第4話:真実の影

美咲との関係が深まるにつれ、僕たちの絆はさらに強くなっていった。日常の一つひとつが、以前とは違う輝きを帯びているように感じられる。彼女との時間は、僕にとってかけがえのないものであり、心の拠り所になっていた。再び彼女と過ごすことができるという奇跡に、感謝の気持ちが日々強くなっていった。


だが同時に、僕の心には一つの影が残っていた。過去に何度も戻り、運命を変えようとした代償。僕はそれを、彼女に打ち明けることができないでいた。それは僕だけの罪であり、誰にも言えない秘密だった。


彼女は何も知らない。僕たちがかつて一緒に過ごした時間や、僕が彼女を救おうとして運命を弄んだことも。彼女は今、僕を信頼してくれている。それに対して、僕は彼女に何も隠さずにいるべきなのか。それとも、このまま秘密にして、今の関係を守るべきなのか。


ある日の夜、美咲と電話で話していたとき、彼女が突然こう言い出した。


「ねぇ、優斗さん。ずっと気になってたんだけど、あなたはどうしてこんなに優しいの?まるで私のすべてを知っているみたいに感じるの。まるで……もう何年も前から私のことを知っていたかのように。」


その言葉に僕は一瞬息を詰まらせた。彼女の勘は鋭い。何も言わなくても、彼女は僕の中にある何かを感じ取っているのかもしれない。僕が過去を変えたこと、そして彼女との未来を再び手に入れたことを。


「そんなことはないよ。ただ、君が僕にとって大切だから、できるだけ君を理解したいと思っているんだ。」


僕はできるだけ平静を保って答えたが、胸の奥に重いものが残った。彼女に真実を告げるべきなのか、このまま黙っているべきなのか。答えは見つからなかった。


それから数日が経った。僕たちはいつも通り、穏やかな日々を過ごしていた。美咲と一緒にいると、すべてが完璧であるように思えた。彼女と笑い合い、時には真剣な話をし、未来のことを考える。僕たちは新しい日常を築きつつあった。


だが、その一方で、僕の中にはどうしても消えない不安があった。いつかこの平穏が崩れるのではないかという恐怖だ。僕が過去に戻ったことが、何らかの形で再び僕たちの関係に影響を与えるのではないか。そんな思いが、僕の心に深く根を下ろしていた。


ある週末、僕たちは再び郊外の自然豊かな公園に出かけることにした。そこは、以前にも訪れた湖畔の公園で、僕たちが自然と心を開ける場所だった。


美咲は公園の緑の中で、リラックスした様子でベンチに座っていた。彼女の隣に座りながら、僕は静かに風の音に耳を傾けていた。ここで過ごす時間は、何もかもが落ち着いて感じられる。


「ねぇ、優斗さん。前にもここで、私たちこんなふうに過ごしたことがあったよね。」


突然の美咲の言葉に、僕は少し驚いた。もちろん、僕たちは以前にもここを訪れたことがあった。それは再会してからのことだが、彼女の言い方には何か引っかかるものがあった。


「うん。ここは、僕たちにとって特別な場所だよね。」


僕は何とか自然に答えたが、美咲の視線が僕をじっと見つめていた。


「でも……私、どうしてか分からないけど、もっと前にもあなたとここで会った気がするの。」


その言葉に、胸の奥で何かが強く締め付けられるような感覚が広がった。美咲は僕たちの過去に何かを感じ取っている。彼女には、僕たちの過去がないはずだ。僕がすべてを元に戻したはずなのに、なぜ彼女がそのことを感じているのだろうか。


「美咲、それは……」


僕は言葉を選んでいる間に、彼女が口を開いた。


「優斗さん、正直に言って。あなたは、私との間に何か隠しているんじゃない?」


彼女の問いに、僕は思わず言葉を詰まらせた。彼女はすでに僕が何かを隠していることを感じ取っている。それは、僕が過去を変えたことに対する影響なのかもしれない。彼女との再会が偶然ではなく、運命の一部として織り込まれているのだとしたら。


「……美咲、僕は……」


言葉が喉に詰まり、何も言えなくなった。真実を告げるべきなのか、まだ隠すべきなのか、僕は決断できなかった。彼女を失いたくない。もう一度、彼女を傷つけることになってしまうかもしれないという恐怖が、僕を押し黙らせていた。


美咲は僕の沈黙を見て、悲しそうな表情を浮かべた。彼女は何かを感じ取っているのに、僕がそれに応えられないことが、彼女をさらに傷つけているのだろう。


「……無理に話さなくてもいいよ。でも、私たちの間に何かあるなら、いつかちゃんと話してほしい。」


彼女の言葉に、僕はただうなずくしかできなかった。彼女にすべてを打ち明ける日が来るかもしれない。その時まで、僕はどうすればいいのか分からなかった。


その夜、僕は自分の部屋で一人考え込んでいた。美咲との関係は順調に進んでいるように見えて、実際には僕の隠している秘密が大きな影を落としている。いつかこの関係が壊れてしまうのではないかという恐怖が、日々僕を追い詰めていた。


その時、携帯が鳴った。画面を見ると、神崎からのメッセージだった。


「話がある。明日、時間を作ってくれ。」


神崎……あの男は、僕が過去を変えたことを知っている唯一の人物だ。彼との再会は避けたいと思っていたが、もしかすると彼に聞かなければならないことがあるのかもしれない。


僕はため息をつきながら、明日の予定を考えた。彼との再会が、何をもたらすのかは分からない。だが、もうこのままではいられない。


翌日、神崎と再び会うために、指定された場所へ向かった。彼が待っていたのは、かつて僕たちが出会った古びたビルの一角だった。あの時と同じように、彼は無表情のまま僕を待っていた。


「久しぶりだな、篠原君。」


神崎はそう言って、僕を軽く見上げた。彼の目には、何か冷徹さと不気味な冷静さが混ざり合ったような光が宿っていた。


「何の話だ?」


僕はできるだけ無感情を装って彼に問いかけた。彼との会話はいつも気持ちをかき乱されるが、今は冷静さを保つ必要があった。


「君が再び過去を変えた影響についてだ。」


神崎の言葉は、まるで僕の胸をえぐるようだった。過去を変えた影響。それは美咲との再会を指しているのだろうか。それとも、他の何かが起こっているのだろうか。


「どういうことだ?」


僕は慎重に尋ねた。神崎は少し間を置いてから、静かに口を開いた。


「君が過去を変えた結果、確かに美咲との未来は繋ぎ直された。だが、それは完全なものではない。彼女が君に対して何かを感じ取っているのは、その証拠だ。」


その言葉を聞いて、僕は一瞬息を呑んだ。美咲が僕との過去を感じ取っているということは、やはり僕が過去を変えたことに何らかの形で影響を与えているのだろうか。


「それは、どういう意味だ?」


僕は焦りを抑えながら神崎に問いかけた。彼は冷静なまま、言葉を続けた。


「過去を変えた影響が、今の君たちの関係にじわじわと現れ始めているということだ。君が彼女に真実を打ち明けない限り、その影響は徐々に大きくなっていく。そして、最終的には君たちの関係に亀裂をもたらすだろう。」


僕はその言葉に愕然とした。彼女に真実を打ち明けなければ、関係が壊れる……そんなことが起こるのだろうか。だが、僕にはその選択をする勇気がなかった。美咲にすべてを打ち明けたら、彼女は僕をどう思うだろう。運命を変え、彼女の記憶を消してしまった僕を、彼女は許してくれるのだろうか。


「真実を話すしか道はないのか?」


僕は神崎に問い詰めた。彼は冷静に頷いた。


「君が彼女を守りたいのなら、真実を告げるべきだ。そうしなければ、君たちは再び引き離されるだろう。」


その言葉が、僕の心に深く刺さった。僕はもう一度美咲を失うのか?それを避けるためには、すべてを話すしかないのか?


神崎は最後に冷静な目で僕を見つめた。


「君が選ぶ道だ、篠原君。未来を守るか、過去に囚われ続けるか、君次第だ。」


その夜、僕は家に帰り、美咲にメッセージを送った。


「話がある。会いたい。」


僕はついに決断を下した。すべてを彼女に話し、僕たちの関係をどうするかを決める時が来た。真実を告げることで、僕たちの未来がどう変わるのかは分からない。それでも、僕は彼女を守りたい。そして、僕たちの未来を築いていきたいと思っている。


その時、携帯に美咲からの返信が届いた。


「分かった。会おう。」


彼女との対話が、僕たちの未来を決めることになる。


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