることになる。


『長話もなんだし、手短に用件だけを伝えよう』


「お前はいったい何者だ!? 俺や生徒たちをどうするつもりだ!!」


 謎の声に鮫島がそう怒鳴り返すと、謎の声は『私は君たちの世界で言えば…神に近い存在かな』と大方予想した通りの存在であることを告げる。


「神だと? ふざけるな!」


『ふざけてなんかいないさ。そもそも、この状況で非科学的だのなんだの言う方がおかしいと思わないかい? 鮫島亮介さめじまりょうすけクン』


「なっ!? なんで俺のことを—―」


『だから僕は神だ、って言ってるじゃないか。ああ、やっぱりキミはめんどくさいから状況を説明するためにここで生贄になってもらおうかな』


 神を名乗る声がそう告げた直後、突然鮫島の体が炭のように真っ黒になってその場に崩れ落ち、周囲からいくつもの悲鳴が上がる。


『それじゃあ説明に戻ろうか。みんなは彼のようになりたくないだろうし、俺の話を静かに聞いてくれるよね?』


 そう声が告げた直後、異様な静けさがその場を支配する。


『死の直前にあったキミたちは、私が元の世界と我が運営する異世界との狭間に存在する世界に連れて来たことでいったん保留となった状態にあるんだ。だからもし僕がキミたちをそのまま元の世界に戻せばさっきの彼のように死の運命が確定し、バスの転落事故で死亡したうえに車両火災で炭となってしまうと言う本来あるべき姿に戻ることになる。さて、ここまで語ったところで一度、それでも元の世界の戻りたいって人がいたらすぐに戻してあげるから名乗り出て欲しい』


 その問いに、当然ながら誰一人として名乗りを上げる者はいなかった。


『それじゃあ、次になぜ僕がそんなことをしているのだけど、端的に言ってしまえば娯楽のためだね』


「娯楽、だと?」


 男子の誰かがそう声を上げると、神を名乗る者は『そう、娯楽だ』と返事を返し、一呼吸置いた後に言葉を続ける。


『キミたちの世界でもこういった異世界に転生した少年少女の冒険譚を楽しむ娯楽があるだろ? それと全く一緒さ。私達はキミたちに生き残るチャンスと相応の力を与えて異世界に転移させる。そして我ら暇を持て余した神々はその生き様を観察して暇をつぶす。たったそれだけの関係さ』


「ふざけるなよ! 僕たちは—―」


『感情を持ち、必死に生きている人間だっていうんだろ? そう言うの聞き飽きたからもういいよ。それに、言ったようにキミたちは既に死んでるんだから、こうやってチャンスをもらえただけでもラッキーだと思わないと。それとも、やっぱり今すぐ元の世界に戻りたい?』


 その問いかけに、声を上げた男子生徒は黙り込んでしまう。


『さて、それじゃあ最後にこれからキミたちが異世界で何をすればいいのかについて説明しようかな。実はこの34名の中に、8名ほど魔王に覚醒する才能を秘めた者がいるんだけど、キミたちは異世界での平穏な暮らしを守るためにもその【魔王覚醒者】を見つけ出して殺す必要がある』


「なっ!! 私達にクラスの仲間で殺しあえ、って言うのですか!?」


 クラス委員長を務める涼子がそう告げると、神を名乗る者はあっさりと『嫌なら別に殺さなくてもいいよ』と返事を返す。

 だが、当然ながらそれだけで返答が終わるはずもなくさらなる事実をその声は告げる。


『ただ、【魔王覚醒者】はそれぞれ強力な力を与えられると同時に【色欲】、【暴食】、【嫉妬】、【怠惰】、【憤怒】、【傲慢】、【強欲】の七大罪と呼ばれる特殊なスキルを最低1つは所持していて、それぞれの罪に関係する欲望が増幅されることで人類を襲う脅威となる宿命が課されるんだ。そして、【魔王覚醒者】は強制的に現地の人類から敵対されるから人類と共に歩むこともひっそりと静かに隠れて暮らすことも不可能になるし。ただ、そんな魔王にも救済措置は用意しているんだけどね』


「救済措置?」


 女子の誰かがそう問いかけると、神を名乗る者は話の続きを語りだす。


『そう、救済措置さ。それは条件を満たして【虚無】の特殊スキルを獲得するか、キミたちクラスメイトの誰か1名が所持する【虚無】を殺して奪い取るかだ。おっと、一応付け加えておくとキミたち転移者が同じ転移者を殺した場合、相手が持っていたスキルや称号の中から好きな物を1つ奪えるから望めば魔王を殺して【魔王覚醒者】を奪うことも可能だけど、その場合強制的に七大罪も付いてくることになるから注意してね。それと、条件を満たせば【魔王覚醒者】じゃなくても七大罪のスキルを習得することがあるのと、当然ながら聞かれてもその条件は教えないってことは事前に解答しとこうかな。ああ、それと魔王についての詳細と勇者についても説明しとかないとね』


 それから神を名乗る者はいろいろと細かいルールについて説明を付け加えていく。

 ざっくりと要点だけをまとめると、

・【魔王覚醒者】の称号は最初から覚醒している者が1人いるが、基本的には後天的に覚醒するのですぐにわかるわけでは無い。

・最初から七大罪のどれかに覚醒している場合もあるが、だからと言って【魔王覚醒者】候補とは限らない。

・魔王は無条件で人類に敵対される代わりに魔物を従えることができる。

・魔王に対抗する力として、【勇者覚醒者】と七元徳(こちらは七大罪と違って勇者であれば必ず解放されるわけでは無く条件を満たさなければ解放されないらしいが、勇者は解放条件が緩和されるらしい)と言うスキルや称号が存在し、勇者に覚醒した者が魔王に覚醒した者と戦う場合は能力が上がる。

・【勇者覚醒者】は魔王と逆で無条件で現地の人々から慕われ、尊敬される。

・【勇者覚醒者】も魔王と同じで才能ある8名しか覚醒できないが、魔王と違って半数以上の5名が最初から覚醒している。

・勇者も魔王も相反する性質を持つそれぞれのスキルや称号を奪えないが、七元徳と七大罪は条件を満たせば後から自力でも習得できる。

 と言った感じだろうか。


『——とまあ、説明が長くなったけど後は現地でステータス画面からヘルプを見れるようにしとくから自分で確認しといてよ。ステータス画面は頭の中で『ステータスを画面を開け!』とか念じれば見れるから。とにかく、キミたちは運良く命がけで遊ぶゲームの世界に迷い込んだと思って、せいぜい死ぬまで楽しんでくれればいいから。それじゃあそろそろ説明にも飽きて来たし、転移で付与される特別なスキルや武器を決めるためのダイスを振ってもらおうか』


 そう声が告げた直後、勝手に手が動いたかと思えばいつの間にか私の右手に3つのダイス、それも何面あるのかも分からない物が握られていた。


『さあ、それじゃあ各々ダイスを振って、良き異世界生活を!』


 その声を合図に、私の意思とは関係なくダイスが振られる。

 それと同時に体が光に包まれた直後、私の意識は一瞬途切れることになるのだった。


――――――――――


 そして、次に私が気付いた時に目に入った風景はどこかの森の中だった。


「ここが……異世界?」


 そう呟きながら周囲に視線を巡らせると、遠くの方に空に浮かぶ島のようなものが見えたり、はるか上空を現実ではありえない大きさの鳥が飛んでいるのを確認し、本当にここが異世界なのだと実感する。


(とりあえず、自分のステータスを最初に確認すべきだよね)


 そう判断した私は、神を名乗る者が告げた通り頭の中で『ステータス画面を開け!』と念じてみる。

 すると、声が告げた通り私の目の前に空中に浮かぶ半透明の画面が出現する。


【ステータス】

・紫藤亞梨子 Lv.1 EXP:0(次のレベルまで:30)

・SP :40/40

・MP :84/84

・攻撃力:57(+124)

・防御力:50(+73)

・魔攻力:19

・魔防力:42(+93)

・素早さ:50(+5)

【装備】

・戦女神の剣『アテネ』(攻撃力:+124、防御力:+68、魔防力:+93)

・白波高等学校の制服(防御力:+5)

・ローファー(素早さ:+5)

【獲得称号】

・勇者覚醒者

・姫騎士

【習得スキル】

(基礎能力向上系)

・なし

(ステータス補正値向上系)

・なし

(効果及び技能習得系)

・極光の賢者(獲得時消費SP:―) Lv.1(次のレベルまで:10回)

・騎乗の達人(獲得時消費SP:―) Lv.1(次のレベルまで:10回)

(特殊系)

・勇者(獲得時消費SP:―)

・アイテムボックス(獲得時消費SP:―)

・ポータル(獲得時消費SP:―)


 そのステータス画面をしばらく見つめ、私は思わず思考を停止する。

 しかし、しばらくして正気を取り戻した私は自分が選ばれた8人の勇者の一人で、魔王に覚醒し人類の脅威と成り得るクラスメイトを止める重要な役割を持ったポジションだと言うことを実感するとともに、これから始まる過酷な異世界生活への覚悟を静かに固めるのだった。

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